031. 僕の誕生日(黒羽)
※黒羽視点。
「おい、黒羽! いいものをやろう」
呼び止められたので振り向くと、両手を腰にあて、ふんぞり返った大地に、そんなことを言われた。
「いいものって?」
「いいものは、いいものだよ」得意気な顔をしている。
「大地さん、いいものって言ってしまうと、ちょっと。勘違いされると困るので」
大地の後ろにいた隼人が、前に出てきた。
「そうか?」
「そうですよ! 黒羽、楽しい時間をプレゼントしますね」
隼人は僕の肩に手をおくと、にっこりと微笑んだ。
今日、十二月十二日は僕の誕生日だ。プレゼントということは、誕生日プレゼントなのだと思う。珍しいというか、初めてだ。僕たちは、誕生日プレゼントのやり取りをしていない。
外に出る準備をして玄関に集合と言われた。指定された時間に行くと大地だけがいた。
(お嬢様はいないのか。お嬢様と遊びたいのに……)
しぶしぶ大地についていくと、裏庭の木の柵の中に、大きなかまくらがあった。
「すごい!! 大地が作ったの?」
「俺と隼人でな。すごいだろ。大変だったんだぞ」
中を覗いてみると、シートが敷いてあり、氣力でつけるタイプのランタンとクッションが二つ置いてあった。大人四人が円になって座れそうな広さがあった。
「よし、じゃあ、中に入って待ってろ」
「なにを?」
「まあ、とりあえず中に入れって」
大地がグイグイ押してきたので、屈んで中に入った。長靴は、出入り口近くの内側に置いた。中は外に比べると暖かいような気がした。
「うわー! すごいね! 大きいね! 大変だったでしょ」
「ふふ。すごいでしょう。頑張ったんですよ」
お嬢様と隼人の声が聞こえてきた。かまくらの出入り口に大地が立っていて、外はあまり見えない。
「よしよし、来たな」
「この格好、コート着てるのに意味あるの?」
「そうですねえ。まあ、雰囲気ってことで」
「まあ、隼人が着せたかっただ――」
「大地さん、なにか?」
「いや、なんでもない。それじゃ、俺たちが表庭の雪かきしてる間、ここで遊んでろ」
「はあい。ところで、お坊ちゃん? 若様? なんて呼べばいいの?」
「ふふ、黒羽に選ばせてあげたらいいんじゃないですか?」
(お坊ちゃん? 若様?)
大地が、出入り口から退くと、お嬢様が中を覗いてきた。頭に白いヒラヒラのリボンをカチューシャのようにつけていた。
「お邪魔しまーす」
手提げ袋を持ったお嬢様が入ってきた。長靴を脱ぎ、僕の長靴の横に置くと、僕の隣に座った。
隼人がしゃがんで、こちらを覗き込んだ。
「雪かきが終わったら、迎えにきますから。それまで、ここで二人でお茶しててくださいね」
そういうと立ち上がり、大地とともに歩き出した。
「よし、行くか。あー、今日も積もってんな」
「そうですねえ。まあ、頑張ってください」
「いや、隼人も手伝えよ」
「三日間、手伝いましたので」
「それは…………」
二人の声が、遠ざかっていった。
「えっと……?」
隣に座っているお嬢様に顔を向けた。目が合うと、お嬢様はにこっと微笑んだ。
(かわいい。そっか、楽しい時間をプレゼントって、ここでお嬢様と過ごす時間のことか)
かまくらの中で、お嬢様と二人で遊べるなんて、素敵なプレゼントだなと頬が緩んだ。
「ねえ、なんて呼ばれたい?」
「え?」意味がわからなくて聞き返した。
「お坊ちゃん? お坊ちゃま? 若様がいい?」
「若様?」
「黒羽のこと、なんて呼んだらいいの?」
「どういうことですか?」
「あれ? もしかして聞いてない? 交代する遊びって聞いたんだけど……。黒羽と私、立場を逆にして遊ぶんだって。黒羽は私のこと、お嬢様って呼ぶでしょ。だから、同じように黒羽のことを呼びたいんだけど……」
「ご主人様……」
「かしこまりました。ご主人様」お嬢様は、にこっと微笑みながら首を少し傾けた。
「か……」
「か?」
「か……」
「か?」
「かわいいっ!」お嬢様に抱きついた。
「も~、ほどほど。じゃなくて、おやめください。ご主人様~」
微妙に最初ほど感情がこもっていないセリフだったが、可愛らしいので頭に頬ずりをした。
「リボンがとれちゃうから。ほどほど~」
「リボンかわいいですね。似合ってますよ」
「ありがとう。ほら、お菓子とかあるから。これじゃ食べられないでしょ。離れて」
僕が離れると、お嬢様は手袋を外し、手提げ袋の中身を取り出した。まず、お盆をシートの上に置いた。その上に、マグカップ二つ、水筒、小さいマドレーヌを四つ並べた。
