My world has chenged
小学三年生の夏休み、生まれた時から一緒だった愛猫が死んだ。十八歳の老猫で、老衰だった。天寿を全うしたといえば聞こえはいいけど、悲しいものは悲しかった。声が枯れるまで泣いて、ご飯も喉を通らなくて、それで母にひどく心配された。
彼女の死から一週間経っても、元気の戻らない私に、父は新しい猫を飼おうと提案した。それは私を元気にするために精一杯考えたことだとは分かっていた。それでも気の立っていた私は、そういう問題じゃないんだよっ!って、ぬいぐるみを投げて八つ当たりした。だって私の大好きだったあの子の代わりなんていないのだから。あれから六年経った今思い返してみると、父にはかなり酷いことをしたと申し訳ない気持ちになる。
私はなかなか立ち直ることができずにいたけれど、一つの出会いが百八十度私を変えた。
夏休みの半分を空費したある日、私は母に連れられてショッピングモールへ行った。
つまらないし、早く帰りたい。そんな心境を読み取っていた母が、逃げないように私の手を繋いでいたことも機嫌を損ねるのに一役買った。あの頃はもう人前で母と手を繋ぐのも恥ずかしかったから、つい振りほどいてしまった。その時の悲しげな表情はいつまで経っても頭の中から消えてくれない。あれ?母にも酷いことをしてるな私。
そんなこんなで輪をかけて不機嫌だったその日の私は、それら全てが吹き飛んでしまうくらいのものと出会った。モール一階の特設会場。そこには絵画コンクールの受賞作品が並んでいた。掲げられたボードには、小学生の部と書かれている。
私は大賞とつけられた一枚の絵に目を奪われた。小学生離れした写真のような風景画。どこか見覚えのあるその景色が、家の近所の公園だということに私は気付いた。そしてその作品の中に、彼女がいたのだ。背中にハートの模様がある赤い首輪の三毛猫、間違いなく私が大好きだった彼女だった。彼女は描かれた公園のベンチの上に座っていた。きっと描き手の視界の中に彼女が入り込んだのだろう。
見つけた、と思った。そして昂揚した。絵を見て感情を動かされるのは芸術に縁遠い私には初めてのことだった。瞬間、幼心に思った。絵画とは、その瞬間を永遠に閉じ込めることのできるものだと。
そしてあの感動から六年経ち、高校一年生になった私は、再び芸術と出会った。朝靄のかかった人気のない校舎で。それは本当に偶然目にしたものだった。描きかけのキャンバスの中に、今にも動き出しそうな世界が広がっている。同じだった。昔見たあの絵と同じ感動だった。足を止め、目を奪われた私に、無機質な声が掛けられる。
「人の絵、勝手に見ないでくれる」
いつの間にか筆を手にした青年が目の前に立っていた。驚くと同時に私は思わず声を出していた。
「あのっ、好きですっ!」
思いのほか大きい声が、静まり返った校舎に響き渡る。
私は一体、何を言っているんだろう。
「は?」
言葉とともに怪訝な顔が私の方へと向けられる。
これが私、東城真琴と和泉蒼介の出会いだった。




