レッドドラゴン撃破!
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轟音、続いて火柱。
手を開くと同時に、目前から迫る炎をも上回るほど巨大な火柱が上がり、目前の炎と激突する。
衝突する二つの火柱は、互いの中間地点でぶつかり……辺りを焼き尽くしながらも、互いを焼くことはなく均衡状態を生む。
「は、はは……すごいなこれ! すごいけど……こっからどうすんだ?」
相手は竜の吐息を吐き続け、俺もスキルを発動しているが、あくまで吐息だ……互いにこの炎を吐き出し続けるのには限界時間があるのだろう……現に、先ほどまで四方に炎の塊をまき散らしていた衝突部分は、心なしか勢いを落としており、俺の手元からあふれていた熱量が少なくなっていくのを感じる。
何度も連続でスキルを打てるなら、まだ問題はないのかもしれないが……。
ご丁寧に視界右下隅に現れた赤色のステータス画面に【クールタイム残り三十秒】と表示されたことから、これから30秒以内にこのスキルは停止をし、同時に30秒間はこのスキルが使えなくなることが理解できる。
あぁ、確かスキルは使えても身体能力は変わらないと言ってたな……。
そうなれば答えは目の前の火を見るよりも明らかであり、俺は自分の置かれた状況に軽く絶望をする。
このブレスが終了し……肉弾戦へとバトルがシフトした瞬間……丸腰の俺を待っているのはただの蹂躙であろう……こうなれば。
「ご主人様、どうしましょう!」
「……あ、それお前が聞いちゃうんだね」
神様の知恵を拝借しようと言おうとした矢先に俺は事実上の死刑宣告を受け、全身の力が抜けていく。
ヒキニート生活早五年の俺にしては随分と粘ったほうであるが、もはやこの状況は詰みという奴であり、俺の末路はあの太い爪に引き裂かれて終わりだということを理解する。
最後にふと、横目で襲われていたフードの人間を見やると、背を向けて走り出す姿が見える……あの様子なら、おれがここで踏ん張っている間に逃げおおせることができるはずだろう。
「まぁ……ならいっか」
死ぬのは嫌だし痛いのもごめんだが……それも二回目で、開始十分程度であればまだ踏ん切りも突くし未練もない……リセットになるのか、もしかしたらこれで終りとなるのかもしれないが……今度はあの女神さまに憐れまれたとしても、胸をはって人助けをしたと笑い飛ばすことくらいはできるだろう。
なぜなら、これが俺の一度目の人生から数えても生まれて初めての人助けなのだから。
そんなことをふと考えながら……俺はブレスが次第に弱まっていくのをため息を漏らしながら見つめ、その時を待つ……。
と。
〖此の大地に眠る聖霊よ! 偉大なるものがつなげた声に耳を傾けん〗
高い女性の声が響き渡り、俺はふとその声の方向を見る。
そこにいたのは、ふざけたことに先ほどこのドラゴンたちから無事に逃げおおせたはずのフードをかぶった人間だった。
なんだかよくわからないが、格好いい言葉を叫んでいるが……。
「ミユキ!? あれは中二病ですか!?」
「いいえ、魔法です!」
なるほど、逃げたなんてとんでもない……あの魔法使いは、このドラゴンをしとめるために、魔法を放ちやすい場所に移動しただけなのだ……。
あぁ、なんか異世界バトルしてる感じがする。
ん? しかし待てよ?
「お前のご主人様はあんな御大層な前台詞を吐いていなかったと思うんだが」
「それは、お母様がこの世のすべての魔法をつかさどる神様だからですよ! ちなみに!
お母様の方は真正の中二病です! 毎日一時間鏡の前で地獄の業火を手から出す練習をしています!」
「聞きたくなかった!」
抜けたはずの四肢に力が戻り、俺は一歩だけ前に踏み込む。
気合をいれると、ブレスの勢いが心なしか持ち直し、俺は口元を緩める。
その魔法とやらが一体どれだけの威力があるのかはわからないが、あれだけ目立つ位置で飛び出してきたのだ、勝算があるのだろう。
それに、ここで魔法が成功しなければ俺もあの子も死んでしまう……。
さっきも自分に言い聞かせたが自分のポカで誰かが死ぬのだけは御免こうむる!