マグカップに水筒の中身を注いでくれた。かまくらの中に、甘い匂いが広がった。ホットチョコレートだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
手袋を外して、お嬢様からマグカップを受け取った。
お嬢様は自分のマグカップにホットチョコレートを注ぐと、こちらを向いた。
「黒羽、お誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます」
お嬢様は、僕の持っていたマグカップに、自分の持っていたマグカップをコチッとくっつけた。
おそるおそるマグカップに口をつけたお嬢様は、「あ、そんなに熱くない」と呟くと、一口、二口と美味しそうに飲んだ。小さいマドレーヌを一つ取って、半分頬ばった。
「ん~、美味しいけど。どっちも、甘々~」唇をペロッと舐めた。
(かわいい)
「ん? どうしたの? 飲まないの?」
「いただきます」
ホットチョコレートは温かくて甘くて美味しかった。マドレーヌも美味しかった。でも、お嬢様がいうように、口の中が甘さでいっぱいになった。
「やっぱり、お茶か紅茶が良かったかな? でも、ホットチョコレートも飲みたかったんだよね。ごめんね、黒羽」
「いいえ。とっても美味しいですよ」
「そう? なら、いいんだけど。もっと飲む?」
お嬢様が手を差し出してきたので、お願いします、とマグカップを渡した。トポトポとホットチョコレートを注いでくれた。
「はい」
「ありがとうございます」
ただホットチョコレートを飲んで、お菓子を食べて、お喋りをしていただけなのに、あっという間に終わりの時間が来てしまった。
大地と隼人の話し声が近づいてきた。
「…………か?」
「だいたい、なんでそこまで、嫌がるんだよ」
「寒いし、疲れるじゃないですか」
「そうやって、動かないから、体力が落ちるんだよ」
「……頭は大地さんより使ってるんで」
「どういう意味だよ」
かまくらの出入り口から、二人の足が見えた。隼人がしゃがみこんだ。僕たちを見ると目を細めて微笑んだ。
「さあ、家に戻りますよ。そのお盆、そのまま渡してください。ランタンは、出てくるときに持ってきてください。あとはそのままで大丈夫ですよ」
「はあい」
「わかりました」
お嬢様がお盆を持とうとしたが、僕が持って隼人に渡した。お嬢様が長靴を履くのを手伝った。そのあと自分も履いて、ランタンを持って外に出た。
大地と隼人は、かなり濡れていた。不思議だった。玄関を出てから今まで、そんなに雪は降っていないはずだ。それとも、そう見えなかっただけで、かまくらの中にいる間、たくさん降っていたのだろうか。
「どうだ? 楽しかったか?」大地にポンと肩を叩かれた。
「ええ。ありがとうございます」
「変なことは……、してないよな?」
「変なこと?」
「いや、なんでもない。よし、行くか」
「いてっ」大地にバシンと背中を叩かれた。
先に歩き出していたお嬢様と隼人を追うように、大地と一緒に歩き出した。
「なんですか! その格好!」
僕が驚いて声をあげると、三人がキョトンとした顔でこちらを向いた。
家に戻ってきた僕たちは、食堂にいた。テーブルにお盆や手提げ袋などを置き、コートを脱いでいた。
僕が驚いたのは、お嬢様の格好だった。
「これのこと? どう? 似合ってる?」
お嬢様は、クルンと回って、後ろも見せてくれた。
「とってもかわいいです。じゃなくて、その格好は……」
「なんだ、見せてなかったのか?」
「だって、コート脱ぐ必要なかったし」
「まあ、かまくらの中が暖かいとは言っても、寒いですからねえ」
お嬢様はメイドの格好をしていた。実用的な使用人の格好ではなく、物語などの本に出てくる可愛らしいメイドの格好だ。白いタイツを穿いていて珍しいとは思っていた。
「てっきり、この格好で、お菓子を食べさせてもらったりして、ご満悦なのかと思った。違ったのか」大地がそんなことを言いながら、椅子に座った。
「この格好で……、食べさせてもらう……、ご主人様……」ボソボソと呟き、ゆっくりとお嬢様に目を向けた。
お嬢様は僕と目が合うと後退りをした。ササッと、隼人の後ろに隠れた。
「お嬢様……」
「やだ!」
「まだ、何も言ってないじゃないですか」
「絶対、変なことでしょ」
「変なことじゃありませんよ」
「じゃあ、言ってみて。やるやらないは置いといて」
「その格好で、膝枕して、お菓子を食べさせてください。ご主人様、あーんって!」
「あ……」お嬢様は隼人を見上げた。
大地と隼人は、目を丸くしていた。数秒後、同時に吹き出した。
「ぶはっ! ご、ご主人様!? あははは」
