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花菖蒲のほとり  作者: B星
第2章 ① 別邸 6歳、7歳、8歳
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 031. 僕の誕生日(黒羽)

黒羽くろは視点。


「おい、黒羽くろは! いいものをやろう」


 呼び止められたので振り向くと、両手を腰にあて、ふんぞり返った大地だいちに、そんなことを言われた。


「いいものって?」


「いいものは、いいものだよ」得意気な顔をしている。


「大地さん、いいものって言ってしまうと、ちょっと。勘違いされると困るので」


 大地の後ろにいた隼人はやとが、前に出てきた。


「そうか?」


「そうですよ! 黒羽、楽しい時間をプレゼントしますね」


 隼人は僕の肩に手をおくと、にっこりと微笑んだ。


 今日、十二月十二日は僕の誕生日だ。プレゼントということは、誕生日プレゼントなのだと思う。珍しいというか、初めてだ。僕たちは、誕生日プレゼントのやり取りをしていない。


 外に出る準備をして玄関に集合と言われた。指定された時間に行くと大地だけがいた。


(お嬢様はいないのか。お嬢様と遊びたいのに……)


 しぶしぶ大地についていくと、裏庭の木の柵の中に、大きなかまくらがあった。


「すごい!! 大地が作ったの?」


「俺と隼人でな。すごいだろ。大変だったんだぞ」


 中をのぞいてみると、シートが敷いてあり、氣力きりょくでつけるタイプのランタンとクッションが二つ置いてあった。大人四人が円になって座れそうな広さがあった。


「よし、じゃあ、中に入って待ってろ」


「なにを?」


「まあ、とりあえず中に入れって」


 大地がグイグイ押してきたので、かがんで中に入った。長靴は、出入り口近くの内側に置いた。中は外に比べると暖かいような気がした。


「うわー! すごいね! 大きいね! 大変だったでしょ」


「ふふ。すごいでしょう。頑張ったんですよ」


 お嬢様と隼人の声が聞こえてきた。かまくらの出入り口に大地が立っていて、外はあまり見えない。


「よしよし、来たな」


「この格好、コート着てるのに意味あるの?」


「そうですねえ。まあ、雰囲気ってことで」


「まあ、隼人が着せたかっただ――」

「大地さん、なにか?」


「いや、なんでもない。それじゃ、俺たちが表庭の雪かきしてる間、ここで遊んでろ」


「はあい。ところで、お坊ちゃん? 若様? なんて呼べばいいの?」


「ふふ、黒羽に選ばせてあげたらいいんじゃないですか?」


(お坊ちゃん? 若様?)


 大地が、出入り口から退くと、お嬢様が中をのぞいてきた。頭に白いヒラヒラのリボンをカチューシャのようにつけていた。


「お邪魔しまーす」


 手提げ袋を持ったお嬢様が入ってきた。長靴を脱ぎ、僕の長靴の横に置くと、僕の隣に座った。

 隼人がしゃがんで、こちらをのぞき込んだ。


「雪かきが終わったら、迎えにきますから。それまで、ここで二人でお茶しててくださいね」


 そういうと立ち上がり、大地とともに歩き出した。


「よし、行くか。あー、今日も積もってんな」


「そうですねえ。まあ、頑張ってください」


「いや、隼人も手伝えよ」


「三日間、手伝いましたので」


「それは…………」


 二人の声が、遠ざかっていった。



「えっと……?」


 隣に座っているお嬢様に顔を向けた。目が合うと、お嬢様はにこっと微笑んだ。


(かわいい。そっか、楽しい時間をプレゼントって、ここでお嬢様と過ごす時間のことか)


 かまくらの中で、お嬢様と二人で遊べるなんて、素敵なプレゼントだなと頬がゆるんだ。


「ねえ、なんて呼ばれたい?」


「え?」意味がわからなくて聞き返した。


「お坊ちゃん? お坊ちゃま? 若様がいい?」


「若様?」


「黒羽のこと、なんて呼んだらいいの?」


「どういうことですか?」


「あれ? もしかして聞いてない? 交代する遊びって聞いたんだけど……。黒羽と私、立場を逆にして遊ぶんだって。黒羽は私のこと、お嬢様って呼ぶでしょ。だから、同じように黒羽のことを呼びたいんだけど……」


「ご主人様……」


「かしこまりました。ご主人様」お嬢様は、にこっと微笑みながら首を少し傾けた。


「か……」

「か?」

「か……」

「か?」


「かわいいっ!」お嬢様に抱きついた。


「も~、ほどほど。じゃなくて、おやめください。ご主人様~」


 微妙に最初ほど感情がこもっていないセリフだったが、可愛らしいので頭に頬ずりをした。


「リボンがとれちゃうから。ほどほど~」


「リボンかわいいですね。似合ってますよ」


「ありがとう。ほら、お菓子とかあるから。これじゃ食べられないでしょ。離れて」


 僕が離れると、お嬢様は手袋を外し、手提げ袋の中身を取り出した。まず、お盆をシートの上に置いた。その上に、マグカップ二つ、水筒、小さいマドレーヌを四つ並べた。


 マグカップに水筒の中身をいでくれた。かまくらの中に、甘い匂いが広がった。ホットチョコレートだ。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