だが。
「なっ……」
あともう少し……というところで俺と火竜のブレスが途切れ、【クールタイム残り10秒と】
表示がされる。
「……こんなところで!?」
絶体絶命のピンチ……かと思いきや。
【ぐああああ!】
ほぼ同時にブレスの切れたドラゴンは俺に目もくれずに、詠唱をする少女へと視線を移す。
「リューキ様! ドラゴンがあの人を狙っています! ヘイトがあの子に向きました!」
「だけど、あの距離だ……ブレスが無きゃ……」
俺はそう言葉を漏らした瞬間、脳裏に何かがよぎる。
それは、ドラゴンが尾っぽで石を弾き、少女の杖を弾き飛ばす光景。
【スキル・第六感が未来を検知しました! 杖が無ければ魔法は発動できません!】
「それはまずいな! だが!」
ドラゴンが尾を振るった瞬間、俺もそのドラゴンと同じことを思いつく。
取り出すは胸ポケットにしまってあったスマートフォン。
もはや使うことはない現代の名残……。本当ならアーティーファクトとして売りさばいたり有効活用するのが異世界転生としては正しい使い方なんだろうが……。
生憎スマホを使えるようにしてくれとは神様に頼まなかったしな。
「なんとも原始的な活用方法だけどしかたねぇ……」
人気動画サイトもこもこ動画だったら、きっとコメント欄に。
もっと、異世界転生もの小説の主人公見習って、どうぞ。
とかコメントが書かれていそうなほど無様な使い方だが……知ったことか。
これが俺の異世界転生だ!
「さよならだ! 現実世界ぃ!」
ステータスを開き、【狙撃】のコマンドを握りつぶしたのちに、俺はそのスマートフォンをドラゴンの尾で弾き飛ばされた小石に向かって放る。
【承認・狙撃……グラップ終了】
〖我が道を阻むものに強大なる力を示し――!!? きゃっ!〗
―――ガイン――
という音が響き渡り、俺の無駄に高性能なタブレット端末が音を立てて砕ける音が響き渡る。
さよなら、ガチャ課金……30万円……。
【ヒット!! さすがですご主人様! 杖は無事です!】
ミユキの称賛の声を聴きながら、俺は少し口元を緩め。
フードをかぶった少女に視線を送る。
(お願いします早くなんとかして!!)
声にこそ出さなかったが……俺は懇願をする瞳をもって少女に助けを求めたのだった。
◇ ◆
その時……英雄は少女の瞳を見た。
見事なまでの狙撃の技術……ドラゴンの息吹を片腕で止めるだけでも破格の異形であるというのに、飛ばされた石のつぶてを投擲により打ち落とした正確さ。
そのどれもが美しく、素晴らしく……少女はドラゴンではなく、その男を凝視してしまう。
男は何かを訴える様な目で少女を見ている。
その眼光は鋭く、少女はその真意をくみ取る。
「とどめは譲ってやるって目をしてるわね……」
少女は少し不貞腐れる様な言葉を発するが、しかし心の中では興奮が冷めやらない。
あれほどまでに華麗な英雄伝説。
大岩にて竜を倒し、ブレスを手でいなし……放たれるつぶてを迎撃する。
力強く、豪胆でありながら……針の穴を通すような技を持つ、まさに英雄ダンカの化身。
そんな男の伝説に、自らが最後の華を飾るのだ。
失敗は許されず、無様な魔法はなおの事許されない。
少女は自らの唇を少し嚙み、詠唱を二小節付け足してドラゴンを掌握する。
〖今ここに愚者を掌握せん!! 我らの傍らには大英雄あり、一片の敗北の可能性なし!! 応えよ!〗
振りかざした杖にて大地を叩き、森に声を響かせる。
魔力は声になり、その声は森を突き動かす。
大地が揺れ、森が震え……そのあたりの地形がうねり、動き始める。
【があぁ!?】
ドラゴンは知っている。
偉大なる彼らが恐れる、エルフが持つ古代魔法……森を操り、誇り高き竜の羽ばたく翼でさえも引きちぎる……大地の巨人。
