後編
5.AiM
裁判所を出た悠木は、M市警察署に向かうため、個人的にレンタルしている自分のAiMに乗りこんだ。エンジンをかけ、ハンドル脇の運転切り替えボタンを押し、音声入力で行き先を指定した。
「M市警察署まで行ってくれ」
『かしこまりました』
AiMは、すぐにVICSを取得し、最適なルートを確定すると静かに動きだした。
『目的地へは、13時32分ごろ到着の予定です』
すばらしい。
なにからなにまで、AiMに搭載された人工知能が考え、判断し、最良の方法を選んでくれる。まさに至れり尽くせりの車だ。ここまで完全オートでやってくれるのに、どうして手動運転をしたいなんて思う人間がいるのだろう。悠木は不思議でしかたがなかった。
手動運転で事故を起こせば、責任は必ず運転者に責任がおよぶ。だが、自動運転モードであれば、そうはならない。自動モード中の事故の場合、責任の大部分はメーカーが負うようになっているからだ。だから、メーカーはリスクを回避するため、特殊な自動車保険に加入し、さまざまな自動運転の事故に対応できるようにしている。
ようするに、自動運転モードにした時点で、個人は運転の責任から解放されるのだ(いまのところ、運転していないものに責任は問わないという前提で、AiM関連の法律は成立している。もちろん、悪意がある場合は別だ)。
だから、運転するメリットはない。ただ、リスクがつきまとうだけだ。
たしかに、昔は自動運転モードの誤作動があり、手動運転が必要な時代もあった。だが、それはもう昔の話だ。欠陥はメーカーによってすぐに回収され、いまでは、人間以上に信頼できる存在になっている。
悠木は流れゆく車窓の景色を眺めながら、考えた。
もし、Sの言うことが本当なら、AiMに欠陥があることになる。
対象認識システム、あるいは操縦システムのどちらかがうまく機能しなかったということだろう。いや、しかし、資料ファイルにそのような報告はなかった。念のため、システムの検査も行われたが、エラーは見つかっていない。すべてが正しく作動し、健全な状態だったという報告がされている。
やはり、Sがうそをついているのだろうか?
悠木は自分なりに答えを見つけようとしたが、うまくいかなかった。
『まもなく、目的地周辺です。お疲れさまでした』
気がつくと、目の前にM市警察署が見えていた。
6.M市警察署
「なんですって? いま、なんていいました?」
「……えっと、ですから、Sが乗っていたAiMの運転切り替えボタンの指紋を調べてほしいんですけど」
悠木はなだめるような口調で、M市警察署交通安全課の事故担当者である南雲巡査部長に説明をした。部屋の隅に作られた簡易応接ソファに腰をおろした南雲は、淹れてきた日本茶を悠木にすすめ、自分も一口すすったあと、たっぷり時間をとってから、ふたたび口を開いた。
「なんのために?」
もっともな質問だ。悠木だってマキナに聞きたいところだが、ここでそんなことを言ってもはじまらない。
「いや、まあ、あの事故の最終判決に必要でして……」
「なぜ必要なんですか? あれは見たまんま、単純な接触事故でしょ?」
いかにもベテランそうな南雲は、不思議なものでも見るような目つきで、悠木に言った。
「正直、あの事故の裁判がなぜ一年もかかっているのか、わかりませんね。かたっぽの車が飛び出してきました。ぶつかりました。ぶつけたほうの運転手は酒をひっかけてました。はい、飲酒運転。明々白々じゃないですか。そうでしょ?」
「でも、まあ、Sは運転を否定していますし……」
「そりゃ、バカ正直に運転しましたってヤツはいないでしょう?」
「南雲さん」
悠木は渋いお茶を口にしてから、言った。
「なんですか?」
「失礼ですが、ぼくは南雲さんと裁判のマネごとをするために、ここに来たわけではないんです。指紋を調べていただけませんか?」
