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花菖蒲のほとり  作者: B星
第2章 ③ 別邸 9歳
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◆063. 婚約?


 父の悩みを聞いてから、二週間ほど過ぎた。


 父が早めに帰ってきた。夕食をとるために、食堂に集まっていた。

 父と私は席についていた。黒羽くろは隼人はやとの手伝いを済ませ、父の隣の席についた。隼人はシチューを配膳してくれていた。


「話せた。ありがとう」


 目が合った父にお礼を言われた。なんのことかすぐにはわからなかったが、孤児院の件かと思い至った。


「良かったね、お父様」


菖蒲あやめ。好きな子はいるか?」


 ゴゴンッと音がした。音のしたほうに顔を向けると、隼人がお盆を落としていた。

 突拍子もない話に、頭が真っ白になってしまったが、その音で我に返れた。


「いっぱいいるよ。お父様も隼人も黒羽も、みんな好き」


「そうではない。恋人になりたい、結婚したいような相手だ」


 この会話はなんなのだろうか。父親が娘に、パパと結婚する、と言われて喜ぶやり取り、ということでよいのだろうか。そういえば、父とはまだこのやり取りをしたことがなかった。


「お父様と結婚する」


 父は嬉しそうな顔をした。でも、すぐに眉間にシワが寄った。


「いや、嬉しいがそうではない。そうだな。許婚いいなずけや、婚約についてどう思う?」


「本人がいいって思ってるなら、いいんじゃない?」


菖蒲あやめに婚約の話がきている」


 ガタンッ


 私の隣に座ろうとしていた隼人が、椅子に引っ掛かった。すみません、と謝りながら椅子に座った。チラチラと黒羽のことを見ている。黒羽のことを心配しているのだろう。当の黒羽は平然としている。隼人が焦っているのを見て、冷静になれているのかもしれない。


 私も隼人の様子を見て、逆に冷静になれた。


「誰と婚約するの?」


「相手は伏せるが、二、いや、三件、話がある」


「そんなに? 知ってる人?」


 父は首を縦にも横にも振らなかった。何も言わなかった。知人かどうかも伏せるということだ。


 一人なら予想できる。たぶん、慶次けいじだ。仲も良い、年齢も同じ、親も懇意こんいにしている、さらに再婚問題の解決に関わっている。


 もう一人は、慶一けいいちだろうか。慶一か慶次のどちらかに、という話が考えられる。ありそうな気がする。


 最後の一人、三人目が全く予想できない。


(あれ? でも、待てよ……)


 よく考えてみれば、慶一と慶次以外に知り合いはいない。知らない人なのだろう。父は『鬼神きしん』だ。『鬼神』に娘がいるなら息子と結婚させたい、と思う人がいるのかもしれない。


「それは、断れない話?」


「いや、断れる。絶対に一度は聞いてみてくれと頼まれた」


「なんで相手のこと教えてくれないの?」


「それは私の判断だ」


「お父様の?」


「そうだ」


「婚約したくないな。するにしても、まだ早いかな」


「そうか。ならいい」


 父は隼人と黒羽に、待たせてすまなかった、と謝った。みんなで、いただきます、と言って食事をはじめた。


 本当に、ただ聞くだけ聞いてみてほしい、という話だったのだろう。そうでなければ、こんなにアッサリ終わるはずがない。父のことだ。納得のいく返答をするまで、無言で見つめてきそうだ。でも、結婚に関しては、父は私に無理強いはしないと思う。母は家の決めた結婚で、大変な思いをしたのだから。



許婚いいなずけかあ……)


 華族かぞくでも、小さいときから許婚いいなずけを決めておくなどのしきたりはない。許婚いいなずけがいないと面目が立たないということもない。


 しきたりがあるのは、王族くらいだ。


 第一王子は、隣国に年齢の近い女性がいれば婚約する。複数いる場合はその中から選ぶ。

 王女は、隣国に年齢の近い第一王子がいればそちらの婚約者候補となり、決まれば嫁ぐ。

 どう選んでいるのかは知らないが、いろいろな思惑が渦巻いていそうだ。


 華族のほとんどは、お茶会か学園で出会って、恋愛したり、結婚相手を見つけたりしている。

 学園には、王族から一般市民まで通うので、玉の輿や逆玉を狙う人もたくさんいる。学園は社交の場でもあり、盛大な婚活の場にもなっている。

 学園を卒業したあとは、お見合いをしたり、パーティーで探したりする。もちろん、この限りではない。結局のところ、その家の方針次第だ。


 前世よりも『家の格』問題は大きいが、王族や上流華族でもない限り、恋愛も結婚も前世とあまり変わらない。いや、前世でも『家の格』問題は、あるところにはあっただろうから、前世と変わらないのかもしれない。



(そういえば、黒羽は『栄光の学年』か)


 学園には、『栄光の学年』の呼ばれる学年がある。王族の子と同じ学年になることだ。


 『栄光の学年』になりたいがために、多少ずらして入学する人もいる。いろいろな理由をつけて、入学を早めたり遅らせたりする。そのせいで、『栄光の学年』前後は入学者が減少、『栄光の学年』は増大する。


 黒羽は、第一王子と同い年だ。


(女の子はちょっと残念だよね。確か、第一王子は婚約者が決まっていたはず)


 第一王子の写真を見たことがある。新聞のカラーの面に載っていた。不思議な髪色をしていた。薄い茶色にところどころ薄い紫色をのせたような髪色だった。

 写真にはもう一人写っていた。第二王子だ。色違いの似たような髪色をしていた。


 第二王子は幼さがあり可愛らしい感じだったが、第一王子はとてもかっこいい人だった。王子でこの容姿ならば、さぞかしモテるだろうと思った。婚約者が決まっていても、友人になりたい、お近づきになりたい人はたくさんいるだろう。

 王族には側室制度がある。正室にはなれなくても、側室になれるチャンスがある。


(私には関係のない話だけど……)


「お父様は、私が王子様の側室になりたいって言ったらどうする?」


「ゴホッ! ゴホゴホッ。す、すみません」隼人がむせ、胸を叩いている。


 父は私のほうを向くと、ジッと私の目を見つめてきた。私から視線を外すと、何も言わずにパンをちぎって口に入れた。


「えっと~、それじゃ、華族じゃない人と結婚したいって言ったらどうする?」


 パンをしゃくしていた父の口の動きが一瞬止まった。数秒後、パンを飲み込んだ父は、水を飲んでから口を開いた。


「王族も華族も関係ない。ただ、人柄などは見させてもらう。それ次第だ」


「そっかあ」私も水を飲んだ。


(王子様でも関係ないんだ。まあ、王子様はないけどね)


 華族以外と結婚したいと言っても、問題はないそうだ。将来、私が結婚したい相手を連れてきたとき、父はどんな顔をするだろうか。


(眉間にシワは寄るだろうな)


 父の顔や態度を想像しながら、シチューを口に運んだ。


 チラリと隣に目を向けた。隼人はまだ苦しそうにしていた。黒羽はそんな隼人を見て、笑いをこらえているようだった。


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