「ふっ、ふふふふ。あはは、ご主人様って呼んでもらってたんですか? ふふふ」
大地と隼人が、崩れるように笑いだした。僕は真面目に言っているのに、大笑いしている。二人の笑いっぷりに少し腹が立った。
「や、やっぱり。笑うと思った! ちょっと、二人とも笑いすぎ。黒羽の誕生日なんだから。ねえ、ねえってば」
お嬢様は、隼人の服を引っ張りながら、大地と隼人の顔を交互に見ている。
「あはは、あはははは! いや、無理!」
「ふふふ、お腹が……。まあ、お坊ちゃんでも、若様でもおもしろいですけど。ふふ」
「ば、バカ、隼人、やめろよ! 余計なこと言うなよ。あはははは」
「大地さん、笑いすぎです。ふふふ、あはは、うつるからやめてください! ぶはっ」
お嬢様の制止も聞かず、大地と隼人は腹を抱えて笑っている。
「も、もう!」お嬢様は台所に消えると、すぐに戻ってきた。
「行こう、黒羽! 少ししたら戻ってくるから、大地と隼人は笑いをおさめといてよ!」
「あは、はあ、わかった。あは、あははは」
「すみません。ふふふ、あはは」
お嬢様に背中を押されて向かったのは、談話室だった。お嬢様は、背もたれ付きのソファーに座った。
「さあ、どうぞ。ご主人様」ポンポンと膝を叩いた。
遠慮せずに、膝枕をしてもらった。「ご主人様、あーん」とお嬢様は、僕の口に飴を入れてくれた。
「美味しい?」
飴を口の中でコロコロと転がしながら頷いた。
「ふふ。ご主人様のお気に召したようで」優しく頭をなでてくれた。
(そうだ。いつもと逆なんだから……)
「あ、菖蒲……」
「なあに。じゃなくて、なんですか? ご主人様」お嬢様は、僕の頭をなでながら、にこっと微笑んだ。
「~~~~!」僕は両手で顔を覆い、ジタバタした。
(か、かわいいっ!)
「どうしたの?」
「なんでもありません。あの、菖蒲」
「なんですか? ご主人様」
「菖蒲」
「なんですか? ご主人様」
「菖蒲」
「なんで……、黒羽。ほどほど」額をペチンと叩かれた。
「はい」
お嬢様は、叩いた額を二回なでたあと、また頭をなで始めた。しばらくの間、膝枕で頭をなでてもらいながら、お喋りしていた。すごく幸せな時間だった。顔がニヤケて仕方なかった。
食堂に戻ると、大地と隼人に謝られた。でも、二人とも半笑いの状態で謝ってきたので、ぷいっとそっぽを向いた。すると、お嬢様が頭をなでてくれた。嬉しくて、ニヤニヤしないようにするのが大変だった。
旦那様が早めに帰って来た。手にはケーキを持っていた。夕食のときに、みんなでお祝いしてくれた。
旦那様は、僕たちの誕生日にもケーキを買ってきて、お祝いしてくれるようになった。お嬢様の誕生日をみんなで祝うようになってからだ。その前から、ケーキは買ってきてくれていたが、それぞれ好きなときに食べていた。
僕が湖月家に引き取られてから毎年誕生日に、欲しいものはないか、と旦那様は聞いてくれる。でも、買ってもらったことは一度もない。
必要なものは全て買ってもらっているし、特に欲しいものがなかったからだ。 今年も特に思い浮かばなかった。買ってもらえるものの中からは。
もちろん、毎年、毎日、欲しいと思い浮かぶ人はいる。でもそれは、旦那様に頼んでも絶対にもらえない。
「はい、これ、誕生日プレゼント!」
「ありがとうございます」
「本当に、今年もこれでいいの?」
「ええ。これがいいんです」
髪を乾かしたあと、お嬢様が誕生日プレゼントをくれた。『肩たたき券』だ。
お嬢様に誕生日プレゼントに欲しいものはあるかと聞かれ、迷わず『肩たたき券』と答えた。去年二枚つづりだった券は、三枚つづりになった。
お嬢様が、旦那様の誕生日プレゼントに『肩たたき券』を作っているのを、隣で見ていた。気になることがあった。枚数が中途半端だった。なぜ、十枚などのキリの良い枚数ではないのかと聞いた。お嬢様は「年齢を四で割った枚数だよ」と答えた。
いいな、と思った。この『肩たたき券』が、五枚、十枚、それ以上のつづりになるのを見ていきたいと思った。それはつまり、ずっとそばにいて、ずっと誕生日プレゼントをもらい続けるということだ。
「なんで、四で割るんですか?」
「え……、なんでだろ? なんとなく?」お嬢様は首を傾げた。
「意味は……」
「ないかな。五でも良かったかな……」
割る数字に、理由はなかった。そんなところも可愛らしいと思う。
大地と隼人に、腹が立つくらい笑われたが、本当に素敵なプレゼントだった。お嬢様にいつもより甘えられた。いっぱい頭をなでてもらえた。とても楽しい誕生日になった。




