第6話 そらを征する手
強い闇を生み出すのは、強い光では無い。
より深い闇、より濃い深淵から出ずる。照らす事が出来るのは、真っ直ぐな光だけ……
世界の"闇"とは、変幻自在で様々だ。
恐るべきはその多様性と侵食力、そして何よりも、光無き場所で絶大な存在となる事だ。
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時間はアルマが吹き飛ぶ1分前に遡る。
既に、彼はアルマの結末が目に見えていた。故に総合中央広場に現れ、少し高い位置に浮いて腕を組んで待っている。序でに、相応しい相手を指打ち音と共に自らの前に出現させた。
「……あれ? あ、あなた────」
「よぉ夜桜、あんたの出番だ。アルマがもうすぐ吹っ飛んで来るから、そのタイミングで向こうに飛ばす。相手は闇の魔女、名をオンブラ・アイゲングラウ……闇と曖昧な色って感じの名前だな、まぁとにかく。あいつの魔法は名前通りの闇と、宇宙だ。お前さんの能力なら都合が良い。また、仲間もそれに同調出来る持ち物を持ってる」
突然場所を移動させられていた夜桜は驚く暇も無く彼の、優の淡々とした説明を耳に通された。全てでは無くとも、話の9割以上理解を済ませると、夜桜は眉を顰めて口をへの字に曲げた。
「随分いきなりね……まぁ良いわ、取り敢えず私が適任って事なのよね?」
「そう言う事だなぁ、まぁ上手くやってくれや」
優の言葉を最後に夜桜が消え、同時に人間大の黒い塊が建物を突き抜けながら優の元に飛んで来た。左手で軽々と掴み、優は後ろへ余韻を残すように左腕を振ると、雑に塊を地面に落とす。
「ったく、無様ったらねぇなぁアルマよぉ」
黒く丸い不細工な塊を見て優は辛辣な言葉と一緒に塊に対してアルマの名前で呼び掛けた。仕方がないとばかりに彼はいつも通りの指打ちを行うと、黒い塊が急に桐月 アルマその人に成った。
いや、黒い塊はアルマだったのだ、間違い無く。彼が吹き飛ばされた原因は闇の魔女。闇の魔女が放った攻撃は超巨大爆発を伴って炸裂し、虹色に光りを放射しながらアルマの肉体と手に持つ鎌を一瞬で炭化させた。
これでは、最早生きてるとは言えない。幾ら彼が元魔界の王であろうと、"黒く丸い不細工な塊"にまで成り下がってはどうしようもないだろう。
しかし、そんな事など関係無く優はアルマを元の姿に戻した。ただの一瞬で────
ところが、当の本人であるアルマは呆けていた。自らの前に立った漆黒の闇、絶対的強さを誇る強靭な闇、自身の過去の地位など軽く捻り潰し喰らい尽くすあの闇に、身も心も敗北していた。
彼女の成った"あの姿"も要因の一つだろう。だがそれ以上に彼女の強さは彼の認識する次元を圧倒していた。もし仮に、彼の持つ"力がもう一つ"使えていたとして、結果は恐らく変わらなかったか、辛うじて拮抗したかである。
脳裏には怪物達を食らい咀嚼する闇の魔女の姿が浮かび、己が生きて立っている状態が想像出来ない。これは所謂、トラウマだ。
「────おい」
呆けていたアルマの顔面の中心に強固な拳が激突する。幾ら無防備と言えど、彼の、アルマの肩から上の部位が、容易に彼方に弾け飛ぶ様は明らかに常軌を逸している。
彼方に弾け飛んだ頭部はそのまま空に消え、即座に頭が元に戻った。アルマは一瞬、一瞬だけ、息を引き取った。
彼方に飛んだ自らの頭部を確認する事無く、アルマは恐れを交えた表情で見上げると、目の前に今までには一度たりとも見せなかった鋭い眼差しと、灼熱が如く煮え滾り、されども絶対零度の如く冷え切った顔がそこに在った。
