表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/35

第8話 ぶつかり合う壮絶

灼熱の炎は、一定の温度を超えると白く燃える。


それが、彼女の持つ火の熱さ……

 立ち昇る"火"、それは強き意志の表れ。


 過去、人が文明を手に入れた時代……いや、もっと前。神話の時代でも、火は、ある属性も同時に有していた────


「『行くぞッ!!!』」


 対立する両者は地を踏み締め、思い切り蹴る。強き踏み込みで生まれる神速を超えた神速、更に額から突然青い炎のようなオーラが灯る。

 だが少女イグニスは、それを上回って、白谷と全く同じタイミングで踏み込んだにも関わらず、彼の顔面に拳を減り込ませていた。


「うぉえッ!?」


『よし! まず一発!』


 イグニスはまるでゲームでハイスコアを叩き出したかのような快感で拳を握り締め、天高く掲げる。遠く殴り飛ばされた白谷だが、距離30mで強く踏ん張って踏み止まり、即座にイグニスにまた向かう。


 超神速を容易に叩き出す白谷のスピード、それを戯れるように彼の直ぐ真横まで接近し、両手を頭の後ろで組む。それから口笛を吹きつつ白谷の腹の鳩尾に左足の爪先を減り込ませ、直後に右回転しながら低く跳び上がり、苦悶すら見せない彼の顔の中心に左膝を減り込ませた。


『おぉ、野球みたいに飛ぶねー』


 蹴り飛ばされて、ここで初めて、彼は、白谷は鼻が砕ける痛みと腹の奥深くで爆発するような痛みに気付いて流血。鼻血と共に胃が破れた影響で吐血する。

 そしてそのまま容赦無く200mは軽く飛ばされ、コンクリートの建物の壁を破ってやっと落ち着いた。


「あ゛ぁッ……!? かッ……」


 彼女、イグニスからすれば軽い一撃なのだろう。だが、白谷にとっては今までに無いほど重厚な蹴りだった。腹部を突き抜けた衝撃は内臓だけで無く背骨にすら"亀裂"と言う影響を及ぼし、おまけに鳩尾、つまり横隔膜が痙攣を起こして呼吸困難に陥っている。


 鼻を潰した膝蹴りは顔全体の骨に罅を入れ、何より頭蓋骨の縫合が外れてしまった。たった二撃で、いや三撃で、白谷 磔は満身創痍となってしまった。


 白谷の能力は『何事にも動じず行動する』事にある。本来、初見でも相手をよく観察して動作を見抜く事を可能とする、絶対に後手に回らない力だ。それを、その力を、この少女は、イグニスは、天才は、全くの無意味とした。してしまった。


 能力の特性上、戦闘時の有利性(アドバンテージ)は常に白谷に有る。だが、それを活かすのは当人の実力次第で、それを完全なまでに圧倒する実力が目の前に在る場合は、話が変わってしまうのだ。


「こりゃ、まじぃな……最初から全力出さないと、本当に殺されちまう……」


 今は消え去った、額に灯っていた青い炎、それは白谷のハイパーソウルモード。幻真の持つアクセルモードやソウルモードと似ているが、その増強は比較にならない程強い。しかし、それでは意味が無いのだ。全くの足しにはならないのだ。


 これでも十分彼からすれば全力だった。能力で見抜いた上でこの力を引き出したのだ、間違える事などあり得ない。それを、薄紙を吐息で吹き飛ばすように、イグニスは簡単にあしらった。


 立つ事も侭ならないまま、暫くしてイグニスが建物に追いついた。物足りなさそうな、欲求不満を絵に描いたような表情で白谷を見下ろし、溜息を吐いた。

 仕方なく彼女は白谷を無理矢理にでも立たせてコンクリート壁に押し付けると、徐に顔を白谷の顔に近づける。


「な、にをしやが────」


 反抗する事も出来ず、白谷はイグニスの行動を許してしまい、イグニスは無抵抗の白谷の唇に自らの唇をくっ付ける。突然の行動に白谷は驚き、目を見開いて彼女を押し飛ばして咳き込む。


「やめッガホッ! お前本当ヤベェ奴だ……な────あれ?」


 イグニスの行動の驚きを、直ぐに別の驚きが塗り替えていく。


「あ、頭……鼻、腹……治ってる」


 イグニスから受けた蹴りで破れた内臓、亀裂の走った背骨、顔骨、縫合の外れた頭蓋骨、膝蹴りで潰れた鼻、何もかもが治癒している。体は、とにかく元気が漲ってくる、これが魔女の持つ力か?


