第7話 氷解
前回のあらすじ
山口さ……創介さん。あなたは病気です。
このペゼリオンという世界には"マナ"と言われる魔力の素が存在するらしい。
マナは天から降り注ぎ大地へ溶け込んで水に溜まり大気に舞って天へと昇るとされる。眼には見えない物質。
それはこの世界のありとあらゆるモノに影響を及ぼしている。 食物が育つ為には必要不可欠で、取り入れたマナが多い程に味に雲泥の差が出るらしい。マナが多ければ色良く形の整った作物が出来るとのことだ。
そして一番影響を受けているのが生物。
この世界の総ての生命は産まれた時から魔力を宿している 成長する為にマナを消費し、大気や食べ物からマナを吸収する。そういう摂理・システムだと
ただ、稀に身体にマナを取り入れる事が出来ない状態で産まれてしまう赤子や、成長と共にその機能が減退して行く病気、何らかの外的要因でそうなってしまう事もあるらしい。
そしてそうなった生命は必ず患う症状があった。
魔素欠乏性帯異形成欠損症
この病気に罹患した者は身体の至る所が硬化する。関節や骨同士が接合されながら固まって行き身体を動かす機能が麻痺する。
体表面は鉱石の様に炭化が進みやがて皮膚呼吸も出来なくなり、そして臓器の機能も停止…
つまり死が訪れる。
発症からそうなるまで約7日から10日程。あまりに速い進行の為、治療法は無い。
その最期の姿はまるで石の様に見える事から別名"化石病"と呼ばれ人々から恐れられていた。
ステータス鑑定時に判った事だが俺には最初から魔力は無かった…
俺はあと数日で死ぬらしい…
………………………………………………
この事実を知る数時間前
「ゴホッ…ゴホッ。あ〜だりぃ…」
それはリナリーさんが帰って暫くしてからの事、この牢獄へ入れられてからずっと身体の動きが鈍く息も荒くなりがちで寝返りすら既に打てなくなっていた。
始め俺は博樹達と再会した時に衛兵達と一悶着を起こした為に此処へ連れてこられたと思っていた。
けどリナリーさんの口振りは違った「ここは不衛生で不便ですが、今のソースケ様の体にはこれ以上の場所が無いのです」そう言って申し訳なさそうに頭を下げた。
少しして、その事を尋ねると彼女は戸惑いながら言葉を濁し、泣きそうな顔を見せまいとただ俯くだけだった…
どうやら俺は思ってた以上にヤバい病気らしい…自分の体のことだがそれ以上聞く事が怖くなり、自分から話を逸らした。
まさかそれがあんな展開になろうとは…
「いやぁ、何だか暑くなって来ましたね
体が動かし辛いから汗なんか拭けませんけどね ははっ…」
俺が話しを逸らそうとそう言ったらリナリーさんは少し恥ずかしそうにしながら
「あ、あの…だったらワタシが拭いてあげまふっ…って、あげますですっ!」
「い、いや!…冗談ですから!俺風呂入ってなくて汚いですからね⁈臭いし!」
俺は慌てて断る 流石に彼女にそんな事を頼んだ訳じゃないし、会って間も無い人にそんな失礼なお願いできる訳じゃ無い
「だったら!尚更ですよっすみませんワタシったら配慮が足りませんでしたね⁈さぞ、不快だったでしょうに…今すぐ綺麗にして差し上げますので!」
言うや否や走り出し桶とタオルを持って戻ってくるリナリーさん。
空の桶に手を翳し何やら言葉を紡いでる…
すると光の螺旋が翳した手の上へと集まりその下からサラサラと水が流れ桶を満たして行く…
これも魔法なのだろう…とても神秘的な光景だった。 …まるで中世に描かれた女神の絵画の様なとても厳かで、それでいて慈愛に満ちた1枚の絵を観ている気分だ
桶に水が溜まりそこへタオルを浸し、絞ったタオルを向けてリナリーさんはニッコリと微笑んだ
「準備出来ましたっ それでは今、体を拭きますね」
最早、ここまで来て断る事は出来ないと諦め、俺はされるがままになる。
俺の上半身を起こし、上着を脱がす