優が、睨んでいた。否、睨んでいたなら恐らく彼は発狂している。まだ、見ている範囲内だ。
優は容赦無くアルマの髪を右手で掴み上げ、仰向けにさせた後、膝を胸に置き、彼の肋骨を押し潰さんばかりに力を込めながら口を開いた。
「お前よぉ、何アホ面してやがんだ、あぁ? 霊乃の言葉を聞いてなかったか? あぁ? どうなんだ答えてみろよ」
優の左手はアルマの右耳を引き千切り、そこから更に左手を突っ込み、アルマの脳を鷲掴んだ。生々しい音と共にアルマは凄惨な痛みで声すら出せずに阿鼻叫喚の様を晒していた。
千切られた耳は熱く、内側はゴワゴワと騒がしく、それでいてグチュグチュと痛々しく、鼓膜すら手に突き破られて既に聞こえないのに、体は痛みを正確に、確実に音に変換する。
「────ッッッッ!!!??? ァ────!? ────────ッッッッ!!!!!」
「お前が今受けてる痛みはさっきの姿になる攻撃よりずっと優しくて紳士的だ。ついでに、俺が上手く加減する為でもある。力が抑え易いんだよ、これ」
そう言って、優は飽きた様子で左手を引き抜いて髪を放すと、穴の空いた右耳を両手で押さえて漏れ出る血を地面に溢しながら悶絶する。ふと痛みは消え去り、血すら失せて右耳が元に戻っていた。
「取り敢えず説教はこれで終いだ。余りお前のアイデンティティやポリシーを阻害したり強制したりはしないが、次同じ様な闘い方をしてみろ、俺がお前の命に終止符を打ってやる。お前は再生能力を持つが故に、覚悟が足りねぇ。根本的にな」
無表情のまま優は指を打ち鳴らし、アルマをシルクと白谷の場所まで飛ばした。最後に放った彼の言葉は、恐らく人間としての強さの表れなのだろう……そうでなければ、ここまでアルマに対し、彼が物事を口にするなど到底有り得ない。
人間には、即座に治癒する力は無い。有っても、それは時間を掛けてゆっくりじっくりと治すもの。人間で無い者の強さは彼には高が知れている。高い治癒能力と身体能力、それと並外れた頑丈さなど種類に依る。
だが、それがどうした?
人間には、それすら寄せ付けない強さがある。命を投げ捨てる強さではない、身を滅ぼす強さじゃない。自らの弱さと言う前提があるからこそ、強くなる、強くなれる、見失わずにいられる、心を。
「まぁ、やっぱり俺は例外なんだがなぁ」
────────────
時間はそのままに、夜桜が闇の魔女オンブラと対峙したところ。オンブラの黒ドレスの後ろから夥しい数の漆黒の触手が大小太細、今にも幻真を喰らおうと、活躍を啜ろうと、夜桜を陵辱しようと蠢いている。
「でも何あれ、本当に闇の魔女なの? あれじゃまるで……」
「まるで神話生物を彷彿とさせる、いや、そうなのかどうかも俺にはわからない。ただ、あの魔女の力はハッキリ言ってヤバイ」
「さっきアルマが単一にされて瞬殺されたからな、常に纏まってた方が無難かもしれねぇ」
夜桜の思う通りで同じ意見を持つ幻真は、懐から短剣を取り出して構える。活躍も身構えたまま夜桜に近づき、手元に武器の作成を開始する。その瞬間、オンブラの目が黒く染まり、深紅の瞳となった。
『サテ、作戦会議ハ終ワリ? モウイイワヨネ、私モウ触手達を抑エラレナイノ。ダカラ、喰ラエオ前達ッ!!』
徐々にオンブラは闇の魔法そのものに呑まれている。あの黒い気配に最も近い力、恐らく第二の脅威にもなり得る可能性が大いに有る。
今ここで止めなければならない!