「お前、何をした?」


『魔力を譲渡してあげたんだよ。自慢じゃないけど私体力には自信があってねー、栄養ドリンク一本分与えたけど、どうよ?』


 イグニスの言葉の真偽を確かめる為に、白谷は全身に力を込める。その時の体が、一瞬自分の物なのか疑いたくなる程に、とにかく軽かった。

 軽い、何て軽いんだ……!? さっきまでの万全の俺を、余裕で超えている。


「……正直スゲェよ、最初の時より力に余裕を感じられる」


『なら良かった! こんなに早く死なれちゃ、全然愉しめないじゃんか』


 そこでやっと彼は思い出した。相手は敵だ、本来救うべき対象でありながら、救う前に抹殺しに来る異常状態の味方。しかも力は断然向こうが上、幾ら背伸びしても届きはしないだろう────



 ────が、それがどうした?


 関係無い、やれる事をやるだけ。決めたからには、やり遂げてやる……


『じゃ、続きやろっか』


「助けた事、後悔すんなよ?」


 目付きを鋭くして白谷が言葉を放つと、次の瞬間から顳顬(こめかみ)に青筋が浮き立ち、彼の全身から緑、銀、蒼の三色の闘気が糸のように伸びる。闘気は彼の体を包み込むように取り巻き、やがて烈風と共に全身を覆う分厚い闘気となって形を成す。


 三色の闘気は重なりながらも混ざり合う事無く、波打つように下から上へと上昇し、天辺で途切れて再び下から流れ出るを繰り返す。ここに形を成すのは彼の帯びる究極の姿、これが、彼の奥の力……


「『エンドエボルバー』……」


 赤いスーツを脱ぎ捨て、ネクタイも解いて放る。顳顬に浮かぶ青筋も顔、首、手、体の至る所から脈動する血管が皮膚を内側から叩く。筋肉は僅かに膨れ上がり、放出されている力の凄惨さが間近で伺える。


『ほぉぉ! 良いね!』


「ったく、これを見て嬉しそうにすんのはお前が初めてだ。言っとくが、こいつはまだコントロールが面倒でよ、生憎30分しか相手をしてやれねぇ」


『結構結構、本当は続く限り闘いたいけど、それでも十分だよ。やっば……テンション上がって来た!』


 白谷の全身から溢れ出す力の放出を見て、イグニスの頭髪が少し上を向いた。その変化には当然白谷は気付かない。今、気にしても仕方が無いからだ。


 号令は無い、彼は、彼女は、己の筋肉の痙攣で躍動する。


「オォォォォラァッ!!!」


『サアアァァァァァッ!!!』


 一歩前に踏み込んだ足は地を蹴り飛ばし、超神速すら超えて光の領域に至る。両者は一瞬で迫る互いの顔を捉えて右拳を突き出す。顔を歪める一発を共に入れて、一瞬世界が止まる。

 時間が惜しい、動ける限り動け、動け、動け、動け!


 (とど)まる事など許されない、相手が止まらない限り自分も止まらない。いや、最初から止まるつもりなんて無い、この瞬間を待っていた、強い相手を、自分と並べる相手を!



 打て! 打て! 打て!

 動け! 動け! 動け!



 止まった二人の世界が動き出す。即座に拳を引き込み、それが更なる威力を以って、更なる拳を連ねて、更なる速さを伴って、とにかく、とにかく! 打突、打突ッ、打突ッ!


 超速で、閃速で、光速で。一発の拳を当てる毎に次なる拳が数百、数千、数億になって返ってくる。同じように拳を受ける度に数百、数千、数億にして返す。

 周囲の建物が衝撃波で薙ぎ飛ぼうと構わず、打つ。立っている地面が弾けて崩れようと構わず、打つ。


「『オラアアアァァァァァァァァァーーーーーー!!!!!』」


 全力で咆哮する火の魔女、イグニスは、笑顔だった。拳をもう数え切れないほど浴びていながら、遊戯をしている子供のようにはしゃいでいた。

 全力で叫ぶ男、白谷は、険しい顔だった。拳を数え切れないほど当てて、同時に浴びて、イグニスとは対称にもはやボロボロだった。


 瞬間、イグニスの頭髪がより赤みを増し、数億の拳よりも強力な一発が白谷に肉薄する。咄嗟に両腕を交差させて拳を防ぐが、その威力が桁違い過ぎて足が踏ん張り切れず、白谷の体が丸ごと後方へ吹き飛ぶ。