普段ならテレビ見ながらでもできる事なのに今の俺は自分の意思で腕すら上げれない為、全てをリナリーさんにされるがまま。
恥ずかしい…見ればリナリーさんも顔が真っ赤だった
動けない人を動かす事は難しいって聞いた事がある。彼女もやはり悪戦苦闘していた…上着1枚脱がすだけなのだが中々上手くいかず、アレコレ試行錯誤…
厳密にはかなり密着しなければならない
彼女の頬や腕が俺の胸へ押し付けられたり、背中にピッタリと抱きつく形で服を釣り上げたり (その際胸の感触を堪能)しながらやっとの事で上着が脱げた
その間お互い声にならない様な声を出して赤面しっぱなしであった…
やっぱり濡れたタオルはヒンヤリしててとても気持ちよかった…
「あ、あのっ…痛かったり、こそばかったりしたら言ってくださいねっ⁈」
「はっはい!有難うございますっ」
そう言ってくれるリナリーさんの顔が間近にある お互い無言で視線を逸らすが偶に目が合い気まずい緊張が走る。
前側がやっと終わり次は背中…リナリーさんが何やら息を呑む音が聞こえた…
暫く背中を拭いてもらっているとズキっとした痛みが走り思わず声が漏れてしまった
「ごっごめんなさい!少し強くしすぎましたねっ!」
慌てて別の場所を拭いていく彼女。 けど、今のは強く擦ったからじゃない…何か硬い突起の様な物に引っ掛かった様な感触だった…気にはなったが余り深く追求する事はしなかった…
そうして拭き終わるとまたさっきと同じ様に上着を着せる為組んず解れつとなる俺達…
恥ずかしさで 頭がフットーしそうだよっっ
お互い真っ赤な顔で御礼を言い合い (何故かリナリーさんも?)桶を片付けて来るという事で今日は帰る事になった。
人生であんな可愛い美少女に介護されるなんて思いもしなかったよ…って俺は結にフラれたばっかで何考えてんだか…
これだから男って奴は…
しかし、結もそうだったが女の子ってなんであんなにいい匂いがするのだろか! "甘い匂いがするモフ〜"って言うぬいぐるみの気持ちがよく分かるな!
リナリーさんにはお世話になりっぱなしだな…
此処へ来てからの出来事を考えれば何故こんな穏やかに過ごしているのか?と疑問に思う。親友に彼女を取られ、衛兵にボコボコにされた挙句、牢獄にブチ込まれた現状…
普通なら恨みや文句で頭が支配されても良さそうなのだか、どうにも俺の性分では無いし、何よりリナリーさんの献身的な態度が俺の心を暖かい気持ちにさせてくれていた。
だからなのか彼女からあの2人のこれまでの意匠惨憺なこの世界での出来事を素直に聞き入れる事が出来た。
この世界は剣を取って生きていかなければならない。
弱者は虐げられ、尊厳を奪われる。
平和な日本に住んでいた俺達の日常とはかけ離れた世界。それがこのペゼリオンという世界だった…
俺に彼等を責め立てる資格は…ない
生き抜く為の最善を尽くして来た2人だ。
今も彼等は死地にいる…此処へ帰れる保証はどこにも無い。 勇者だからと。国に、民衆に追い立てられながも放棄する事も許されず、前線に立たされている。
何も出来ず只の能無しとして此処で寝ているだけの俺。
「何も言えるわけねぇよ…」
自嘲気味に呟いた。
少し、2人の事に気持ちの整理が出来た所で俺は自分の置かれている状態を考える。
怖くて聞けなかったがリナリーさんの表情からなんとなくだが分かる。
俺の症状は手の施しようが無いのかも知れない…
肺炎の末期かインフルエンザなどのウイルス性の物か…又はこの世界特有の物なのだろうか…状態的にペストや結核…まさかSARSとかではないとは思うが…
何れにせよそろそろ覚悟を決めなければならないのかも知れない。
「………………」
首から上の頭だけしか動かなくなった顔を天井に向けて俺は静かに目を閉じる。
このまま眠りに就けば…俺は明日を迎えられるだろうか…?