「飛べ!」
幻真の合図を元に三人が一斉に跳躍し、空中での戦闘を開始した。三人の足が地から離れた直後に魔女の触手が地面を抉り喰む。
幻真は先程アルマが居た時の事を思い返してみる。彼の武器『真神剣』が全く通用しない程の頑丈さ、尚且つ剣が粉々に砕ける始末。こちらが武器ごと強化して攻めなければ、ただ手持ちの武器をドブに投げ捨てるだけ。
「試してみる価値はあるな」
息を吐くと同時に全身に力を込め、噴き上がる強風で髪が逆上がる。直ぐに赤色と金色の混合オーラが身を覆い、更に逆上がった前髪から額が露わになる。すると幻真は全身を覆うオーラを体の中心まで縮小、収束させ、収束させた小さな炎のようなオーラを額に灯す。
加速した力は魂に届く。今、此処に成す、魂の力!
「『ソウルモード』……」
天の魔女、シエルと闘った……いや、あれを闘ったと称して良いのかは不明だが、無意識で発動した力のその手前のもの。だが、この力だからこそ出来る事もある。
彼は額の炎を左手で摘み、右手に持つ短剣に触れて滑らせる。赤と金が混じった炎は瞬く間に短剣全体に灯り、剣先から炎の如くオーラが立ち昇る。
跳躍してから1秒後、魔女は黒い目で頭上を見上げ、触手を三人に伸ばした。超高速で迫る黒い触手を夜桜と活躍は身を翻して躱すが、幻真だけは止まったまま、右手を引いて体を捻り、空中で溜める。
触手は止まらず、幻真を貫かんと直進を続け、遂に肉薄する距離まで接近を許す。
「幻真避けろ!」
活躍が回避を促すも、幻真は微動だにせず、その瞬間────
────その瞬間、硬く鈍い接触音と共に触手が幻真の目の前から払い除けられ、一瞬だけ魔女が驚いた。
「よし、いける!」
幻真は確信を持った。触手は斬れないが、退かす事は出来る。このソウルモードと、ソウルモードの炎を灯した短剣なら、闘える!
「はぁッ!」
空中を蹴って加速し、オンブラと触れ合う程の距離まで一気に接近する。目前で振るわれる短剣と魔女の右手。非常に物質の硬い衝突音が鳴り響き、コンマ秒数遅れで周囲の建物の一部を弾き飛ばす威力の衝撃波が発生した。
窓を粉砕し、亀裂を走らせ、外部から押されるように建物が消し飛び、それを皮切りに夜桜と活躍が空中を蹴る。
直後、直ぐ目の前で幻真とオンブラの壮絶な打ち合いが開始した。強化された短剣に対して何の強化も施されてはいないであろう魔女の右手。刃物に安易に、容易に触れて傷一つ無く、衝突し擦れ合う度に金属とも石とも取れない硬い音を発する手。
それは足でも同じ事だ。隙を見て彼女の足首に短剣を振るうも、硬い音と感触だけで切創の一つも付けられない。だがそれでも大半の注意は幻真に向き、夜桜と活躍には大量の触手が対応している。
然れどこの触手は自らに意思があるかのように各々が的確に動いている。どこまでも伸びる触手に距離に依る減衰は無く、全てが全て必殺の威力を以って押し寄せる。
思い切って動き出したは良いものの、夜桜と活躍は対処する術を欲しがっていた。
そこで夜桜は手を確かめて、迫り来る触手の一本に左手を勢い良く振った。瞬間、触手が強い力で弾かれ、黒い体液を吐き出しながら地面に落下し、その身を溶かして消失した。
夜桜の能力は『空間を支配する』事にある。この力は距離を必要としない。故に距離を限定する事も可能で、たった今夜桜は一定範囲内に触れた対象を"断絶"、"分断"する空間を形成した。これに依って迫り来る触手はオンブラとの接続を失い、形を保てず自壊する。
「やった、成功だわ」
