開かれたダンジョン
【まっくらやみだ!】
「大きい……です」
「……綺麗……」
そこにあったのは、何かの神殿にも似た石造りの建築物……そしてそこに至るまでのレンガ造りの通路を守護するように建てられた、様々なポージングを取る人型の石像。
異世界の建築様式の名前など知らないが、現実の建築様式で例えるならば、古代ウルクやエジプトの遺跡に、ギリシャの芸術的な彫刻をマッチングさせたような建築物と空間が目の前に広がっている。
まるでずっとそこにあり続け、時が止まっているかのように……。
風化することなく、威風堂々と俺たちの前にそびえたっている。
3Dグラフィック、VR、そんなものとは比べるべくもない……。
現実では触れることもかなわない……ダンジョンという名の神秘が、俺たちの目の前に確かに存在しているのだ。
「すげえ」
涙を押さえるだけで精いっぱいだ。
憧れ、そしてありえないものと割り切ってしまった世界。
奇跡も神秘もあればいいと願いながらも、そんなものは存在しないと理解してしまった前の人生。
そんなくだらない世界ではありえなかった本物の神秘。
それに触れ合い、覚えた心の高揚を感動と呼ばずに何と呼ぼう。
「門番は……見たところいないみたいね。 彫刻も魔力を感じられないし……ガーゴイルでも無さそう」
「ただ、神殿というわけでもなさそうですよ。 ものすごい魔力が渦巻いています」
「ええ、感じているわ」
「そうか? 俺にはさっぱりだが……」
そんな俺の感動などつゆ知らず、俺などお構いなしに石像やあたりを調べるミユキとエリシア。
そんな二人に対し俺は涙をぬぐい、後を追いかける。
辺りを見回すと、きらきらと光り輝く透き通った水が、いたるところから湧き出ており、灰色の石で作られたその神殿と彫刻を色鮮やかに彩っている。
「きれいだな」
こんなところに魔王の心臓があるというのは嘘のようだ。
「そうね」
彫刻に注意を払いながら、俺たちは石畳を歩いていく。
当然、足元にトラップがないかは細心の注意を払いながら歩きはしたのだが。
あっさり、というか拍子抜けしてしまうほど簡単にダンジョンの入り口に到着してしまう。
「……ここまでは順調ね……この調子で中もすんなりいってくれればうれしいけど」
「それは難しいだろうな」
「ですよねー」
エリシアは俺の言葉に苦笑を漏らすと、神を後ろで一つに束ね、扉に手を伸ばす。
「……魔法的な物は何もない。 いたって原始的な構造ね……ただ……無理やりこじ開けるのは無理みたい」
「だろうな」
エリシアの判断に俺も一応扉を触ってみるが、空間に固定されているかのようにピクリとも動かない。
「まぁでも、ここにご丁寧に鍵穴もありますし~」
薄暗く、扉が黒色であったせいで良く見えなかったが、ミユキが指をさす場所にランタンの灯りを当てて覗き込むと、鋼鉄製の扉には小さな鍵穴の様なものがあることに気が付く。
「鍵穴……というと」
「えぇ……よかった……」
心から絞り出されるような声が響き、安堵が伝わってくるかのようだ。
「どうやらあたりみたいですねぇ! さぁさぁ! 魅惑のダンジョンの世界へレッツゴーです! 何、ご心配なさる必要はございません! どんなダンジョンも、ミユキにお任せです!」
「ちょっ!? ミユキ叩かないで! 手元が震えちゃう!」
つい先ほど、人に落ち着けとなじった奴とは思えないほどミユキは興奮し、ぺしぺしとエリシアの肩を叩いて鍵を開けるように催促をする。
お任せとは言っているが……正直あの騒がしい性格があだにならないことを祈るばかりだが……どちらにせよ俺はミユキという相棒がいなければミユキ以上に役にたたないため、何も言うことなく、エリシアがカギを開けるのを静かに待つ。
「何をしているのですかエリシアさん! 冒険が、ダンジョンが私たちを待っているのですよ」
「だ――!? 腕にしがみ付かないでミユキ! 魔力で興奮してるのはわかるけど鍵穴に鍵が刺さらないのよ!」
「何をもたもたしているのですか!? 緊張ですか!」
「物理的な妨害よ!」
「何それ怖い! やはりダンジョンは神秘ですね! こうなったら私が! 私が代わりに鍵を開けてしんぜ……」
「何やってるんだお前は……」
まるでかじりつくように興奮してエリシアの腕にしがみ付くミユキを俺はなんとなくつまみ上げる。
「はなっ!? 離してくださいリューキ様! だん、ダンジョンが! 離せぇ!」
バタバタと両手を振り回して暴れるミユキ。
完全に放送事故である。
「……一体どうしたってんだ?」
「妖精は魔力の濃度でテンションが変わるのよ……ミユキはとても賢い子だからわからなかったけど、これだけ濃い魔力で当てられちゃったのね……とりあえず……」
そう言うと、エリシアは苦笑を漏らし、ポーチから一枚の錠剤のようなものを取り出すと。
爪で割って欠片を作り。
「直指溜飲垂腸拳!」
彼女の刺突は人間には捕らえられない、それぐらいの速度で。
「はぐぅ!?」
暴れるミユキの口にその薬を突っ込む。
「ミユキいいぃ!?」
「安心しなさい、薬を飲んだだけよ」
「いやいや!? こんなちっちゃな口にお前の指二本入ってたけど!?」
「大丈夫よ、妖精の体は柔軟だから」
「関係ないよね!? というか何飲ませたんだエリシア!」
「体内の魔力を調整する薬よ、悪い物じゃないわ……私みたいなエルフも
こういう魔力が集中する場所では気分が悪くなったりするから常備しておくの。 即効性があって、さらに人体に有害なものが含まれていない。 だからほら見て」
ぐったりとしていたミユキだったが、気が付けばすでに目を覚ましている。
確かに怪我もなさそうで……。
「……仁とは和をもって義を尊ぶべし……です」
「何か悟りみたいなもの開いちゃってるんですけど」
そして心なしか顔がごつくなっているような。 眉毛、そんなに太かったでしたっけ?