ドラゴンは、自らの第六感を発動させ、すかさず天へと舞い上がる。
だが……もはや間に合わない。
【G・G!!(ジャイアントグラップ)】
伸びる腕は巨神の腕
天高く飛び上がる巨竜は、その逃走間に合わず……土により創成された巨腕と五指により。
【ガ――――】
文字通り握りつぶされた。
「……ふふふっ、 グッドゲーム!」
◇
「G・G!!」
正直、目前で起きたことが何もわからなかった……。
足元をがふらつき、気が付けば巨大な手が現れて目前のドラゴンを握りつぶしていた。
「ナニコレすごい」
「最上級の古代魔法ですよーリューキ様―」
その状況を俺の頭の上にとまりながらミユキは解説をしてくれる。
「なるほどわからん」
とりあえず魔法であるということは分かったが……すごいな魔法、こんなことまでできてしまうのか……。
ドラゴンは腕の中で暴れる素振りすら見せない。
どうやら一撃で首を折られたらしく……手のひらからだらんと力なく垂れ下がった尾から、
青色の血がたらたらと流れ落ちていく。
「異世界……やべぇ」
俺はそう一人目前で行われている光景に一人驚愕のため息をもらし、静寂に包まれた森の中、命が助かったことに感謝しつつその場にどっかりと腰を下ろす。
「リューキ様!?」
「いや流石に腰が抜けたよ……二百メートル以上のひもなしバンジージャンプに続けていきなりドラゴンとの対決だからな……腰どころかきっと横隔膜辺りまで抜けてそうだ」
「それでも生きてます! リューキ様の機転のおかげで、あの少女にも怪我はなかったですよ!」
「そうか、それはよかった」
俺は一人苦笑を漏らして、少女が魔法を放った場所を見つめる。
少し離れた小高い崖の上、先ほどまで高らかに杖を振るっていた勇ましいローブ姿の人間はすでにおらず、俺はすでに旅立ってしまったのだと悟る。
「せめて助けてもらったお礼ぐらいはしたかったですけど……急いでたんですかね?」
「まぁそうだろうな……なんとなくだが、わけありみたいだし」
「訳ありですか?」
俺はそこで口を閉じる……助けてもらった少女への恩をあだで返すのも忍びない。
話題を変えよう。
「……それよりも、テルモピュリーはここからでも行けるのか?」
「え? あぁはい! 大丈夫ですよ! もうこの森の脅威となる魔物は消えましたからね。
このドラゴンさえいなければ道のりは平たんです! 結果オーライって奴ですね」
にこにこと笑うミユキに、俺はひとつ頭を撫でてゆっくりと立ち上がる。
「うっし。なんだか死にかけたが、それじゃ当初の予定通り……」
テルモピュリーに向かおう……そう言いかけた瞬間……。
ガラリ……。
「ガラリ?」
何かが崩れる様な音がし、俺は不意に頭上を見上げる。
「あ、リューキ様……なんか嫌な予感します」
「奇遇だな……俺もだ」
上を見上げると、先ほど少女が作り上げた巨大な腕には大きなヒビが入っており、同時にパラパラと小さな小石や砂が降ってくる。
「……あ、やっば」
逃げなければという判断が脳裏を掠めるのと同時に……。
巨腕は音を立てて崩れ落ち……まるでここまで頑張って生き延びた俺たちをあざ笑うかのように、岩と泥の塊でできた雪崩は俺たちをその大口にて飲み込むのであった。
【ドラゴン】:竜:龍。 この世界で最も気高く、神と相対しながら神に近いとされる種族。炎を吐き、その爪はアダマンタイトでさえも切り裂き、巨竜種は第8階位魔法(レベル8)までの下位魔法を完全にレジストをする。(一部例外在り) 鱗、牙、爪、炎袋、肉すべてが高級品であり、巨竜種を単身で倒したものはたいていは伝説に残る、もしくは伝説に残る人物となる。
その強さにより孤高で気高く人にはなつかないとされるが、竜王国・アルスマグナの五英雄が一人、竜騎士ラバハキアは、その特殊スキルで竜を操ったとされている。