腰に手を当てて余裕の姿で佇む夜桜とは対称に、銃火器を作成しては壊され、また作成するを繰り返す活躍。触手に一番ダメージを与えられる現代兵器はそうそう無いだろう。
何せ幻真のソウルモードで強化した短剣でやっと弾けるくらいなのだ、恐らくあるとしたら瞬間火力に優れ、連続射撃が可能な物。それは……
「トミー・ガン!」
活躍は左右の手に一挺ずつサブマシンガンを作成し、両手で触手に向けて高速連射する。彼の手にした銃は短機関銃の中でも有名な部類。トンプソン銃、シカゴタイプライターとも言われるマシンガンM1928A1だ。
ドラムマガジン内にはたんまりと活躍の魔力が込められており、射出される弾丸は全て光弾且つ爆発するように改造されている。この銃では怯ませる事は出来ないが、改造のおかげで動きを止める事は可能だ。
「オラァァァ! どきやがれぇッ!!」
常時連射状態で触手を牽制しながらビルを駆け下り、本体のオンブラへと突進する。夜桜も活躍を見て駆け出し、倣うようにオンブラ目掛けて走り出した。
と、幻真との打ち合いの最中に急に彼の短剣を掴んで動きを止めると、自分の方へ走ってくる活躍と夜桜の気配を察知し、静かに口を開いた。
『【黒天崩撃】……』
突如オンブラの背中から漆黒の闇が大量に溢れ出し、それから形作った巨獣の顎が口を大きく広げ、口内で赤黒く光る魔力が集中し始めた。
顎の溜めを見て活躍と夜桜は足を止めて回避の体勢を執ろうとするが、その間も無く溜めは既に終わっており、次の瞬間には目の前の景色を真っ黒に染めるほどの"咆撃"が二人を襲う。
何と驚異か、あの一撃は簡単に二人が消滅する程の火力が有る。それをほぼノータイムで発射してしまう闇の魔女、何と脅威か……!?
「活躍ッ! 夜桜ァ!」
『余所見ハダメ、アナタノ相手ハ私デショ?』
幻真の呼びかけと同じタイミングで言葉を発し、オンブラは左拳を彼の顔面に放つ。拳の挙動が目に映った途端、幻真は咄嗟に短剣を盾にして直撃を避けた。
しかし、彼女の一撃で数km飛ばされた挙句、盾にした所為で短剣に罅が入り、破砕と言う名の悲鳴上げていた。
「何て馬鹿力だッ!? 強化したってのに、クソッ!!」
地面を転がってる途中で何とか足と手で踏ん張り、制止する事が出来たが、短剣に走る亀裂を見て幻真は怒号を放った。だが怒号の後にオンブラが彼の目の前に立ち、幻真の驚愕と同時に再び左拳を構える。
その時、追撃を試みるオンブラの背後から人影が一つ、右掌を突き出して飛んで来る。気配を察知したオンブラは構えた左拳を鉤爪状に指を折り曲げた掌に変え、振り向きざまに人影に突き出した。
魔女と人影の掌はぶつかり合い、間の空間からは今にも火花が飛び散りそうなほど圧力が加わっている。その圧力に耐えきれなかったのか、人影は自らの攻撃に押し飛ばされ、即座に踏ん張って立ち止まる。
「……う、嘘、空間の力が通じない!?」
現れた人影の正体は夜桜。あの魔力の一撃の中、どうやって生き延びたのか、それは恐らく能力の応用だろう。自身と活躍の周囲に"隔離"、"固定"、"断絶"の空間を展開し、更に万が一に備えて加えた"流動"で魔力の一撃を受け流したのだ。
だが彼女の繰り出した空間能力を込めた掌はオンブラの掌に阻まれ、弾き返される。しかも先程説明した通り、夜桜の能力は距離を必要としない。
なのに、それなのに……距離が必然的に限られてしまう。
本来、彼女は遠くから"圧縮"、"螺旋"、"暴発"、"連環"を組み合わせた『捻じ切る破壊の波紋』を放って反撃するつもりだったのだ。が、それを使おうとして能力が強制終了してしまい、力が集束する前に閉じてしまった。
