第6話 世界の形と彼女の悩み
異世界ペゼリオン 此処は人族・獣人・エルフ・ドワーフ達が共に共存する世界。
其々の種族はお互いの欠点を補い合いこの世界を生きている。
そうやって国を起こし、法を敷き、誰しもに仕事を与え大陸全土を発展させて行った。
そしてそんな彼等を見守り、導いたのが3人の女神様だ。 女神達は時に 人々に神託を伝え、彷徨える者在れば道を指し示し、歩みを止める者在ればその労をねぎらい、その魂を正しきところへ送り出す。
よって総ての種族の殆どは女神を崇める女神教の信者である。
だがその正しき循環を阻害する者達が居る
魔族である。 魔族達は瘴気を使い魔獣と呼ばれるモンスターを産み出し、森を荒らし 田畑を襲い 旅人を喰らい 街や村に被害を出した。 その度に国は手を取り抗った
エルフは魔法で対抗し、獣人達はその身体能力を駆使して、ドワーフはより強い武具を鍛え人々はそれを手に取り戦った。
それでも魔族は強く特に彼等を纏める13の魔王の力は強大だった。
そんな世界に慈悲深い女神は 一つの知恵を与えた。
異世界の戦士の召喚である
戦士は召喚の際スキルに目覚め、女神によって1つの権能の力を授りペゼリオンの大地に舞い降りる。
戦士の力は絶大でその一振りで数多の魔獣を屠り去る。それは人族の中に稀に生まれる (スキル)という種族を超えた異能の力と女神より授かる (ギフト)と呼ばれる権能が成せる業だった。
戦士はいつしか [ 勇ましき者 ] 勇者と呼ばれる様になり戦士達の象徴として尊崇された。
それから幾度となく召喚の儀式は行われ
幾多の勇者がこの地に誕生する事となる。
世界は勇者を快く受け入れる為、先ず共通言語を勇者達の居た世界の "日本語" に切替え、勇者という特権階級を設け、文化も彼等の受け入れ易い物に移行、インフラ整備も少しずつではあるが行われた。
それでも根付く事の無かったものもあった。
本来彼等の国では当たり前に在った思想。民主主義である。
それはこの世界が全く異なる種族間からの特殊性から 或いは召喚された彼等の殆どが10代から20代前半の若者が多かったのも理由の一つかも知れない。
勇者としてこの地に降り立つ前の彼等も元は一般人。その他大勢の1人だった。
年若く虚構と現実、いや理由と言い訳の区別もつかない子供達が持て囃され、特別扱いされるこの世界に傾倒すればする程元いた倫理観や常識が薄れていくのは仕方がなかった。
こうして歪みを内包しつつも世界は魔族と召喚勇者達の争いの歴史を刻みながら2000年という長い時を過ごしていた。
……………………………………………………
そんな勇者召喚に深く関わる事となった1人のエルフのハーフが居た。
名をリナリー・ユーナリカと言う。
若くして (と言っても見た目よりも歳は重ねているが)宮廷魔導師に抜擢され 類稀な才能を日々の努力で盤石な物とした彼女だったが、ここ数日はある事で悩み続けていた。
(うぅ……どうしましょう今日も言い出せませんでした……)
そう思い出すなり執務室に置いてある仕事机に力無く突っ伏す。
此処は彼女の職場である。宮廷内で魔導師の為設けられた敷地内にある一棟だった。
(早く伝えなければならないのに…彼の辛そうな顔を見るとなかなか…
それに彼と話をしているとつい、話に夢中になってしまって……)
「もぉ〜、どうしたら良いんですか…」
リナリーが創介と話をしたあの日から2日が経過していた。
普段の彼女ならどういった問題でもそれ程悩む事なくこなしていただろう。
現に他の実務はその日の午前に殆どを片付けてしまっている。
それでも彼女の心は解決に至っていない。
彼女を知る人物が見たならばそれは異常事態と言えただろう。余程、国益に関わる事態に違いないと戦々恐々とするに違いない。
それ程に目の前の光景はとんでもなかった。
「こんな時…レーオ師匠ならどうしていたでしょうか…」
(…やめましょう、師匠は全てを股で解決する人です…どんな繊細な問題でもピロートークで下品にぶち壊すだけ…)
リナリーの師であるレーオは性に奔放な人物で、口癖は「ヤってから考える」である。
そんな師匠の耽溺性を幼い思春期の頃に嫌という程見て来たリナリーは自分は潔癖で在ろうと女神様に誓っていた。だからこの歳になっても浮いた話の1つも無かった。まっさらだった。
そんなピュアな乙女心な彼女が今日彼にやらかした事を思い出した。
「わわわ、ワタシはなんて事っ…しちゃたのでしょう⁈」
突っ伏した顔を紅潮させ髪をクシャクシャさせながら悶える。
彼女は今日、彼の汗を拭き取る名目で上半身だけだが初めて裸の男性に触れたのである。
それも寝台の上で。 2人きりで。
「我ながらどうかしてたとしか言えません!ただの善意のつもりだったんでふ!