「真面目なミユキには効果がありすぎたみたいね……でもしばらくしたら薬が体になじんで、すぐに元のミユキにもどるわ」
頼むからその言葉が嘘ではないことを願いたい。
「まぁとりあえず……静かになったから……開けるわよ」
俺はとりあえずつまみ上げたミユキを頭の上に乗せる。
「激流を制するのは静水……です」
なにやら難しい言葉が頭の上で繰り広げられているが、俺は無視をしてエリシアがカギを開けるのを見つめ続ける。
「……開けるわよ」
「……ああ」
「ナギィ……」
エリシアの言葉に、俺は短く頷き、一歩離れる。
なんとなくエリシアがそれを望んだような気がしたから。
「……おかあさん……」
緊張した面持ちで一つつぶやいた言葉は、静寂に包まれたこの大空洞の中で大げさに響き渡る。
そんな音に……そのカギが、一体エリシアにとってどんなものなのかという想像が、俺の頭の中を一瞬駆け巡りそうになるが。
そんな無粋な考えを俺は無理やりシャットダウンする。
胸元から現れる、首にかけられた銀色の鍵。
古く、錆だらけではあるが……重厚感があり、それでいて何か不思議な感覚を覚えさせ……エリシアは鍵穴の前で一度手を止めた後。
一つ呼吸を置いて鍵穴に鍵を一気に差し込み。
―――――――――――――カチリ。
回す。
大仰な重低音が響くわけでも、ファンファーレが鳴り響くでもなく。
ただ単調に、例えるならば自宅の鍵を帰宅したときに差し込みまわした時のような。
さも当たり前……と言いたげな小さなカギの開く音が一度響き。
「っきゃっ!?」
思い出したかのように地響きが起こり、ダインジョンの扉が獲物を誘い込むかのように大口を開く。
「これは」
まるで生き物のように脈動するダンジョン。
苦楽、一寸先も見ることのできないその闇に対し、その場にいた誰もが気づく。
夢と希望?
そんなものこの大穴には存在しない。
ただ暗く、深い……深淵が、死が……生者を、悲鳴を、絶望する様を楽しもうと、薄気味悪く闇の中で笑っている。
―――今すぐ引き返せ――
知識ではない、本能が俺を襲う。
今すぐ引き返そう、こんなところに足を踏み入れたら、生きて帰れない。
ただの、何の力もないニートが、ゲームの知識だけで来ていいような場所じゃない……今からでもエリシアを説得して……。
「リューキ……」
ふと、不安げな声と同時に、ひんやりとしたものが俺の服の裾を掴む。
その手はエリシアの手だ。
小さく、細く……それが小刻みに震えている。
「……」
彼女の恐怖を非難することはできない。
彼女はこうして踏みとどまったが、俺は逃げ出そうとした。
こんなにも小さくて、か弱い少女でさえ……女に懸命に前に進もうとしているのに。
俺なんかを頼りにしてくれているのだ。
「……エリシア、大丈夫だ……行こう」
道具入れにあった、小さなたいまつを一つ俺は手に取り、ランタンの火を移し……その深淵の階段に放る。
からからと音をたてながら、たいまつは階段を転がり落ち……そしてしばらく転がったのち、床のような場所で落下を止める。
「火が燃え続けているということは……空気は大丈夫そうだな……ガスとかそういうのはわからないが」
「……ある程度なら、魔法でカバーできるわ……中毒症状も毒消しで中和できるはず」
「それは何より」
煌煌と燃える火は、これから降りる階段を照らし、安全であることを教えてくれる。
「道は大丈夫そうだ」
「ええ、行きましょうリューキ様」