 手袋を外して、お嬢様からマグカップを受け取った。

 お嬢様は自分のマグカップにホットチョコレートをぐと、こちらを向いた。


「黒羽、お誕生日おめでとう!」


「ありがとうございます」


 お嬢様は、僕の持っていたマグカップに、自分の持っていたマグカップをコチッとくっつけた。


 おそるおそるマグカップに口をつけたお嬢様は、「あ、そんなに熱くない」と呟くと、一口、二口と美味しそうに飲んだ。小さいマドレーヌを一つ取って、半分頬ばった。


「ん~、美味しいけど。どっちも、甘々~」唇をペロッと舐めた。


(かわいい)


「ん? どうしたの? 飲まないの?」


「いただきます」


 ホットチョコレートは温かくて甘くて美味しかった。マドレーヌも美味しかった。でも、お嬢様がいうように、口の中が甘さでいっぱいになった。


「やっぱり、お茶か紅茶が良かったかな? でも、ホットチョコレートも飲みたかったんだよね。ごめんね、黒羽」


「いいえ。とっても美味しいですよ」


「そう? なら、いいんだけど。もっと飲む?」


 お嬢様が手を差し出してきたので、お願いします、とマグカップを渡した。トポトポとホットチョコレートをいでくれた。


「はい」


「ありがとうございます」


 ただホットチョコレートを飲んで、お菓子を食べて、お喋りをしていただけなのに、あっという間に終わりの時間が来てしまった。


 大地と隼人の話し声が近づいてきた。


「…………か?」


「だいたい、なんでそこまで、嫌がるんだよ」


「寒いし、疲れるじゃないですか」


「そうやって、動かないから、体力が落ちるんだよ」


「……頭は大地さんより使ってるんで」


「どういう意味だよ」


 かまくらの出入り口から、二人の足が見えた。隼人がしゃがみこんだ。僕たちを見ると目を細めて微笑んだ。


「さあ、家に戻りますよ。そのお盆、そのまま渡してください。ランタンは、出てくるときに持ってきてください。あとはそのままで大丈夫ですよ」


「はあい」


「わかりました」


 お嬢様がお盆を持とうとしたが、僕が持って隼人に渡した。お嬢様が長靴を履くのを手伝った。そのあと自分も履いて、ランタンを持って外に出た。


 大地と隼人は、かなり濡れていた。不思議だった。玄関を出てから今まで、そんなに雪は降っていないはずだ。それとも、そう見えなかっただけで、かまくらの中にいる間、たくさん降っていたのだろうか。