何故かと驚く暇無く、自分自身が赴いて直接叩き込むしか無いとし、彼女は目一杯に跳躍して右掌に先の能力を使って突き出した。手や足からの直接なら能力は発動出来るが、それすらも簡単に遇らわれ、今やっと彼女は能力が効かない驚きに達した。
『アァ、ナルホド。空間系ノ力ネ、アナタガヤッタノワ。気ニ入ッタ……シエル様ガ一番得意ナンダケド、私モ結構得意ナノ、空間系。ダカラ今カラ見セテアゲル────』
妖しく不気味な笑みを浮かべると、オンブラの顔周りに黒い血管の様な細胞組織が巡り始めた。どうやら時間の経過と共に容姿に変化が生じ、力が増しているようだ。
とすると、これは絶望的と見て良いのかもしれない。
彼等は先程からずっと攻撃をしているにも関わらず、彼女にダメージを一切として負わせられない。それどころかオンブラの頑丈さに辛うじて張り合う程度が精一杯で、自分達だけ着実に消耗していく。
「どこ見てんだァッ!」
「今すぐそこを────」
『邪魔』
それに対して闇の魔女は、オンブラは、時間が経つにつれて段々と力を強め、刻々とその容姿を変貌させている。この時に一時動きが止まった隙を逃さず、活躍と幻真が割って入る。
ところが彼女は意に介す事も無く見もせずに右掌と左掌で活躍と幻真の顔を突き飛ばし、次の瞬間にはオンブラの呟きが夜桜を暗闇へと誘う……
『【黒い殻】』
彼女、夜桜は知らないが、アルマが倒されたのがこの謎の漆黒の空間内でだ。一切の光を持たず、完全に独立した闇の世界。その世界で、二つ、赤黒く鋭い光が在った。
目だ。赤黒い瞳を有する彼女、闇の魔女の、オンブラの、変貌を遂げた眼だ。
『【深淵の闇】』
光が全く無い世界で、唯一それは光っていた。黒の背景に浮かび上がる紫色の輪郭。それは、人の形をした"闇"そのものであった。これが魔女だと言って、誰が信じるのか?
否、誰も信じはしない。こんな闇に塗れ、溺れた末に取り込み、飲み干したような姿が、魔女の筈が。無い。
「あなた……何よそれ、一体何なの!?」
『私ノ特性ハ生マレツイテカラ既ニ闇ダッタノ。光ガ苦手デネ、太陽モダメダカラ、外出モ侭ナラナカッタ。今デコソ外ガ曇ッテイタカラ問題ハ無カッタケド、本来ナラ体ガ焼ケテ仕方ガ無カッタワ。
デモ、ソレモ今ハ気ニシナクテ良イ。私ノコノ世界ナラ、存分ニ解放出来ル! 真ノ私ヲ!!!』
顔は目を除いて仮面の如く闇が貼り付き、有機体のように体を覆っている。それは衣服すら食い尽くし、オンブラの体の線を露わにする。髪は全て後ろに反り、目は鋭く尖り、血涙のように目の下に赤黒い模様が入った。
『サテ、私ノ魔法ハ宇宙ニモ通ズル。マズハ、硝子ノ雨ガ降ル星……【蒼天空澄星】』
オンブラノ背後で銀河のような数多の光の粒の回転が始まり、同時に夜桜の体に液体まで変化した硝子が豪雨となって降り注ぐ。時速約7000kmで吹き付ける摂氏1000度の風が彼女の身を焼き、風に乗って絶えず激突する硝子が更に肉を貫く。
『コノ星、ホットジュピタートモ呼バレル星デ、凄ク熱イガス惑星ナノ。デモ見タ目ハ綺麗ナコバルトブルーナノ、不思議デショウ?』
「うあぁッッッ!!?? 熱ッ! あぁッ!?」
『アラアラ、熱イト言ウ事ハマダマダ余裕ネ。ナラ今度ハ……【閃界転終星】』
体を一生懸命守る夜桜を余裕と言い、オンブラの言葉で今度は違う力が働き出した。するといきなり彼女の体が回転を帯び始め、どんどんと加速して行く。
回転、とにかく回転、何もかもが回転! その回転速度、実に時速約160万km!