しょっ…しょれだけれす!」
顔を真っ赤に染め、目を回しながら言い訳をするリナリー。誰もいない部屋で1人空回っていた。
そこで彼の背中に病の進行の兆しを見つけた事を思い出す…
先程の狼狽が嘘のように飛んでいき心に穴がポッカリと開いてゆく…
「ユイさん達にも相談出来ませんし…
他に悩みを打ち明けれる友達も居ません…
ボッチの辛いとこです」
彼女には悩みを打ち明けれる親友は居ない。これまでの彼女の生い立ちは出生から現在まで 蔑みや嫉妬、または忌避の感情に囲まれていた。
傲岸な彼女は悪意には悪意を、剣には剣を持って対処して来た。そんな彼女に気易く近づく者は居なかった。
唯一の存在は師と仰いだ賢者レーオと旅を共にした勇者ユイとヒロキ達だけだった。
その彼等も今はこの場には居ない。
悩み疲れたリナリーは創介の事を思い起こす
(ソースケさんは不思議な方です。
話をしていても嫌な気持ちとか気不味さを感じさせる事がありませんでした…
それにユイさん達が言っていたようにとんでもない事をサラッとやってのける 本当に一緒に居て退屈しない人です)
まだ会って間もないと言うのに彼女は彼に心安さを感じている。
これにはリナリーが信頼を置く2人、ユイとヒロキの彼への想いが少なからず影響を与えている。 曰く、2人は過去、創介に窮地を救われていた。まるで当たり前のことを当たり前に行う様に、崖っぷちの彼等を事もなく救ったのだと。
翼希創介は彼等のヒーローなのだと。
そして2人は勇者として召喚されて以降、過酷な運命に立ち向かう時、大きな選択を迫られる度に彼を思い出しその険しい一歩を踏み出して来た。 創介ならこうするであろう一歩を、と。
リナリーは傍でそんな2人に励まされ、時にお互いを曝け出し合いながら辛い旅を乗り越える事が出来た。
いつしかリナリーは逢った事もない話した事もない創介に信頼の念を抱く様になっていた…
2人の勇者の背中に、存在しない英雄の姿を夢想する事もあった。
だからなのか2人が互いに惹かれ合い、恋慕の情を育んで行く姿に喜び、応援し祝福する傍でこうなってしまう原因を自らが引き起こした事を この場には居ない 遥か彼方の背中に詫びる後ろ暗い気持ちがあった……
そうして遂に現れた幻想に 今まで周りの誰に対しても頑なだった彼女の心は知らず開いていた。
なので、ただ……
彼女は言い出したく無かった……
言えば壊れてしまうこの現実を…
リナリーは仕事机に置いた水晶を徐に手に取った。 掌大の大きさで丸い球形をした見た目占い師などが使いそうな水晶だが、この世界の其れは"魔導具"と呼ばれる代物である。
水晶へ魔力を注ぐ事で離れた場所に設置したデバイスを通じて映像を映し出す道具だ。
水晶には寝台に寝かされた創介の姿が映っていた。息も荒く、苦しそうに咳をする創介。
リナリーが訪れた時と同じ姿勢で横たわっている彼を眺めながら、唇を強く噛む…肩が震え、目頭が熱くなるのを ぐっと堪え見つめ続ける。
(もう…彼の時間は残されてない…
恨まれても…それでもワタシは伝えなくては……)
リナリーは何度か息を整える様に浅い呼吸を繰り返し、深呼吸をした後一気に机に両手を着いて立ち上がる。
そして早足で執務室から出て行った。
暗く長い廊下を前だけ見据えて進んで行く。向かう先は彼の居る牢獄…
初めヒロキは彼を牢屋に入れる事に猛反発した。「親友になんて事を!」と
だか、彼の症状を説明すると赤く高揚した顔を急に青ざめさせ俯き黙った。
彼の症状の進行を防ぐには有機物の最も少ない牢獄が最適だった…
どんな不便より、人道的配慮よりも彼の生命の存続に重きを置いた処置だった。
やがて彼女は創介の寝ている場所へと辿り着いた。
牢の鍵を開けただ無言で彼に近づくと創介から声を掛けられた。
「ごほっ…リナリーさん…こんな時間にどうしました…?」
リナリーは何も答えずその場にただ立っていた…
「…泣いてるの?…どう…したんですか……大丈夫?…」
泣いてると言われるまで彼女は自分が涙を流している事に気付かなかった…そして、彼の方が苦しい筈なのに…気遣う創介に対して、遂には溜め込んでいた感情が溢れ出す。
「ソースケさん…お話が…ずっと言わなきゃって…っ…ワ…ワタシ…」
紡ごうとする感情は中々言葉にならなかった…暫く要領を得ない言葉が繰り返されるがリナリーは何とか伝えようとする。
「ソースケさん…貴方は、魔素…欠乏性…帯異形成…欠損症という…病に掛かっています…」
「……貴方の命はあと幾日もありません…」