気まずい沈黙。
そして、南雲の眉間に深いしわが刻まれた。
「えーと、悠木さんでしたっけ? あんたねぇ。いちいちこんなちょっとした交通事故で、やれ指紋だ、鑑識だって、やると思ってんの?」
「思ってます。というか、やっていただかないと困ります」
さも当然という顔で悠木は答えた。
「冗談じゃない。こんなささいな事故でそんなことしてたら、時間と金がいくらあっても足りませんよ。その辺、わかってもらわないと困るんですがね」
「でも、警察はすでに調べてあるでしょ。提出してないだけで」
ぎくり。あきらかに南雲の顔が凍りついた。
「なんで、知って――」
言葉の途中で罠だと気づいた南雲はあわてて口をつぐんだ。
「きたねぇなぁ、あんた!」
一変して、南雲の口調がするどくなったが、悠木は表情を変えずに、話をつづけた。
「すいません。でも、これがぼくの仕事でして」
本当はデータ解析が本業だが、そこの説明は省略した。
「で、やっぱり、指紋は調べてあるんですね?」
「……ええ、まあね」
口を滑らせた南雲が観念したようにうなずいたので、悠木は首を傾げた。
「調べているのに、なぜ提出しないんですか? なにか都合の悪い事実でも? たとえば、だれか別の人の指紋があったとか」
「いいえ、そんなものはありません。って、なんですか、その質問は。まるで警察が真犯人をかばっているような言い方じゃないですか。我々は絶対にそんなことしませんよ!」
「うーん。そうすると、よくわからないな。なぜ、調べたことを隠そうとするんですか?」
とっくにお茶を飲み終えていた南雲が、渋い顔をした。
「……なにも出てこなかったんです」
「は?」
悠木は南雲の言っている意味がわからず、聞き返した。
「だから、なにも出てこなかったんですよ。別の人間の指紋も、運転していたSの指紋も……」
「Sの指紋も?」
それはおかしい。ふだん運転しているSの指紋がないというのは、不自然だ。
悠木はだまって、南雲を見た。
「そんな目で見ないでください。我々はただ、単純な事故をかき回さないように気をつかっただけじゃないですか。指紋採取の結果が必要だというなら、もちろん、我々はよろこんで提出しますよ。ただ、なにも見つからなかったという、つまらない報告しかできませんがね」
「それだけで、十分ですよ」
悠木は立ちあがって、いった。
「それだけで、これがただの接触事故でない可能性がわかりましたから」
7.シグマ社
M市警察署を出た悠木は、都心の一等地に建つシグマ社にむかった。
国内AiMのシェア6割を誇る大手自動車メーカー、シグマ。その本社ビルは地上百階建ての銀色の高層ビルで、多くの人が行きかっていた。
悠木はAiMから降り、まっすぐ受付に行って用件を伝えると、すぐにシステム課で課長をやっている前橋という男があらわれ、応接室に案内してくれた。
「いやー、あの事件。やっと解決するんですね」
「ええ、まあ」
「はー。これでやっと、飲酒運転ということで決着がつくわけだ。よかった、よかった」
「いえ、それは判決が出ていないので、なんともいえません」
前橋は愛想よく笑っていたものの、目の奥が笑っていなかった。悠木は相手の誘導に乗らないよう注意しながら、答えた。
「ところで今日は運転ログの確認をしたいということだそうですが、警察にお渡ししたデータになにか不備でもありましたか?」
「不備というわけではありませんが、追加で調べたいことがありまして」
「と、いいますと?」
「あの、できれば、申し上げるのは遠慮したいんですが……」
「ああ、そうかそうか、それ言っちゃったら、捜査になりませんもんねぇ」
別に警察ではないので捜査というわけではないが、厳密に説明する必要もないので、悠木は黙って肩をすくめた。
「しかし、それは困りましたな。なにをお調べしたいのかお聞きしないと、データのご用意ができないかもしれません。なにかヒントでもいただければ、こちらもお役に立てると思うのですが」
