エルフの少女、エリシア
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「―――――――――――――――――……」
誰かが呼んでいる。
誰だろう……だけど、その声は悲しそうで……そして、どこか懐かしい。
誰の声かは思い出せない……だけどわかるのは、きっとその人は俺の大切な人。
泣くなよ……なんだか、俺まで悲しくなるじゃないか……。
そうして俺は手を伸ばす……いつもと同じように……その泣き虫の涙をいつも通りぬぐってやらなければ……。
◇
ぴとりと……冷たいものに手が触れる。
「……いきなりレディの顔に触れるなんて、ちょっとお行儀が悪いんじゃないかしら?」
目の前には、ローブをかぶった少女……そして俺はそんな少女の顔に、手を触れている。
ちらりと横を見るとそこは先ほどまで俺がドラゴンと死闘(笑)を繰り広げていた森の中であり。
同時に後頭部に感じる柔らかいものの感触。
現在の状況を冷静に分析しよう。
現在彼女が前傾姿勢で俺の顔を覗き込むようにしている。 そして俺は手を伸ばしてその頬に触れている。
ということはだ……これはつまり。
「胸で顔が隠れていない……お前、貧乳か?」
「目覚めて第一声がそれかい……」
「あだっ!?」
硬い大地に頭を放り投げられ落下する。
今更気付いたが、俺はどうやら膝枕をされていたらしい。
これから異世界転生をする人間は気を付けた方がいい、出会った少女に開口一番で貧乳だと指摘してはいけない。
「リューキ様、それはさすがに最低です……」
体を起こしふと隣を見ると、ミユキは困ったような表情をして俺のことを見つめている。
「あたた……いやつい……。 それで、あの後どうなったんだ? 俺たち」
「はい!ものの見事に土砂に巻き込まれた私たちは、気づいて駆けつけてくれた彼女に掘り起こされたのです」
「あー……なるほど……それは悪いことをしたな……えぇと」
「ミトラよ、ミトラ・アルーフェン。 種族はエルフ」
「そうか、よろしくなミトラ……俺はリューキだ」
「変わった名前ね、どういう意味?」
「そうだな、行ってしまえば異国の言葉でドラゴンナイトって意味だ」
「あなたにぴったりの名前ということね、よろしくリューキ……それでそちらは?」
「私はミユキ・サトナカ・レプリカと申します! ええ、何を隠そうミユキサトナカのレプリカでして!」
「ふふっよっぽどおとぎ話のミユキ様が好きな妖精さんなのね」
胸を張るミユキに対して、エリシアは微笑んで小指で頭を撫でる。
しかし。
「へっ!? ち、違います! 私は本物のミユキ様のレプリカで!」
「多いのよね、妖精っておとぎ話に憧れてごっこ遊びをするの。ふふっ、かわいい」
「あぁ、そこは激しく同意しよう」
ミユキはかわいい。
「リューキ様!?同意しないでください! ミユキは妖精ではなくて神様で!」
「そうね……よしよし」
ミトラは聞く耳持たず、ミユキはなすすべもなくなで繰り回される。
「がみ゛ざま゛でぇ~」
うりうりとあごや頭を撫でられるミユキは、必死に抗議するため低音をのどから出すが。
撫でまわされたせいで不思議な声となって漏れるだけであった。
この場合、俺はフォローを入れた方がいいのだろうが。
………残念ながら俺の未熟かつ凡な脳みそでは、この少女が神様であることを証明するに足る証言をすることは出来なさそうなので、沈黙をもってエリシアの勘違いを全面的に肯定することにする。
「まぁ、何はともあれ助かったよエリシア……アンタがいなきゃ俺たちは死んでいた」
「お礼なんていいわよ……それに、むしろお礼をしなきゃいけないのはこっちでしょ……ドラゴンから助けてもらったし……ありがとう」
「助けたも何も、俺はただがけが崩れて落下しただけだ。 なぁミユキ?」
「ええ、今世紀最大の落下事故でしたよあれは、被害者が出なくてよかったです」
ちらりと、死亡したはずのドラゴンさんと目があったような気がしたが俺は何も言わずに話を続ける。
「あれだけのことをして、謙虚なのね……さては職業はナイトね? 妖精を連れたナイトの伝説を聞いたことがあるわ。 緑の服を着てないけど」
「いいえ、ニートです」
