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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第五章 飢える賊軍の地
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第101話 フリースの秘密(4/4)

  ★


「またこの場所が呪われちゃった」


 そう言って今にも泣きだしそうな微笑を浮かべたフリース。


 俺は日ごろから「年上にふられちまったゼ」とか言って悲劇ぶっていたわけだが、そんなのが、ものすごく申し訳なく思えるくらいに、あまりに悲しい半生だった。


 けれど、今の俺は、目の前の光景に言葉を失っていて、彼女を慰める余裕など微塵(みじん)もなかった。


 フリースの足元には、にゅるにゅると大小さまざまな黒い蟲たちがはいずり回っていた。


 なかには、フリースの足を這い上がったり、燃えない青き衣の肩や太もものあたりを移動する個体もあった。


 伸び縮みして、移動する蟲たち。大きな個体が彼女の透き通るような白い肌に触れた時、彼女は少し苦悶の表情を浮かべた。服の中に入っていく蟲の姿もあって、すごく不快そうだ。


 俺は覚悟を決めて、声を振り絞って彼女にたずねる。


「フリース……これは、まさか」


「そう、雷撃ウナギ」


 知る人ぞ知る珍味であり、高級食材として取引される。


 以前、雷撃ウナギについて説明してくれた大勇者まなかは、次のように言っていた。


「伝説的な激レア生物で、魔力を食べて大きくなる。だから、制御できない膨大な魔力とかを封じるために使われるんだけど、魔力を溜め込みすぎると巨大な雷撃を発散して、地形を変えてしまう」


 危険な生き物であり、呪い抜きをしないと食べられないグルメな食材なのである。


 そいつらが今、フリースの足元で、彼女が身動きできないくらいにょろにょろしている。

 黒い蟲たちが呪いを撒き散らしながら、うごめき続けている。


 これが、エルフ族最悪の呪いってことらしい。


 フリースが声を出すたびに、彼女の身体の周辺から湧き出す呪い生物。


「声が大きければ大きいほど、大きな雷撃ウナギになって出てきちゃうし、長く発声すればするほど、長くなっちゃうの。雷撃ウナギにかなりの魔力を奪われるから、高位の魔法が唱えられないし、すごく疲れる。かわりに、雷に撃たれても大丈夫になったけどね」


 長いのが出た。


「そんなの、声を出せないキツさに比べたら……」


「だよねぇ……」


 小さな声で、彼女は言った。小さな黒い雷撃ウナギが落ちてきた。続けて、


「せめて、食べ物にでもなればいいんだけど、残念だけどこんなに呪われてちゃね……食べたら即死でしょ、こんなの」


 と、フリースは嘆いたのだが、俺は一瞬、何のことやらわからなかった。


 雷撃ウナギが食べられない?


 なんだその思い込みは。


 普通にうまいだろう、何を言ってるんだフリースは。


 長く生きてる物知り魔法使いのくせに。


「……フリースは、もしかして知らないのか?」


「何のこと?」


「食えるぞ。雷撃ウナギ、めっちゃうまい」


「はァ!?」


 今までで一番大きな声が出た。そして、一番大きな丸々と太った雷撃ウナギが電撃をまといながら地面に落ちて、小さなウナギたちを数匹つぶして地面が呪われた。


「呪い抜きをすれば食べられるんだ。フグの毒抜きみたいなもんだな」


「フグって何?」


「俺の世界には、人間が食ったら毒にあたって死ぬっていう危険な魚がいるんだけど、調理次第で食えるようになるんだよ、もはや魔法みたいなもんだ」


「ってことは……あれかな。あたしに掛けられたヒドい呪い、今、すっごく役に立とうとしてる?」


「ああ! 何としても、役に立ててやるぜ!」


 睡眠もとれたし、思わぬところから希望が湧いて出たし、フリースの過去話はちょっと重苦しくて悲しかったけど、俺は完全に元気を取り戻した。


  ★


 フリースはエルフのクォーター。ハーフエルフの母から生まれたのだという。


 血の事でいろいろと苦労もしている。


 俺自身は何かの血を継いでるとか、特別そういう話は親からきいたことないけれど、現実世界にいたころには自分の血の混じり方に悩む人が思いのほか身近に居たなと記憶している。