能力すら使えない、否、使おうとして何も起きない状態で、全身がバラバラに引き千切られる超回転に身を晒されている。どうやらオンブラの闇の空間内では、夜桜の能力は全くの使用不可となってしまっているらしい。
能力が使えない状態で受ける回転地獄に、遂に彼女の体が悲鳴を上げた。腕や脚が間接の根元から脱臼を始め、その痛みに耐える間も無く皮膚が裂け、筋肉がブチブチと音を立てながら千切れ出し、到頭……
「ぐッ!? ぐぐッ!!? アッ!? アァァァァァァァァァァァァッッッ!!!???」
到頭、夜桜の右腕と右脚が遠心力で引き千切られ、徐々に訪れる想像を絶する激痛で彼女は絶叫する。その様を見て満悦したのか、オンブラは仮面に覆われたような顔から耳の辺りまで裂けた口を広げ、満面の笑みを浮かべた。
回転は緩やかに収まり、夜桜を宙空に落ち着かせてからオンブラは近づいた。夜桜は一度に右腕と右脚を失った痛みで堪らず涙を流し、身を縮めて歯を食い縛って堪える。
序でに過呼吸発作が出てるのか、夜桜の呼吸は途切れ途切れで落ち着かない。
「ぐッ! うッ、うぐッ、ふぐぅッ! ふぅ……ぐッ! ふぅ……」
『マァ、痛カッタデチュカ〜? 良ク我慢出来マチタネェ〜? 右ノ腕ト脚無クナッチャッタネェ〜?』
泣きべそをかく夜桜に、オンブラは赤ちゃん言葉で嘲る。この圧倒的実力差、立ち位置、それを悔やんでか、将又嘲りに怒りを覚えてか、夜桜は涙目のままオンブラを睨んだ。
その瞬間、オンブラは決意した。もう殺そう、と────
『デモ、ソレモモウ終ワリ。苦シム間モ無ク消シテアゲルワ。嬉シイデショ? モウ苦シマナクテ良インダカラ』
そして静かに口にする言葉には、夜桜に取って絶大な絶望を含んだ最悪の攻撃手。その名も……
『ブラックホール……』
闇の魔女の背後から銀河の光が消え、全てを呑み込む黒い渦が大きな口を開けた。これは言わずと知れたブラックホール──宇宙に存在すると言われる謎多きモノ。光を吸い、物質を吸い、何もかもを押し潰す宇宙の"闇"……
これが、ブラックホール……
『サヨウナラ、夜桜チャン……』
宙空に浮いた状態で抵抗無く、容赦無く、夜桜の体は黒い渦に引き寄せられていく。もう、これで終わりなのか。もう、これで、私は、死ぬのか。もう、私は────
「────の一撃だァァァァァァァァァッッッ!!!」
唐突、夜桜とオンブラに張り裂けるような叫びを上げる男の声が聞こえて来た。瞬間、黒い空間が風船の破裂が如く消失し、オンブラと夜桜が元の建物に囲まれた道に投げ出された。
展開したブラックホールすらも消え失せ、同時にオンブラが異常な程に苦しみ出した。
彼女を苦しめてるのは光。外の、曇り空から僅かに差し込む微弱な白光。しかし、彼女には地獄の苦しみと同然、黒い空間を展開する前には何とも無かった筈が、今は血を吐いて狂い悶えている。
『ア゛ァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!? 眩シイィ!!! 眩シイィィィッ!!! 嫌ァ!! モウ嫌ァ!!! 眩シイノハ嫌ァァァァァァァァァッッッ!!!?』
実は、夜桜とオンブラが消え、アルマの時と同じく探索していた時、夜桜とオンブラが消えた場所から極小の黒い渦のような何かが浮いており、これを空間の穴と理解した幻真と活躍は攻撃を試みる。