そんな事を考えてしまったからか眠気も感じなかった…
そこへ先ほど別れた筈のリナリーさんがやって来た。
薄暗い牢の中、何も言わずただ儚げに、俺を見ている。 ハラハラと頬を伝う涙にも気にした素振りを見せなくて本当に焦った。
そして遂に告げられた俺の死期。
………………………………………………
その後、リナリーさんは容態の事とか治療も延命方法もなく残された時間の説明をしてくれた。
その時の俺の感想は、"俺の病名って長いなぁ…"だった
勿論、ショックだし 何で⁈ って思うが一体何を、誰を責めれば良いのやら…って感じだ。
「あまり、動揺なさらないんですね…」
「驚いてはいるけどね…なんだろぅ、リナリーさんが泣いてくれたからかな…」
「違いますっ ワタシの涙など… こんなものっ…ワタシは、貴方に恨まれる程の…」
「俺が恨むって? 無い無い。俺、リナリーさんと出逢えて良かったって思ってます 元世界でも仲良かった人って結と博樹くらいだったから、この世界に来てリナリーさんに良くして貰って、嬉しかったんです」
「それは…ワタシの方こそ…」
「だからリナリーさん もし良ければ俺と友達になってくれませんか?」
「……良いんですか?…ワタシ、こう見えても結構おばさんなんですよ……?」
「ははっ、そうなんですね。凄く落ち着いているから歳上とは思ってましたよ。
けど、友達に年齢制限なんてないでしょう?」
「ふふ…有難う御座います。ワタシも友と呼べる人が少ないので…宜しく、お願いしますね」
そう言ってニッコリと微笑んだリナリーさんの笑顔は正に女神のようだった…
それから…何日がたったんだろうか…
翌日からリナリーさんは自分の仕事を一旦停めて、俺の面倒をみる事に専念し出した。
一応、断ったのだが 「友達に手を貸すのは当然の事です!」と言って引き下がらなかった。
俺もその言葉に甘えさせて貰った…日に日に弱っていく体に心が挫けなかったのはやはりリナリーさんのお陰だったから…
そうして俺達は色んな話しをした。この世界の事、結と博樹の事、俺の家族の事、そしてお互いの事を…
そう言えば俺はこの世界に来てから食事は何も口にしていない。ポーションだけだ。腹が減らないのだ。
それはリナリーさんも不思議に思っていたが"化石病"自体にあまり詳しい症例が少ないからかも知れないとの事だった。
そしてリナリーさんは毎日俺の身体をタオルで拭いてくれてもいた。…まぁ、それはとても嬉し恥ずかちぃ…
そうやってリナリーさんに支えられながら日々を過ごし…俺は少しずつ喋れなくなり、
呼吸も浅くなって行った………
………今、すこし眠っていた気がする…
…懐かしい夢を見た気がした…
…母さんが、ヒナタがいて、…珍しく父さんも…家で寛いで居た……
…家に…帰りたい…なぁ…
………かぞくに…あいたい……
ふと、みると綺麗な…まるで神話の女神様の様な少女が俺を見つめていた…
リナリーさんだ…
リナリーさんは優しい顔で俺の手を握ってくれている…
「り…なりー…さん あり…が…とぅ…」
俺はお礼を言う…
「…っ!…いえ…いえ…」
リナリーさんは笑顔を涙で濡らしながら首を振って答える…
そこへ…
「見つけたぜよっ! リナリー・ユーナリカ!貴様こそ魔王様の仇ぜよっ!」
どこかの打ち切り漫画の最終回の様なセリフを吐きながら
良い雰囲気をぶち壊す様に土佐弁野郎が立っていた。