 そこで俺は知的に人差し指を立てて、


「なあフリース。俺の暮らしてた元の世界では、よくハーフのことをダブルという言い方をするんだ。半分じゃなくて二倍なんだってことらしい。じゃあクォーターは何て言うんだろうかって考えると、四だから、カルテットとかでいいんじゃないかと思うんだよ。いや待てよ、スクエアとかもカッコイイかもな」


 などと名言を吐いた感じを出しながら言ってみたのだが、フリースは全然感動しなかったようだ。


 ――人間って残忍なくせに、口ばかり達者だよね。


 そう空中に書いて、フリースは静かに笑ったのだった。


 後から思い返してみると、そんなに名言でもなかったから、感動しないのは当然だったな。


 さてさて、そんなことを思い出しつつ、ある人からの返信を荒野に立って待っていると、一羽のレンタル伝言鳥が舞い降りてきた。


 鳥の足にくくりつけられていた一枚の紙を広げたら、友人の甲冑からの、最高に嬉しい返信だった。


『親愛なるラックへ』


『まずは、無事であるとの知らせ、とても嬉しく思う。ベスからすでに聞いているとは思うが、オリハラクオンは死んだことになった。君の顔を知る人間もほとんどいない。ゆえに、ラック、君はもう自由の身だ。マリーノーツの世界を縦横無尽に楽しむといい。』


『さて、雷撃ウナギの呪い抜きについてだが、以前君と話をしたレストランを覚えているだろうか? そこのシェフからレシピを買い取ったので、手紙の最後に記しておいた。ただ、かなり入手難易度の高いアイテムが揃っているから、君には難しいかもしれない。


心配性のエリザベスからは、「今のラックに協力するな」とキツく言われているのだが、こっそり君の助けとなることに決めた。』


『君が高級食材である雷撃ウナギをどのように手に入れたのか、細かい詮索(せんさく)はしないでおくが、()にも(かく)にも、わが親友が飢えに苦しむ人間を目撃して助けない者でなくて本当によかった。


ちゃんと人間の心を取り戻してくれた君とは、いつか最高級エリクサーで乾杯でも交わしたいものだ。

――ホクキオ自警団名誉顧問クテシマタ・シラベールより。』


 手紙の最後に添えられた呪い抜きの方法。


 それは、シラベールさんが言うほど難しいものではなかった。なぜなら、呪い抜きに必要な黒毛山羊大巻角(スパイラルホーンキワミ)の粉末は当たり前のように持っていたし、そこに混ぜる微量の橘果実種(ときじくのたね)も、いつぞやの闘技場(コロッセオ)で八雲丸さんから貰っていたからだ。


 奇跡的なことにね。


 どうやら世界が、俺に向って追い風を吹き付けはじめたようだな。


「さあフリース、遠慮はいらない。ありったけの大声を出してくれ。呪い抜きをすれば、お腹を空かせている皆に分けてあげられる」


 彼女は頷き、そして、かすれた声でいう。


「……魔女じゃない!」


 そんな第一声で、野球バットみたいに大きな蟲が出た。


 ハッキリ澄んだ大きな声で、もう一度。


「あたしは! 魔女じゃなぁい!」


 成人男性くらいの長さがある蟲が出現した。禍々しい。


「あたしは! フリース! やさしい人間とやさしいエルフの血が混ざってる!」


 どんどん巨大に。


「あたしの耳は最高に可愛くて、あたしの声は最高に美しい! 史上最高の氷使い、大勇者フリースだ!」


 どんどん長く。


 蟲たちはうねりながら、ゆっくりと移動し、四方八方に散って行こうとする。


 このままではいけないと、俺は指示を出す。


「次は、フリース、氷でこいつらを閉じ込めてくれ!」


 フリースは深く頷き、詠唱に入る。


「――脈動も許さぬ無慈悲の霊柩(れいきゅう)、地中より来たりて奈落と成れ。震えも許さぬ悠久の恩寵(おんちょう)、天上より来たりて聖域と成れ!」


 彼女の周囲に青い閃光。


「――絶氷釜(グレスボイラ)