しかし穴はビクともせず、痺れを切らした活躍が無数の様々なグレネードを投げ付け、爆散。その時、スタングレネードの光で穴が歪んだのを幻真は見逃さず、そこに刃が砕けて殆ど柄しか残ってない真神剣を撃ち込む事を考案する。
これに賛成した活躍が特製のボウガンを作成し、そこに真神剣だった物を乗せた。幻真が真神剣の光属性を呼び起こし、直後に活躍が引き金を引いて穴に撃ち込むと、あっという間に穴が広がり、中から夜桜とオンブラが出て来た。
ちなみにこの時、活躍は撃ち出す直前に「光の一撃だ!」と叫んでいた。彼女達の耳に届いたのは、彼の昂ぶった叫びである。
苦悶するオンブラを横目に落下する夜桜は、即座に駆け付けた幻真に抱えられた。抱えて直ぐ、彼は夜桜の無残な姿に驚愕するも、それよりも大事な闇の魔女の苦しみ様を見て解を得た。
「あの姿、かなり強いみたいだが、同時に光に対する耐性が劣悪になるみたいだな。夜桜、あんたの力ならこの場の光を増幅して殴れるだろ? 頼むぜ、最後に決めてくれ!」
夜桜は、何も言わずに頷いた。やるべき事は判っている。だからこそ、やらねばならない……
「行くぞ! せーのっ!」
幻真は掌の上に夜桜の体を乗せて投げ放つ。言葉の後に夜桜の体が投げ槍のように真っ直ぐ飛び、オンブラの体へ一直線。残った左手を拳に変えて握り、そこに光力を集中させ、思い切り突き出す。
『グォェッ!!?』
光の力が込もった左拳は闇の魔女、オンブラの闇に覆われた体を貫き、背部にまで突き抜けた。そのまま拳に光を集中させ続け、止め処なくオンブラの体から光が溢れ始めた。
『グアアァォォォォォォァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッ!!!?』
夜桜は光を更に集中させ、自らの全身から光の爆発を起こし始める。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああーーーーーーッッッッッ!!!!」
爆発は次第に大きくなり、最終的に一つの街を覆う程の光となり、オンブラの顔や体を覆う闇を引き剥がしながら呑み込んでいった…………
「やったか……?」
「あぁ活躍。やったよ、夜桜が、やったよ……!」
幻真と活躍は、達成感に満ち溢れた顔で佇んでいた。その場には、右の腕と脚の無い夜桜と、闇が剥がれ切り、衣服が無く、あられもない姿の闇の魔女オンブラが横たわっていた。
「……」
「……」
「なぁ活躍」
「何だ」
「服って作れる?」
「……実におもs、じゃなくて、やってみる」
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一方、時間はシルクと白谷がゴツゴツした石の球体を見つけた直後まで戻る。夜桜が居なくなったと思えば、直ぐ後にアルマが現れ、シルクが若干荒ぶっていた。
「何で姉さん連れてくんだよ! 野郎しか居ないじゃねぇか!」
「悪かったな野郎ばっかで。んな事よりこの岩の玉、地図の印からして、どう見ても魔女が中に居ると思うぞ。これが呪いだとすると、中に居る奴は大丈夫なのか?」
「どうでも良いけど気を付けた方が良いぞ……中から何が出て来るかわかったもんじゃない」
「あぁそうだな。ところでアルマ、お前何かおとなしくないか?」
「聞くな」
続く……
幻「……」
活「……」
幻「いや、あの……」
活「素晴らしい、プロポーションで御座いますね……!」
優「お前さん等、思春期か」
また次回