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夜明け

 その日の朝焼けほど美しいものを佐奈は見たことがなかった。


 山の()を薄桃色に染めた朝の光は、眺めている間にあざやかな茜色に変わり、やがて黄金色となって昨晩の宿所とした寺の木々や、庭石の輪郭をきらびやかに彩った。

 金色の雲の切れ間からは、青空が覗いていた。


 その澄んだ青は甲斐に嫁いできて間もなく、勝頼に伴われて諏訪大社に参詣した折に見た、諏訪の(うみ)を思い出させた。

 思えばあれも、今と同じ三月のことだった。


 葦毛の馬に乗り、出迎える人々の歓呼の声に片手をあげて応える勝頼の姿は軍神のように美しかった。


 後ろに続く輿のなかでその姿を見つめながら、この背中についてゆけば何も案じることなどないのだと思った。この御方のお側にさえいれば、何も恐れることなどないのだと。

 今もその気持ちは変わっていない。


 昨晩は本堂の護摩壇の下に寝所を設えて寝た。堂内にはまだ夜が留まっているかのようだった。

 勝頼はまだ眠っていた。


 佐奈は起こさないように足音を忍ばせて、急ごしらえの粗末な寝床の側へと戻った。

 勝頼の眠りは深く、伏せられた長い睫毛の下には青黒い(くま)()かれていた。


(お疲れでいらっしゃるのだわ)

 手に触れてみると氷のように冷たかった。


 佐奈は急いで(ふすま)を肩のところまでかけ直し、その上からもう一枚自分の着物を持ってきて重ねた。勝頼が目を覚ました。

「……朝か」

「あ、お起こししてしまいましたか」


 申し訳ござりませぬ、と詫びようとする手をつかまれて腕のなかに引き寄せられた。

「どこへ行っていた?」

 身じまいをすでに済ませている佐奈を見て勝頼が尋ねた。


「外へ」

「眠れなかったのか?」

「いいえ。空を見ていました」


「空?」

「はい。朝焼けがとても綺麗で。空の色が薄桃色から黄金色に変っていって……。雲の間から覗く青色が諏訪の湖のようでした」


「諏訪の湖か……」

「御館さまもご覧になられます?」


 勝頼は答えるかわりに小さく笑って、佐奈の唇を吸った。


「そなたは少しも変わらぬな。十四で甲斐に嫁いできたときから少しも」

「そうでしょうか」


「ああ。呑気ものなのは知っておったが、このような時に朝焼け見物とはな」

「まあ」

「褒めておるのだ。呑気でおおらかで……そなたといると心が休まる。まこと諏訪の湖のような女子よ」

「……もったいのうございます」


「黙って側を離れてはならぬ。ここにいよ」

「はい。御館さま……」

 佐奈は抱き寄せられるままに勝頼の胸に頬を埋めた。


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