「どうだ? 楽しかったか?」大地にポンと肩を叩かれた。


「ええ。ありがとうございます」


「変なことは……、してないよな?」


「変なこと?」


「いや、なんでもない。よし、行くか」


「いてっ」大地にバシンと背中を叩かれた。


 先に歩き出していたお嬢様と隼人を追うように、大地と一緒に歩き出した。



「なんですか! その格好!」


 僕が驚いて声をあげると、三人がキョトンとした顔でこちらを向いた。


 家に戻ってきた僕たちは、食堂にいた。テーブルにお盆や手提げ袋などを置き、コートを脱いでいた。


 僕が驚いたのは、お嬢様の格好だった。


「これのこと? どう? 似合ってる?」


 お嬢様は、クルンと回って、後ろも見せてくれた。


「とってもかわいいです。じゃなくて、その格好は……」


「なんだ、見せてなかったのか?」


「だって、コート脱ぐ必要なかったし」


「まあ、かまくらの中が暖かいとは言っても、寒いですからねえ」


 お嬢様はメイドの格好をしていた。実用的な使用人の格好ではなく、物語などの本に出てくる可愛らしいメイドの格好だ。白いタイツを穿いていて珍しいとは思っていた。


「てっきり、この格好で、お菓子を食べさせてもらったりして、ご満悦なのかと思った。違ったのか」大地がそんなことを言いながら、椅子に座った。


「この格好で……、食べさせてもらう……、ご主人様……」ボソボソと呟き、ゆっくりとお嬢様に目を向けた。


 お嬢様は僕と目が合うと後退あとずさりをした。ササッと、隼人の後ろに隠れた。


「お嬢様……」


「やだ!」


「まだ、何も言ってないじゃないですか」


「絶対、変なことでしょ」


「変なことじゃありませんよ」


「じゃあ、言ってみて。やるやらないは置いといて」


「その格好で、膝枕して、お菓子を食べさせてください。ご主人様、あーんって!」


「あ……」お嬢様は隼人を見上げた。


 大地と隼人は、目を丸くしていた。数秒後、同時に吹き出した。


「ぶはっ! ご、ご主人様!? あははは」

「ふっ、ふふふふ。あはは、ご主人様って呼んでもらってたんですか? ふふふ」


 大地と隼人が、崩れるように笑いだした。僕は真面目に言っているのに、大笑いしている。二人の笑いっぷりに少し腹が立った。


「や、やっぱり。笑うと思った! ちょっと、二人とも笑いすぎ。黒羽の誕生日なんだから。ねえ、ねえってば」


 お嬢様は、隼人の服を引っ張りながら、大地と隼人の顔を交互に見ている。


「あはは、あはははは! いや、無理!」

「ふふふ、お腹が……。まあ、お坊ちゃんでも、若様でもおもしろいですけど。ふふ」


「ば、バカ、隼人、やめろよ! 余計なこと言うなよ。あはははは」

「大地さん、笑いすぎです。ふふふ、あはは、うつるからやめてください! ぶはっ」


 お嬢様の制止も聞かず、大地と隼人は腹を抱えて笑っている。


「も、もう!」お嬢様は台所に消えると、すぐに戻ってきた。


「行こう、黒羽! 少ししたら戻ってくるから、大地と隼人は笑いをおさめといてよ!」


「あは、はあ、わかった。あは、あははは」

「すみません。ふふふ、あはは」


 お嬢様に背中を押されて向かったのは、談話室だった。お嬢様は、背もたれ付きのソファーに座った。


「さあ、どうぞ。ご主人様」ポンポンとひざを叩いた。


 遠慮せずに、膝枕をしてもらった。「ご主人様、あーん」とお嬢様は、僕の口にあめを入れてくれた。


「美味しい?」


 あめを口の中でコロコロと転がしながらうなずいた。


「ふふ。ご主人様のお気に召したようで」優しく頭をなでてくれた。


(そうだ。いつもと逆なんだから……)


「あ、菖蒲あやめ……」


「なあに。じゃなくて、なんですか? ご主人様」お嬢様は、僕の頭をなでながら、にこっと微笑んだ。


「~~~~!」僕は両手で顔をおおい、ジタバタした。


(か、かわいいっ!)


「どうしたの?」


「なんでもありません。あの、菖蒲あやめ


「なんですか? ご主人様」


菖蒲あやめ


「なんですか? ご主人様」


菖蒲あやめ


「なんで……、黒羽。ほどほど」ひたいをペチンと叩かれた。


「はい」


 お嬢様は、叩いたひたいを二回なでたあと、また頭をなで始めた。しばらくの間、膝枕で頭をなでてもらいながら、お喋りしていた。すごく幸せな時間だった。顔がニヤケて仕方なかった。



 食堂に戻ると、大地と隼人に謝られた。でも、二人とも半笑いの状態で謝ってきたので、ぷいっとそっぽを向いた。すると、お嬢様が頭をなでてくれた。嬉しくて、ニヤニヤしないようにするのが大変だった。



 旦那様が早めに帰って来た。手にはケーキを持っていた。夕食のときに、みんなでお祝いしてくれた。


 旦那様は、僕たちの誕生日にもケーキを買ってきて、お祝いしてくれるようになった。お嬢様の誕生日をみんなで祝うようになってからだ。その前から、ケーキは買ってきてくれていたが、それぞれ好きなときに食べていた。


 僕が湖月こげつ家に引き取られてから毎年誕生日に、欲しいものはないか、と旦那様は聞いてくれる。でも、買ってもらったことは一度もない。

 必要なものは全て買ってもらっているし、特に欲しいものがなかったからだ。 今年も特に思い浮かばなかった。買ってもらえるものの中からは。


 もちろん、毎年、毎日、欲しいと思い浮かぶ人はいる。でもそれは、旦那様に頼んでも絶対にもらえない。



「はい、これ、誕生日プレゼント!」


「ありがとうございます」


「本当に、今年もこれでいいの?」


「ええ。これがいいんです」


 髪を乾かしたあと、お嬢様が誕生日プレゼントをくれた。『肩たたき券』だ。

 お嬢様に誕生日プレゼントに欲しいものはあるかと聞かれ、迷わず『肩たたき券』と答えた。去年二枚つづりだった券は、三枚つづりになった。


 お嬢様が、旦那様の誕生日プレゼントに『肩たたき券』を作っているのを、隣で見ていた。気になることがあった。枚数が中途半端だった。なぜ、十枚などのキリの良い枚数ではないのかと聞いた。お嬢様は「年齢を四で割った枚数だよ」と答えた。


 いいな、と思った。この『肩たたき券』が、五枚、十枚、それ以上のつづりになるのを見ていきたいと思った。それはつまり、ずっとそばにいて、ずっと誕生日プレゼントをもらい続けるということだ。



「なんで、四で割るんですか?」


「え……、なんでだろ? なんとなく?」お嬢様は首を傾げた。


「意味は……」


「ないかな。五でも良かったかな……」


 割る数字に、理由はなかった。そんなところも可愛らしいと思う。


 大地と隼人に、腹が立つくらい笑われたが、本当に素敵なプレゼントだった。お嬢様にいつもより甘えられた。いっぱい頭をなでてもらえた。とても楽しい誕生日になった。


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