「ニート? 外国でのナイトの発音かしら?」
「まぁそんなところだな、常に不動、自らのテリトリーを絶対死守する防衛戦のプロだ」
別名自宅警備特殊部隊NEET
「やっぱりナイトなのね! よかった……」
良かった、という言葉に俺は少し引っ掛かりを覚え、俺はステータスの魔法を起動する……。
結果は黄色……。
警戒されているのか、ステータスは表示されず、名前にはエリシア・フォールンと記されていた。
ミユキも気づいたのか不安げに俺の頭を一度叩いてくるが、俺は口元を一度緩めてミユキの頭を軽くなでる。
「それで、ミトラ、アンタはどうしてドラゴンなんかに襲われてたんだ?」
ピクリと、少女は一瞬俺の言葉に反応をし、見るからに焦る様な仕草を見せる。
「まぁ……それは聞かれちゃうわよね……」
「まぁな、その大荷物に加えて、わざわざ国境を安全に超える方法があるというのに、こんな危険な場所でドラゴンに襲われている。 それに加え、ここにきてまだローブを取ろうとしない。それはつまり、この国を出国するのを見られてはまずい人間だ……この国の情勢はよくわかんねーが、考えられるのは密偵……もしくは」
引きこもり仲間とのTRPGオンラインセッションの妙技がここでいかされるとは。
それともこの女が単純なのか、俺の言葉に少女は心理学のスキルを習得しておらずとも推論が正しいことを告げてくれる。
「そ、そんな!? 私は密偵なんかじゃないわよ!」
「だろうな……ドラゴンから逃げられるタイミングで俺なんかを助けに来たし……何より、密偵にしては嘘が下手すぎる」
「むぐっ!? まるで何もかも見透かしたような言い方ね」
「残念ながらわかるのはこれぐらいと、後ミトラが偽名だってことぐらいだよ。 エリシア」
「!! どーして分かったの!?」
「そこは企業秘密ということで、その代わり、アンタのことは墓までもっていくからそれでいいだろ?」
元々そうするつもりだったし。
「……信用ならないわ」
「それ、お前さんが言うのか?」
「そうね……今自分の馬鹿さ加減に飽きれてるところ……だめね、最近立て込んでて……まともな判断ができないみたい……」
俺はふとエリシアの反応に疑問を覚える。
先ほどから、警戒こそしているが、彼女は俺と友好的な関係を結ぼうとしているし、こうして無防備にも自分の情報を開示している。
「意外だな、てっきり口止めをするために残っていたんだと思ったんだけど」
「違うわよ……人の口に戸は立てられないわ……口止めするなら殺してるわよ」
「できればそちらにはいかない方向でよろしくお願いします」
恐らく、エリシアが本気を出せば俺の命は一分と待たずにそこでひしゃげているドラゴンさんと同じ結末を描くことだろう。
「しないわよ……恩人だし」
まぁそもそも、殺す気ならば俺が寝ているうちにいくらでもできただろうし、ステータス画面も友好的を示す青色に変化をしている。
今更殺される可能性はないので心配はしないのだが……そうなると疑問はさらに深まる。
「それじゃあ何のために残ってたんだ?」
俺の質問に、エリシアは一度沈黙になる。
聞こえていないわけでも無視しているわけでもなく、その表情は何かを悩むように、難しい表情をしており……しばしの沈黙の後。
「……お願いがあって」
エリシアは絞り出すようにつぶやき、そっとかぶっていたローブに手をかけてその顔をさらす。
「お願い?」
金色の髪をポニーテールにして束ねた、イメージしていたよりも少しだけ控えめな長い耳……顔立ちはとても美しく、俺は一瞬にしてその姿に心を奪われる。
「私と一緒に来てほしいの……隣の国……竜王国アルスマグナまで」
それが……俺とエリシアの出会いだった。
◆
【エルフ】 RPGおなじみ、森と共に生き、魔法と共に生きる種族。 長くとがった耳が特徴的であり、他の種族よりも攻撃魔法の扱いに優れる。 心臓のほかに、ハートと呼ばれる魔力を循環させる器官が存在し、多量の魔力を一度に操ることができる。しかしその分心臓は小さく、体力は他の種族よりかは劣ってしまう。 そのハンデを補うために、森に潜み、聴覚や視力といった五感が進化したとされている。
あまいものが好きで、ちょっと傲慢になりやすい。 信奉する女神は【ミユキ・サトナカ】