 吹き飛ばされた自分の身を上手く制御して再び地面に足を付けて踏ん張り、100m経てやっと止まった。しかし、イグニスの一撃が余りにも強かったのか、衝撃は彼のYシャツの袖を肩まで滅茶苦茶に破り飛ばした。そしてその衝撃は白谷の腕の神経を狂わせ、数十秒間使用不可にした。


 必然的に訪れる危機感に正面を向くと、イグニスが立ったまま下を向いて佇んでいた。この土壇場にして最大の好機、自分すらも最大の好機を晒した状態で、今一度互いの時間が止まる……と、思いきや────


『…………ぃよッッッしゃァァァァァァァァァーーーーーー!!! あったまって来たぜェーーーーーーッッッッッッ!!!!!』


 彼女は、まだ動いていた。しかも、気分も最高潮に達している。


『もっと……もっと、【超絶なる、灼熱の滾り(もっと! 熱くなれよ)】ォォォォォォォォォォッッッ!!!』


 怒髪天を衝く。彼女の赤い髪が炎の如く上を向き、全身から爆炎が噴き上がる。『超絶なる灼熱の滾り』と言ったコレは、どうやら技では無く、彼女の、イグニスの、最高潮の状態を表しているようだ。


 噴き上がる爆炎は赤すら超えて白く燃え、建物を焼き、溶かし、炭化させ、地面を水分ごと消し飛ばす。全身の白い爆炎、昂ぶる気分に炎が呼応する。


『良いぞ! もっとだッ! 【灼光(燃えて燃えて)白爆(燃え尽きろ)】ォッッッッッッ!!!』


 熱い! 熱過ぎる! 100m離れてもその熱さに白谷の皮膚が焼け剥がれてくる。容易に近づけない中で、いきなりイグニスの全身から溢れる火力が沈静していく。爆炎を抑えて尚、彼女の全身は赤み、白みを帯び、周囲の景色は陽炎で歪む。


『ありがとう……初めて100%を出せそうだ』


 突然、白谷は吐血した。100m先にはまだイグニスが立ってい、立っていない? そこで、白谷の意識はやっと追い付いた。自身の懐深くに潜り込み、打ち上げるように右拳を斜め下から腹部に捩じ込む火の魔女の姿が見えた。


 今度は腸が破れた。胃の下の十二指腸、小腸、大腸を全部やられた。堪らず吐き出した血は、イグニスの顔や体に触れて蒸発すると、余った血が沸騰しながら口まで滴り落ち、彼女はそれを舌で舐め取った。


『焼けた血の味ってこんな感じか。変なのッ!』


 白谷の血の味の感想を言いながら彼の体に打ち込んだ拳で上に投げ、左足で地面が砕け飛ぶほど深く踏み込み、落下のタイミングに合わせて再び右拳を振り被り、渾身の一撃を白谷の顔面に炸裂させた。

 拳が直撃と同時に爆炎を発し、文字通り炸裂。彼の顔の左側を焼き焦がしながら真っ直ぐに殴り飛ばした。




 ────────────




 その時、イグニスの最高潮の力の奔流を感じ取った霊乃と海斗が、身に触れた力の強さに緊迫していた。焼ける様な底が無い力の奔流は、当然ながら幻真、活躍、夜桜も感じ取っていた。


「こ、この気配は一体!?」


「くそ、ここの魔女は一体何人化け物が居るんだ?」



「何だ!? この力は!?」


「ふざけんな! 闘いが終わったばっかだぞ勘弁しろ!」


「……あ、熱い」




 ────────────




 殴り飛ばされた白谷は総合中央広場まで戻され、巨大スクリーンを割って中で力無く背を凭れていた。頭は切れて流血、顔面への殴打で鼻血、腹は破れた腸の部分が少しへこみ、口からはシャツを赤く染める程の唾液混じりの夥しい吐血。


 自分では全く及ばないほど圧倒的な実力を前にして、白谷は、もう諦めてしまおうと思った。思ってしまった。このまま瞼を閉じればこの苦しみから解放される、そうすれば、自分の代わりに誰かが闘ってくれる……


