三枚目
滝壺は思ったよりも深く、そのまま古代ローマ人よろしくの渦潮に吸い込まれ、気が付いたら、水底にある竜王の国へ移動していた。
暗いかと思ったら、そこらじゅうの岩に張り付いてる苔が蛍のように光ってて、それほど暗いとは感じなかった。
そのあと、王子が戻ってきた事を知った人魚男子たちが集まり、王子が私を国賓だと紹介すると、王子ともども丁重に案内され、苦も無く竜王の岩城へと辿り着いた。
最初に通された謁見の間は、法隆寺かロールプレイングゲームの神殿にあるようなエンタシス技法の柱が両サイドに立ち並ぶ、荘厳な場所だった。
そこでは、祭壇の上の背の高い椅子に、顎鬚が立派なナイスミドルの竜王が座って待っていた。
竜王からは、威厳を欠くこと無いながらも、どこか親しみやすい声音で、この国が慢性的に抱えている問題を語られた。
なんでも、この竜王の国は深刻な女日照りなのだという。
というのも、国内で生殖を続けた結果、血が濃くなりすぎてしまい、遺伝的に女性体が生まれにくくなってしまったのだとか。
だから、この国の男子は、こぞって国の外へと女性を探しに行くのだと。
大変だなぁと他人事のように話半分で聞いていたら、息子の嫁になってくれないかと竜王から申し出されてしまった。
聞いてないよ、と思って王子の方を見たら、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いてしまった。可愛いから許した。
ちなみに、来るときに飲み込んだ玉は、飲んでから丸一日しか効き目が無く、効き目が切れる前に再び飲み込まれねばならないのだが、貴重なアイテムなので、王家といえども、そんなにストックがあるわけでは無いという。
まぁ、早い話が、いつまでもグズグズするなら、この話は無かったことにするから、さっさと決断しろというわけだ。
ここで、檳榔な推測を挟んで恐縮だが、玉の効果が丸一日だという理由は、人体にとっての異物が分解されずに排出されるまでの時間が、おおよそその程度だからであろう。
その時、私は、あとで執事さんに、化粧室や入浴事情について教えてもらおうと思った。さすがに、老廃物を水中に漂泊させては問題だろうから。
閑話休題。
それで、いざ結婚するとなれば、いささかオカルトチックな話だが、洗礼の儀式により、私の身体は、彼等と同じように臍から下が魚になり、背中にヒレも生え、最初に渡された玉を飲み込まなくても、問題なく水中呼吸が出来るようになるという。
しかも、女子と言うには辛くなってきたアラサーに嬉しいことに、顔立ちも肌ツヤも十代の頃のように若返り、そのあとは一切、老いることが無いという。究極のアンチエイジング術だよ、これは。
玉手箱を土産に戻ったら、千年後の世界でした、という浦島太郎オチが待ってるかと思いきや、時間の流れる早さは同じだった。
映像水晶という原理不明の便利アイテムで陸上の人間世界を見せてもらったら、ちょうど、母がチラシに朱藍鉛筆で丸を付けているところだった。今晩は素麺と冷奴にするつもりのようだ。
まぁ、浜辺で虐められてた海亀を助けた訳でもないし、竜王と乙姫は別格なのだろう。