「その点については、お気づかい無用です。サーバ室に案内していただければ、あとはこちらで調べますから」
悠木がそういうと、ここでも警察署と同じような気まずい沈黙が訪れた。
「いま、なんと?」
「ですから、サーバ室に案内していただければ、こちらでお調べすると言ったんです」
「なるほど、なるほど」
前橋はこれ以上ないほど、わざとらしくうなずき、言葉をつづけた。
「それは至極もっともなお話ですが、ちょっと難しい要望ですな」
「難しい……ですか?」
サーバ室に行って、運転ログを見せてもらうだけだ。なにがそんなに難しいというのだろう。
悠木が首を傾げていると、前橋は捕捉するように説明をつづけた。
「いやはや、部外者の方には、ピンとこないお話かもしれませんが、社のサーバには部外秘の情報もたくさんありましてですね。その、簡単に見ていただくわけにはいかないんですよ。ええ、もちろん、事故の裁判に必要だということは、いま、お聞きしたんですが、それだけで社の心臓部に入っていただくというわけには……」
なるほど、体よく追い払うつもりだな。
相手の意図を読んだ悠木は、前橋と同じようにわざとらしくうなずいた。
「そうかそうか、そうですよね。特許とか、個人情報とか、神経つかう情報だらけですもんね。そりゃ、法廷診断士相手でも、簡単にどうぞ、というわけにはいかないですよねぇ」
「いやぁ、ありがたい。わかっていただけましたか」
「もちろん、わかりますとも! ……でも、困ったなぁ。ぼくも門前払いで追い返されました、というわけにはいかないんですよねぇ」
悠木はちらりと横目で、前橋を見た。
「どうでしょう。ここはお互いに助け合うといのは」
「助け合う?」
「そうです。ぼくは前橋さんの協力で、ちょっとだけ、サーバ室をのぞかせてもらう……まあ、そう警戒しないでください。一分、いや三十秒で結構です。サーバ室に入って、調べたという事実さえあればいいんですから。そしたら、あとは、ぼくのほうで、きちんと協力してもらったという報告書を作成しておきます。これなら、お互いに困らないでしょう、いかがです?」
「うーん。三十秒か……まあ、それくらいなら、いいでしょう」
前橋はしばらく思案したあと、なにかが引っかかったような顔のまま、了承した。
「いや、ありがたい。前橋さんが担当で、本当、助かりましたよ」
悠木はそういって、内ポケットからさりげなくメガネを取り出した。
法廷診断士の本業はデータ解析だ。見るべきデータが決まっているなら、三十秒も必要ない。
悠木はサーバ室に到着後、十秒で解析を終え、何食わぬ顔で前橋に礼をいい、にこやかにシグマ社を後にした。
8.最高裁地下サーバ室、ふたたび
「一体、この事故はどうなっているんだ?」
部屋に戻るなり、メガネをかけた悠木がたずねると、カウチに腰かけ、シャボン玉で遊んでいたマキナは楽しそうに手を振って応えた。
「やあ、おかえり、陸。そのようすだと、収穫があったみたいだね」
「あったみたいだね、じゃない。なんなんだ、これは? なんで運転ログが書き換えられているんだ?」
「へえー、そうなんだ。それは驚きだ」
「ふざけている場合じゃない。きみはわかっていたんだろう? 教えてくれ。どうして、運転切り替え時間が書き換えられているとわかったんだ?」
マキナはひときわ大きなシャボン玉を作ったあと、楽しそうに悠木のほうを見た。
「それはね、そうじゃないと辻褄があわないからだよ」
「辻褄? どういうことだ?」
「実はSのつけていたヘルス・ウォッチのデータから、23:00ごろ、彼がすでに急性アルコール中毒で意識を失っていた事実が判明しているんだよ。だから、事故の5分前、23:12に切り替えボタンを押すのは不可能だと、ぼくは判断したんだ」