「おいおい、誰が諦めて良いっつったんだ? お前に諦める権利は無ぇぞ? 当然、他の連中もなぁ」


 死にかけた目に映った、目の前に立つ優の姿。幻かと思えてしまうほど突然現れた彼は、白谷が倒れる事を許さない。


「……無茶言うな、あんな怪物……俺の力じゃ手に負えねぇよ……ぅオェッ!? もう、無理だ……このまま、眠らせてもらうわ────」


 白谷が死の微睡みに落ちようとした時、突然意識が覚醒する。無理矢理意識を開かれ、出血量が増えていく。序でに痛みも蘇り、白谷は歯を食い縛って悶絶し始めた。


「ぐッッッッッッ!!! ────ッッッ!!! ぬぅッッッッ!!!」


「よく聞けアホ、お前等に諦める権利なんか無い、最初からな。お前が、お前等が諦めたら、誰がこの世界を救う? この世界を守ろうとして負けちまった魔女ですら、決して諦めなかったんだぜ? それを解って言ってんならもう一度さっきの発言をしろ。

 二度と同じ事を考えられないよう無に帰してやる。念願の諦めが叶うんだ、嬉しいだろ?」


 彼は、優は、極めて冷酷だった。だが同時に、この世界を救わんとする強い意志を持っていた。負ける事など許されない。それはこの世界を終わらせた元凶に敗北するのと同義、決して許してはいけない。


「んな事言ったってッ! あぁッ!!? 痛えッッッ!!!」


「なら思い出してみろ、その足りない頭の中身をフル回転させろ。お前は一体何度失った? その度に何度立ち上がった? それが出来るクセに世界を救えないだと? 笑わせんなクズが。お前のような苦しみを持つ奴なんか五万と居る。自分だけが不幸とか思ってんのか? あぁ? 答えろよドアホクズ」


「テ、メェ……!!!」


「反抗しようとする元気はあるのか、上出来だが小せぇ野郎だ。お前は今何に対して反抗しようとしてる? お前は自分の為だけに闘ってるのか? そんな孤独だけがお前の強さか? 答えろ!」


 その時、白谷 磔の頭に、光景が浮かび上がる。それは二人の、掛け替えの無い大切な女性(ひと)の姿だ。


 そうだ。俺が何の為に闘ってるのか、今一度思い出した。何度裏切られても、何度も出会って、また一緒になりたいと思い続けた二人。もう失わないと誓った筈だ、ならば、諦めるなんざ、出来るわけ……ねぇッ!!!


「ぐぅッ!! うぅぐッ! ぬぅぅぅぅッッッ!!!!」


「それで良い。特別サービスだ、傷は治してやる。行け。行って勝ってこい」


「────すぅー……当たり前だ」


 もう諦めない。その誓いは、彼の力をもう一つ開く。


 程無くして、待ち草臥れた様子で髪が降りているイグニスの前に白谷が立った。白谷の姿を見た途端、イグニスの髪も立ち、再び周囲に熱を発し始める。

 服は殴られた箇所が裂け、ボロボロで上半身が裸になっているが、怪我は完治している事に彼女はやや疑問を持ったが、直ぐに些末事と切り捨てた。


『待ったよ! まさか気絶してた?』


「悪いな、ちっとばかし一撃が効いてよ。だが、もう大丈夫だ」


『そうか! じゃあ、もう一発!』


 明るい表情をしつつイグニスは驚異の一発を今一度繰り出す。一瞬で到達し、一瞬で殴り飛ばす劇的な一撃は────


『ぬおアァッッッ!?』


 ────白谷には到達しなかった。


 イグニスから放たれた渾身の一撃は空を切り、代わりに白谷のカウンターの右拳が彼女の腹を打ち抜く。今までに無かった一撃にイグニスは肺の中の空気を全て吐き出して、腹部を押さえてしゃがみ込む。



「生憎と俺は諦めが悪くてな。さっきはああなったが、もう絶対に、負けない……!!」



 今こそ発揮する、蒼い闘気の放出。その名も……


 『終焉の超騎士(エンドナイト)』!








続く……

優「何か文句ある奴挙手」


シ「殴り飛ばされたけど特に無いでーす」


ア「胸にデカイ穴空けられたけど特に無いでーす」



霊「それで良いんですか……」



また次回

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