第8話 伸ばした手 2
「リナリー・ユーナリカ!おんしは魔王様の仇ぜよ!」
静寂を切り裂く様に男が現れた。
その姿は筋骨隆々、薄い防具と腰に下げた大太刀が其の者の力量を伝えるかの様な出で立ちであった。 そして特徴的な角。水牛の様に頭蓋の側頭部より横に伸びた雄々しい角が生えていた。
「貴方は……っ⁈ 魔族⁈ 一体どうやって此処へ⁈」
魔族 それはこの世界に於いてもっとも忌み嫌われる存在。魔王の家臣達だ。
「ワシ等が本気出しちゅうたらこんなチョロこい宮廷、簡単に侵入できるがじゃ」
リナリーは咄嗟に創介へと視線を走らせる
(どうしてこんな時に魔族が⁈ …どうやら相手の目的はワタシの様です… 何とかこの場から離れてソースケさんを守らないと…)
「おっと 逃さんぜよ!」
男はリナリーの視線の動きを回避の誘導と捉え、即座に反応する。
左腕を天へと伸ばすと呪文の祝詞を唱えた。
(しまった⁈…魔術!)
創介を気に掛け過ぎてしまい反応に後れを取ったリナリー。彼女の普段の動きならば例え魔族とはいえ、ここまで後手に回る事は無かった。
「もう遅いぜよ!こいっ暴風竜の反眼! 隠蔽結界 カンシルハリケーン!」
男が天に翳した左手より黒い円が広がり周囲に霧散して行く。
「さて、これでおまん等はこの場から誰1人として抜け出る事は出来んし、外部から隔離されとるからここが崩れ去ってもだぁれも気付かんきに」
(この魔族…喋り方は大変馬鹿っぽいですが実力は相当ですね…今のワタシの魔法では対処は不可能かも知れません…)
この世界には魔力 (マナ)を使って理に干渉する方法が幾つかある。 人々の間で最もよく知られるのが"魔法"という技法で、 これは上位次元に棲むとされる"精霊"の力を借りて使用する方法で、主にエルフ族が専門としスキルの中にはこれと同じ力を持つものもある。
それに対を成すのが、この魔族が使った技法"魔術"であった。 こちらも上位次元の存在 "神獣"と呼ばれる者達から力を借りているとされ、魔族がこれに精通していた。
どちらも同じ現象を変換する方法だが通過
する道が異なる為、別物とされる。
「では、改めて聞くがじゃ、おんしがリナリー・ユーナリカぜよ?」
「はい…ですが、人に名を尋ねるならば先に其方が名乗るのが筋ではありませんか? それとも魔族の方々は道理の分からぬ無作法者達ばかりですか?」
相手と今の自分に計り知れない力量差があると悟ったリナリーは打開の糸口を探る様になるべく交渉に時間を割きたかった。
「っち! 今から死ぬ奴に名乗ろうてもしょうがなかろうて…まあ、ええがじゃ…」
「ワシん名はゴルザちゅうがじゃ、魔王ジャックル様に仕えとった魔族じゃったがおまんとこの勇者が魔王様を倒したからこぉして、敵討ちにきてやったんぜよ」
「その聞いたこともない様な下手な喋り方は辞めて頂けませんか?…正直、聞き取り辛くて仕方ありません」
「なんじゃと⁈ ナウでヤングなパリピは皆んな使っとると聞いたぜよ⁈ …ック!キリエロの奴め!我を謀ったな!」
ゴルザは実は我口調だった
「って!普通に喋れるなら最初から喋ってください! てっきりそういう喋り方の人だと勘違いしましたよ⁈」
「うん⁈ では期せずして其方を謀れたと言う事か…はっ⁈キリエロの奴め、初めからコレを見越して…フフ!食えぬ奴よ!」
ゴルザは何やら1人納得しながら腰の大太刀に手を掛ける
「…して、時間稼ぎはもう十分かな?」
手に掛けた大太刀を鞘から引き抜くとリナリーへと向ける。
(‼︎…此方の思惑を読まれていましたか!…途中から盛大に突っ込みを入れる事に気を取られてしまった気がしますが…)
「貴様の視線、挙動を観れば打開の一手を探っていよう事は造作もなくわかるぞ?