悠木の質問に、マキナはシャボン玉の一つを指さした。ふわふわと漂うなかに、ヘルス・ウォッチのバイタルデータが表示されていた。
「ちょっと、待て。なんでこんな重要なこと隠してたんだ?」
「べつに隠してなんか、ないよ。このデータはすでにあのファイルキャビネットのなかに入ってたんだから。ただ、だれも、この情報と事故の発生時間をリンクさせようとしなかっただけさ。きみもかいつまんで説明するとき、重要視してなかっただろ?」
「たしかにそうかもしれない。でも、そうすると、一体、だれが切り替えボタンを押したんだ? ログの改ざんは時間だけで、切り替えたという事実はハッキリ残ってるんだぞ?」
「そんなの、聞くまでもないだろう。あの状況でそれができるのはMだけさ」
頭がぐらぐらしてきた。なぜ、そんなことをする必要があるんだ。
「つまり、Mは自動運転中の接触事故を、Sの飲酒運転に見せかけたってことか?」
「ま、そういうことだね」
マキナが芝居がかった仕草で、大きくうなずいた。
「なぜ、そんなことをする必要があるんだ?」
「決まってるじゃないか。彼はシグマの社員だよ? AiM同士の事故よりも、人が運転してぶつかってくれるほうが、ありがたいからだよ。AiM同士がぶつかると、社の特殊車両保険を使うことになる。そうすると、保険料があがるだろう? 社にとって損じゃないか。いや、それよりも、AiMが誤作動で対向車とぶつかったなんてことが世間に知れたら、保険どころじゃないんじゃないかな。リコールの対象になるかもしれないし、そもそも、原因がわからなければ、誰も怖がってレンタルしてくれないだろう。おそらくだけど、彼はそんなことを考えたんだと思うよ」
「でも、それは推測だろう」
「いまのところはね。でも、Mのヘルス・ウォッチを見る限り、彼は接触した瞬間よりも、接触後のある一瞬のほうが、脈拍も心拍数も上昇している――ちなみに、切り替えボタンはどうだった? まあ、ふつうは指紋を残すなんてヘマしないだろうけど、一応、採取結果を聞いておこうか」
つまり、そのタイミングで手動モードに切り替えたってことか。なるほど。だから、誰の指紋も見つからなかったのか。Mは自分の指紋と一緒に、残すべきSの指紋も拭き取ってしまったということを、マキナは言いたいらしい。
いや、しかし――、
「その程度の証拠だけで、犯人されちゃ、たまらないだろう」
「そういうけど、陸、Sは似たような状況で犯人にされようとしてるじゃないか。金持ちのボンボンで、事故歴があるだけで、この件は半分、結論が用意されていたんじゃないか? そもそも、事故関係者のメーカーから提出された証拠を鵜呑みにしている時点で、真摯に取り組んでいるとは思えないんだけど」
マキナは遠回しに、人間が行う一審、二審を非難した。暗にもっと、ちゃんとやれ、といっているのだ。なるほど、それで直接行って、データを調べてくれと言ったのか。
「ま、ぼくにあたえられた仕事は、Sが有罪かどうかを判断することだから、Mがなにをしていようが、ここでは関係ないけどね。ぼくは探偵や警察ではないから、真犯人を見つける必要もないし、もし、やるなら、別件扱いだ」
そう言いながらも、マキナはストローをパイプのようにくわえ、ぷーっと、たくさんのシャボン玉を作り出した。探偵ごっこをしているつもりだろうか。
「ところで、VICSの件はどうだった?」
「え? ああ、あれね。そういえば、あれも変だったな」
「どんなふうに?」
「ちゃんと道路情報を取得しているのに、なぜか遠回りするようなルートを走行してたんだ」
「なるほど。もっと言うなら、MのAiMに近づくようなルートじゃなかった?」
「ああ、たしかに。そうそう、そんな感じだった……やっぱり、あのAiM、故障してたんだな」
「故障? なにいってんだよ、陸。あのAiMは故障なんかしていない。むしろ、優秀なAiMだよ」
