第13話 黒の冒険者
『お前は……勇者か……?』
…それはまるで森の奥深く、光さえ届かない真っ暗闇の中…朽ち果てた大木がポトリと倒れ行く様に……その古しわがれた声が俺の耳に届く……
忙しなく鳴り響く動悸が、まるで警鐘を鳴らす早鐘みたいに鼓膜を振動させていた…
「⁈……っう……あ…、」
リナリーが胸を押さえながら浅く息を吐いているのが見える…
『その黒髪、黒い眼……それと先程の小競り合いで見せた動き…何の力かは知らんが…人族のスキルとは明確に違っていた…』
訳が分からなかった……突然現れた男の放つプレッシャーの様な物に…さっきまでの空気が一瞬にして真っ黒く染められる……
背中にじっとりと汗が纏わり付く感覚を不快に思いながら、投げ掛けられた言葉に反応して俺は見上げる様に振り返った………
振り返ってしまった………
‼︎‼︎‼︎ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ‼︎‼︎‼︎
「……ぁ…あ…………っ」
「っ⁈ ………うぷっ⁈」
おれの嘆きのような声と同時にペンネが口元を押さえ何かが出て行くのを必死に抑えた様に感じた……嘔吐か……或いは嗚咽なのだろうか……
そこに立っていたのはくろい男だった……
髪は肩に掛かるくらいに伸び散らかされ、口髭と顎髭が口の輪郭を隠している。
胡乱に向けられた落ち窪んだ眼…本来白いはずの強膜は赤黒く濁り、眼球との境が辛うじて判別できる程度…皮膚は長い歳月を灼熱の陽射しに焼かれた様に浅黒くボロボロになっていて、服の隙間から露出した肌には痣の様なシミが浮かび上がっている…
そして全身に深く刻まれた年輪の様な皺が男を老人である事を物語っていた…
「……お前は……何だ⁈」
カラカラに乾ききった喉へ何とか空気を通して声を出すと、喉が張り付いていたのかビリっとした傷みが走る……
俺よりも背が高く、腰骨は少しの曲がりもなく真っ直ぐに伸びた佇まい…シワだらけの腕は大木のように太く、力強さを内包して脈搏っていた……
『………答えろ……』
ゾゾゾ………‼︎
‼︎____
重く漂っていた空気が男の一言で更に重く、肺を直接圧迫をさせて来る……
その場にいた屈強そうな冒険者達も異様なプレッシャーに触れ、声を出す事すら出来なくなっていた…
コイツは…人間なのか……⁈
《…気を付けて…下さい……この男……こんな…異端なモノ…ワタシの記憶にありません……》
何なんだよさっきから……!
"ファレン" も…リナリーも…極め付けはこの "黒い男" ……何が起きてんだよ…負のシンクロニシティでも起きてんのか?
宇宙からのメッセージ、電波ゆんゆん系⁈ それともガイアが俺にもっと輝けと囁いているってのか⁈
「俺は……勇者じゃ…ない…! 何…勘違いして…殺気立ってんのか知らないけどさ……」
俺はやっとの事でそれだけ返すと "黒い男" の眼を見据える……そこで気が付いた…
探る様に向けた俺の眼差しに何の感情も示さない男の眼……この男の眼は何も映して無かった……俺を見ている筈なのに、遠く…深く深淵でも覗いているかの様に……
『………そうか…気のせいか……いきなり脅して悪かったな……』
男の眼が逸らされ踵を返して出口へと向かって行く……さっきまで締め上げられていた空気が一気に晴れ、金縛りの様に緊張した身体に再び血の脈動が戻って来るのを感じた
辺りにいた獣人達も "黒い男" が通り過ぎるのをただ見守り、やがてフロアから出て行くのを確認すると吹き返す様に大きく息を吐いていた……
「……はぁ、はぁ、…ソースケさん…ご無事ですか……⁈」
青ざめた表情のまま浅く呼吸を繰り返すリナリーが俺への呼称すら忘れて心配気に声を掛けてくれる
「俺は…何とか……リナっ…リリーナこそ、顔色が悪いぞ…」
「突然の事だったので……もう大丈夫です…」
「……エグいにゃ……何にゃあの真っ黒な臭気……思わずリバースするとこだったにゃん……」
やっぱり吐きそうになってたのか…
まぁ、今の男が臭いとかじゃ無いだろうけどさ…
「勇者を探していた様な口ぶりでしたね……あの者は一体何だったんでしょうか……」
勇者を、か ……勘違いだけであんなプレッシャーを放たれたんだ……碌でもない関係なんだろう……
「…とにかく、アレが俺達を標的にしてなくて良かったよ…」
「そうですね……恐ろしいまでの憎悪…ぶつけられる勇者様には、ご愁傷様としか言いようがありません……」
リナリーが物憂げに何処かの勇者に同情する
……けど、宇堂みたいな勇者もいる……この世界の文化圏だってここまで好き勝手に変えてしまうんだ…自分を見失ってやりたい放題して……恨みの1つや2つ持たれてもおかしくない勇者だっているんだろう……と俺は1人妙に納得してしまった
「うにゃ〜……気持ち悪いにゃ…このままじゃ折角のポーション入りチャーハン吐き出しそうにゃ〜……もう外に出て新鮮な空気を吸いたいにゃ〜!」
胸を押さえながら外へ出ようとペンネが言い出した ……胸焼けの原因はポーション入りチャーハンとかいうゲテモノ料理の所為では?と思ったが黙っておこう……
俺も此処に長居はしたくない気分だしな…
「そうだな…でもこの後どうするんだ?馬車も借りれないとなると、直ぐにでもダイレンを出るのか?」
食べかけのラーメンを諦め食器を片付けようとラーメン鉢を見ると、水分を全て吸収した麺はブヨブヨでふっくらと盛り上がっていた……この世界の麺ってここまで膨らむの⁈ 見た目も味も同じだから気にならなかったけど原料って何を使ってるんだろう……
「ダイレンを発つにしても準備が必要です、これからの旅を考えて此処で我々の装備を整えましょう」
装備キター! 何気に俺の今着てる服って王都でリナリーさんに貰った数着の着替えしかなかったんだ、それも集落に置いたままだし……
「うっしゃぁ! ポースケが思わず襲いたくなる様なエロい下着買うにゃんよ!」
「買いません! そもそも無駄遣い出来るほど我々はお金を持っていませんよ⁈ 必要最低限の物しか買えません贅沢は敵です!」
リナリーが給料日前の母親の様に険しい顔でペンネを叱りつける…何とも節約家な感じがとても頼もしいな!……エロい下着………か……
そんなもう見慣れた遣り取りをして、旅の準備の為ギルドの食堂を出ようと立ち上がって片付け出す俺達……そんな中、周りの獣人達の会話が耳に入って来た
「今の男っていつも採取系のクエストしか受けない奴だろ⁈ 何であんなすんげぇオーラが出せるんだ⁈」
「知らねーのか? "黒鉄" って、ギルドじゃ有名な冒険者だべ? 採取のついでとか言って1人で大型魔獣さ仕留めて魔石で稼いでる変わり者だべさ!」
「黒鉄⁈ アイツだったのか!」
あの男……どうやら名の通った冒険者らしいな… "黒鉄" …2度と関わりたくないのでその名は忘れないようにしよう……
冒険者達の会話を耳にしながら俺達はギルドを出るのだった……