では、リナリー・ユーナリカよ、これを見事受けてみせよ」
ゴルザの持つ大太刀の刀身から黒い靄が漂う。それを投げつける様な動作でリナリーへと放つ。
放たれた靄はそれ程速度は感じられなかったが忽ち靄がリナリーを覆う様に広がる。 咄嗟に回避出来ようなものではなかった。
リナリーはコレを迎え打たんと前方に手を翳し魔法陣を浮かび上がらせる。そこへ魔力を流し込もうと詠唱を始める…が
パシィィッ! と音を立て、魔力は霧散し、魔法陣は中途半端な光を途切れさせ掻き消えた。まるで電球の中のフィラメントが消耗し断絶された瞬間の様な光景だった。
(⁈…やはり…無理でしたか…)
苦悶の表情を上げ、こうなる事は予測していた様に諦めた顔をするリナリー
そこへ黒い塊が彼女目掛けて襲い掛かった。
ゴォォォォン‼︎
衝撃に抗う事なく、力無く吹き飛ばされ牢の壁へ叩きつけられる。
そのままうつ伏せた状態で床へと倒れたリナリー。 ピクリと反応する事も無く、気絶した。
「くくっ…ははは!やはりであったか!聞いた通り、貴様は魔王との戦いで精霊へのパスを失っておったか!」
リナリーは先の魔王討伐時に精霊との繋がりが焼き切れてしまっていた。
「やったぞ!この忌々しい糞魔道士を我が屠ってやったぞ‼︎」
勇者一行と魔王の戦いは勇者側の敗色が濃厚だった…、8名いた仲間達も次々と敗れその輝かしい命を散らした。 そこでリナリーともう1人いたエルフの民が一か八かの勝負に出る。 精霊を召喚させこの世界の理を根底から変革させる大魔法…それは禁呪と呼ばれるモノだった…
一方のエルフは死に、リナリーも精霊とのパスが焼き切れてしまう代償を払ったが、だがそのお陰で勇者は魔王を討ち取る事が出来た…
「これで次期魔王は我ぞ‼︎…ぐはははっ」
ゴルザの品性のない高笑いが続くなか、今まで動く事すら出来ずにいた創介の声が溢れた。
「………り…な……りぃ……」
ゴルザはこの場にもう1人人間がいた事を思い出す。
「うむ?何だ貴様は芋虫の様に這いずって…」
創介は動く筈の無い身体をゆっくりと、少しずつ倒れた身体をリナリーの元へと進める。
薄ぼんやりとした視界の中…創介の悲痛な顔が視えた。彼女はまた都合の良い幻覚だと思う。
それでも声を掛けずにはいられなかった…
「どうして…コッチに来るん…ですか
貴方は…重症なんです…よ…。動けるなら…はやく…逃げて…」
横たわる彼女に追いすがる様に全身を引き摺って近づく創介を見つめがら彼女は涙を堪える事が出来なかった。
幻覚でも彼が自分を気遣ってくれる事が嬉しかった。
そっとリナリーはその傷ついた手を彼へ伸ばす…. 創介はその手を。目掛けて先程よりも力強く進む。
…手を取り合う2人
「ふむ、リナリー・ユーナリカよ、その死に掛けが其方の伴侶か…我も鬼では無い。最期の逢瀬だ 別れくらいさせてやろうぞ。……そろそろよいか?」
言ってから2秒ほどだった。
そこでリナリーは幻覚では無いと気付く…
少し慌てたが、触れた手の感触を感じると不思議と心の波は引いた。
(貴方は…ユイさんが言っていた通り本当にとんでも無い事をする人ですね…)
「ワタシ…本当はソースケさんに…謝らなければ、いけない事が…あるんです」
それはリナリー・ユーナリカという人物がずっと翼希創介へ言えずにいた後悔だった…
「では、逝くが良い。リナリー・ユーナリカ!」
ゴルザは先程と同じ大太刀の刀身から黒い靄を纏った斬撃を浴びせる。
ゴォォォォン!