 これまでとはレベルが違う、ひときわ大きな蟲があらわれたかと思ったら、それをうけとめるように地中から透明な氷の皿があらわれた。その大きさたるや、先日のコロッセオの戦闘フィールド全体を入れてもなおはみ出すほど。


 続いて、雪が降るみたいにゆっくりと丸い釜のフタがおりてきて、空中で合体。巨大な球体を形成した。


 突如あらわれた球体は、遠くから見ても異様なものだったらしく、すぐに痩せこけた馬に乗って賊軍の偵察隊がやってきた。はじめに会ったダーパンをはじめとする東西南北を管轄する賊の精鋭たちである。


「なんだ、あれは……」

「美しい球体だが、なんだか不気味な気配がする」

「敵の攻撃ではないようだが……」

「すさまじい呪いです……」


 ティーア側近たちの力ない呟き。


 その後ろから少し遅れて出てきたのは、賊どもの首領ティーア・ヴォルフさんだった。


 少し前よりもさらにガリガリに痩せていた彼女は、馬から降りたところでふらつき、部下にささえられながら球体を見上げる。


「ついに幻覚でも見たかと思ったけど、どうも違うようだね」


 力なくつぶやき、フリースに視線を向け、俺に目を合わせた。


「これは、一体?」


 彼女の問いに、俺は笑みを浮かべて答える。


「これが、最強の大勇者フリースの実力です。ちょっと待っててください。食べ物を取りに行きますので」


 俺たちは歩き出す。


 フリースが氷でつくった透明に輝く階段。


 二人でのぼっていく。


 俺が前で、フリースは後ろ。


 透き通る氷の上を一歩一歩、足元をたしかめながらゆっくりと昇っていく。手には、呪い抜きのための粉末を持って。


 球体の頂上あたりに着いた。地面が遠くて、足がすくむくらいの高さだ。


 でも、格好つけの俺は平静を装って進む。彼女を信じて進む。氷の回廊と氷の手すりができていく。フリースがリアルタイムで氷の通路を作ってくれているのだ。


 導かれて進んでいく。


 俺の進むところが、道になっていく。


 螺旋を描きながら、球体の頂上についた。


 頂上には穴があけられていて、下の様子がハッキリと見えた。真下では、巨大な黒い蟲たちがバチバチと電流音を立て、うごめいている。


 今にも地形を変えるくらいの暴発をしてしまいそうだ。


「さ、手早くやるぞ、フリース」


 フリースは頷き、下を見た。


 俺は呪い抜きの小瓶を構える。


 尖った耳の女の子は、「ごめんね……」と小さな文字を空中に描き出し、ビンを持つ俺の手に、冷たい両手をかぶせてきた。


 さらさらと俺特製の呪い抜き粉末が落ちる。


 電流を走らせていた黒い蟲たちは沈静化した。上にいるものたちから、白く変色してゆく。のたうち回ることもなく、安らかに。


 動かなくなった。


 フリースは少し寂しそうにしながらも、嬉しそうな文字を書く。


 ――みんなの役に立つことができたかな。


「ああ、最高だ。みんな喜ぶぞ」


 ――ラックの役にも立てたかな。


「そうだな。俺のピンチを救ってくれた」


 ――他に何か言うことは?


「ありがとうな、フリース」


 俺は感謝を伝えた。けれどもフリースは、そっぽを向いた。


 不正解ということらしい。


 いやはや、彼女がどんな言葉を求めているのか、よくわからない。けれど、心の底から出てきた言葉を、沈黙する彼女に向けて言ってやる。


「これからも、よろしくな、フリース」


 ――あたしの呪いを、全部解いてくれたらね。


 氷の球体が溶け切った後には、大量の高級食材たちが残されていた。




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