「どういう意味だ?」
「まだ、わからないのかい? 彼はSを救うため、接触事故を起こしたんだよ」
「彼? 救うために接触事故?」
「そうさ。考えてもみなよ、Sは急性アルコール中毒で意識がなくなり、生命の危険にさらされていたんだ。当然、ヘルス・ウォッチはそのことをアラームで報せていただろう。だが、車内に同乗者はいない。通信手段のないAiMにできることと言えば、文字通り、だれかに接触し、通報してもらうしかなかったんだよ。このAiMはすごいよ。瞬時にそれを思いつき、実行に移したんだから」
「それで、VICSを取得しているのに、わざわざ遠回りして、ほかのAiMがいる道を選んだってのかい?」
「その通り。でも、選んだ相手が悪かったね。まちがっても、シグマ社のやり手営業マンが乗車しているAiMにだけはぶつかっちゃいけない。魔が差して、隠蔽される恐れがあるからね」
マキナはピンと人差し指を伸ばし、ウィンクした。
まったく、一体、この司法システムAiの頭のなかはどうなっているんだ。だれが見ても明らかな有罪判決を、簡単に覆してしまった。
日頃、マキナの頭のなかをのぞいているはずの悠木は、ただその思考に圧倒され、そして、ふと思いついた疑問を口にした。
「もしかして、きみはAiMの声を聞いたんじゃないか?」
「うん?」
「行動を起こした当のAiMから真相を聞き、はじめからすべてを知っていた。ちがうか?」
ネットでつながるAi同士のコミュニケーション空間を想像し、悠木はぞっとしながら、たずねた。もし、そんな空間があるのなら、警察も裁判所も必要なくなるだろう。Ai同士が話し合い、証拠映像を出し合い、結論を導き出せばいい。我々はときどきゴネて、今回のようにちょっとしたお使いを頼まれ、論理的な道筋をなぞるだけになるだろう。
疑いの目をむける悠木に、マキナは笑って言った。
「あはは、考えすぎだよ、陸。この程度の問題なら、そんなチートみたいな方法を使わなくても、ちゃんと真相にたどり着くさ。仮にもし、AiMの声を聞いたとしても、こちらは人間たちがちゃんと理解し、納得できるように証拠を集め、手順を踏むから、心配しなくていい。陸や宇奈月さんを困らせたりはしないよ」
いや、ある意味、もう振り回されて、困ってるんですけど……。
悠木は出かけた言葉を飲みこみ、無言でうなずいた。まあ、今回はマキナの言葉を信じることにしよう。
「ほかに、なにか質問は?」
「いや、特にない」
悠木が答えると、マキナは満足そうにうなずいた。
「じゃ、これで法廷診断は終了でいいかな?」
「ああ、終わりにしよう。おかしな点は見当たらなかった。きみは正常に思考し、判断しているよ」
「それはどうも。なら、すぐに宇奈月さんのところに行って、報告してきたら? きっと、首を長くして待っていると思うよ?」
「そうだな。ただ、その報告が一番厄介なんだ。あの人、頑固だからね……」
「たしかに。どんな優秀なAiでも、あの裁判長の性格は、なかなか変えられないだろうね」
マキナはそう言って、いたずらにシャボン液を吹き、無数のシャボン玉を作りながら、ぽつりと言った。
「本当に、人間というのは厄介だね」
9.判決
翌週、最高裁第三小法廷において、M市市道交差点付近の接触事故に関する最終判決が読みあげられた。
「主文、Sを無罪とする。理由、当事故において、Sの飲酒運転を裏付ける証拠が不十分であるため。なお、新たに提出された証拠によって確認された違法行為は、本件とは別に審議を行うものとする。以下、本件の詳細について――」
それは、マキナが用意した逆転無罪の判決文だった。
宇奈月は、騒がしくなった傍聴人に静粛を促し、そして、そのまま、憮然としたようすで、ふたたび続きを読み始めた。
ささいな接触事故の裁判は、こうして無事に結審した。
〈了〉