リナリーを襲うその衝激。
それは眼を閉じ身を竦ませた彼女の身体を襲う事は無かった…
「ご…ふっ…」
其処には立つ事の無かった身体を押し上げて壁の様にリナリーを庇う創介の姿があった。
「何が⁈…!っソースケさん!…どうして⁈ワタシは貴方に庇われる資格なんてない女なんです!…ワタシは…貴方に…」
「邪魔であるっ 木っ端!どけ!その女の所為で我は!…ええい退かぬか!」
創介目掛けて何度も打ち付けられる斬撃、
「其奴の所為で魔王領の幹部の座がっ! 其奴さえ! 其奴さえ勇者召喚などしなければ今頃我は魔王幹部となっていた!こんな所へなど来る事も無かったのだ! だから殺す!貴様を殺してあの忌々しい勇者もころしてやるっっ!」
リナリー・ユーナリカは期せずして宮廷魔導士となった。それは師であった賢者レーオの遺言が大きな影響を与えたに他ならない。
通常ならば宮廷魔導士と至るには年齢が1つの条件とされている。 "齢50を超え魔導を究めし優秀な人材" それが必須とも言えた。
だがリナリーは当時36歳 魔力は申し分なかったが年齢は届いていなかった。それでも現国王は彼女を宮廷魔導士とした。
そうなると自然と付いて来るのは嫉妬と嫌悪。 孤児だった出自を馬鹿にされ、淫乱な師匠と旅をして来た売女だと侮蔑の眼差しを受けた。
傲岸な彼女には屈辱的な日常だった…それから1年後、ライダ帝国で大規模な勇者召喚が行われた噂を耳にする。
リナリーはそれを聞いた時、自分も勇者召喚を行えば周りの忌々しい騒音を黙らせる事が出来るのではないかと考え、功を急いだ。
翌年、リナリーは2名の勇者召喚に成功する…
最初は得意満面な彼女だった。どうだ見たか!と。 今まで馬鹿にしてきた奴らを見返してやった優越感に浸っていた。
しかし気付いた…己の自尊心のために…欲望のためだけに呼ばれた2人。
これから始まる 王に民に国に縛り付けられ奴隷の様に酷使される2人の人間…
彼女の後悔は…すでに遅かった…
リナリーは2人の教育係を申し出た。謝罪もした。怒りの感情をぶつけられても仕方がなかった。
だが、2人はそれでも折れなかった。もう一度、親友に逢う為…と言い。やがてリナリーを許し、仲間として迎え入れてくれた。
彼女に初めて友達が出来た。
そして知るもう1人の大きな存在…結の恋人だった青年。彼にもまたリナリーは心の中で謝り続けた…
そして自力で異世界へと訪れた創介と出逢う… しかし彼は既に病に侵されていた。
結達と共に戦えない体となった自分の出来るせめてもの贖罪だと思った。
折を見て彼にも自分が勇者召喚を行なった張本人だと謝るつもりでいた…
けど、何故だか言い出せなかった…
創介と過ごした時間はリナリーにとって掛け替えのないものとなってしまっていた。
" 言ってしまえば彼との時間が消えてしまうんじゃないか "その気持ちが彼女に真実を打ち明ける勇気を奪っていた。
……最期まで彼の傍に居たかった…
「ずっと…ずっと黙っていました…ワタシがお2人を…ユイさんとソースケさんを引き裂いた張本人です……」
「ごめん…なさい……ごめんなさい!……」
其処にはもはや宮廷魔導士として驕っていた彼女の姿はなかった。 少女の様に泣きじゃくるリナリー・ユーナリカがあった。
「…ばか…だな……言ったじゃない…か
俺が…キミを…恨むことは…ないって…」
そう言うと創介は血に塗れた顔を和らかくし、微笑んだ…
度重なる斬撃で炭化が進んだボロボロの皮膚が抉れ、裂け、破れた服には染み込んだ血液だった物…
足下にも血溜まりを作りながらも…彼は一歩も引かず…立っていた…彼女を守るヒーローの様に…
その表情は目の前の惨劇が嘘の様に穏やかだった。
「何だ⁈ 何なのだ貴様⁈何故倒れん!何故死なん⁈」
「何故か…だって……?死ねるかよ…
泣いてる…女の子が…いるんだ…
男なら…死んでる場合じゃ…ないだろ?」
これが早井 結の心を動かし 厚木 博樹が友と誓い リナリー・ユーナリカがかつて心の中で夢に見た英雄
翼希創介だった
[ぴーーーーー。]
[この世界での最適化が完了しました。]
[これより起動シーケンスを実行します。]
誰かの頭の中で声が響いた。