072. いいのか? 1/3(徹)
※徹視点。
忠勝たちが本邸に住むようになって、四ヶ月以上過ぎた。
(ミレちゃんを小さくしたら、こんな感じだろうな)
菖蒲を見て、そう思った。『ミレちゃん』とは、忠勝の亡き妻『すみれ』のことだ。俺と理恵は、そう呼んでいた。俺たちがつけたアダ名ではない。本人からそう呼ぶように言われた。ミレちゃんのアダ名の付け方は変だった。名前の後ろの部分をとって付けていた。俺の徹という名前から『て』ではなく『つ』をとって『ツッくん』と呼び、理恵のことを『エッちゃん』と呼んでいた。
(黒羽も大きくなったな~)
初めて黒羽に会ったのは、四歳か五歳くらいのときだった。それが今は十四歳だ。誕生日がくれば十五歳、来年度は学園に入学する。
ミレちゃんが生きていた頃は、別邸で一緒に住んでいた。亡くなってから、俺と理恵は本邸に移り住んだ。半年間だけ、理恵と交代で食事を作るために別邸に通った。その後しばらくは、菖蒲と黒羽に会うことはなかった。
久しぶりに顔を見たのは、病院でだった。原因不明の高熱で、菖蒲が入院したときだ。黒羽も倒れるのではないかと思うほど、青い顔をしていた。
菖蒲が急に元気になったと聞いたときは驚いたが、心の底から安堵した。忠勝からミレちゃんに続いて菖蒲まで取り上げてしまうのは、あんまりだと思っていた。
忠勝もミレちゃんも、家庭環境に恵まれていなかった。忠勝の顔と肩の傷は、両親にやられたものだ。ミレちゃんは望まない結婚をさせられた挙げ句離婚され、実家も追い出された。
やっと幸せになった。家族が増えた。それなのに、ミレちゃんは逝ってしまった。元々体が弱かったのは知っていた。学生のとき、よく倒れていた。別邸に住んでいたのも、療養のためでもあった。でも、忠勝と再会してからは、ずっと体調が良さそうに見えた。特にお腹に菖蒲がいるとわかってからは、とても元気そうにしていた。
菖蒲が二歳になったくらいのときだった。急に風船から空気が抜けていくかのように、元気がなくなっていった。毎日菖蒲を連れて庭に出ていたのに、ベッドで横になっていたり、座っていることが多くなった。そして、眠るように逝ってしまった。
(あのときの忠勝は、見ていられなかった……)
「あ~、思い出したら泣けてきた。ズッ」鼻に指をあてて、すすった。
「おっ」
開けておいたドアから、菖蒲が通り過ぎていくのが見えた。
(茶でもいれてやるか)
声をかけるために菖蒲のあとを追った。
菖蒲はミレちゃんにそっくりだ。特にあのベージュみたいなミルクティーみたいな髪色と癖っ毛、瞳の色がよく似ている。ふと見せる仕草も似ている。
忠勝に似ているところもある。知らない人が苦手なところだ。今でこそ忠勝は、大人であれば知らない人とでも普通に接しているが、学園に入る前は人を避けていた。忠勝は顔の傷痕を気にしていたせいもあったので、二人の心境は違うだろう。ただ、ここに通い始めた頃の菖蒲は、出会った頃の忠勝を思い起こさせた。似ているなと思った。
(お、いたいた)
「お~い、あ――」
「お嬢様!」
「ちょっと! 黒羽、ほどほど!」
菖蒲の姿が見えたので、声をかけようと思った。突然現れた黒羽が、菖蒲に抱きついた。驚いて思わず壁に寄り、隠れてしまった。
「も~、廊下でいきなり抱きつかないでよ」
「誰もいませんよ」
「いてもいなくてもダメ」
「じゃあ、部屋で」
「だから、部屋でもダメ。この前、散々話したでしょ」
「話しましたけど。結論は出ていません」
「出たの。ダメなものはダメ」
「却下します」
「却下じゃない! ほどほど」
ペチンと音が聞こえてきた。
「お嬢様、これからどうするんですか?」
「うーん。今日は部屋で本を読もうかな」
「じゃあ、僕も。この前の続きですよね?」
「うん。それじゃ、黒羽が本持ってね」
「かわいい」
「ちょ、だから、なんでまた!」
「お嬢様、お茶かジュースをもらいに行きましょう」
「そうだね。それじゃ、離れて~」
「もう少し」
(あ! やべえ。戻らないと!)
急いで台所に戻った。しばらくすると、菖蒲と黒羽がやってきた。二人は、今から部屋で本を読むと言いながら、ジュースとコップを二つ、お盆に乗せて持っていった。
(前々から思ってたけど、あの二人……)
恋人同士みたいだなと思った。ちょこちょこあのような現場に遭遇する。気がつくと一緒にいて、仲良くしている。
先ほどのように抱きついているところは、初めて見たので驚いた。この前見たのは、寄り添って居眠りをしているところだった。その前は、黒羽が菖蒲の髪の毛を結っているところだった。菖蒲の髪を乾かしたり、結んだりするのは黒羽の担当なので、気にするようなことではない。俺が気になったのは、黒羽の表情だ。愛おしそうに髪の毛をいじっていた。あれは、完全に惚れている顔だ。
「なあ、理恵」
「ん~?」
「菖蒲と黒羽のこと、どう思う?」
ベッドに横になりながら、寝支度を調えている理恵に問いかけた。
「二人とも可愛らしいよね」
「そうじゃなくて。あの二人の関係」
「やーね。ほっときなさいよ」
「やっぱり、そう思うのか! ほっといていいのか!?」
「ほっといていいのかって。ほっとく以外に何があるのよ?」
「だって、菖蒲はお嬢様だろ? 黒羽は……。いいのか?」
理恵は、は~、とため息を吐きながら、ベッドに潜り込んできた。俺のほうを向いて、もう一度ため息を吐いた。
「いつも、菖蒲のことお嬢様扱いしないくせに」
「いや、それとこれとは……」
「私は、ほっとく。徹は、まあ、好きにすれば? でも、邪魔はしちゃダメよ。律穂さんの愛馬たちに蹴られるわよ。愛馬どころか、律穂さんに蹴られるかもね。律穂さん、菖蒲のことかわいいみたいだから。庭までつくりかえてたし」
「馬に蹴られるよりも、律穂に蹴られるほうがやばいな~。馬のはどうにか避けられる……かもしれないけど、律穂のは無理だ。確実にやばいとこ狙ってくるしな……」
「そうね。ふふ」
理恵は、おやすみ、と言うとすぐに寝息をたて始めた。俺は菖蒲と黒羽のことを考えていて、なかなか眠れなかった。




