43. ため息がこぼれました!
「なんだこれ?」
やっと辿り着いた5年生寮のすぐ横に、うす汚れた石碑と思われる物がぽつんと佇んでいた。
(――く―――した――――合格とし―――との――――許可―――ギルド長――――)
暗がりの中、目を凝らして見てみるが所々傷んでいてよく読めない。
こんな所で忘れ去られた様にある石碑に何が書いてあるのか興味が湧き、石碑に付いている苔や土を払う為掌を伸ばすと、ボンヤリと石碑が光り始めた。罠かと思いとっさに掌を引っ込めるが、すぐに光を失い元の石碑に戻ってゆく。
「ふぅーっ、すぐに発動する罠の類じゃなさそうだな。気にはなるけど、触らない方が良さそうだな。こんな所であまり時間を掛けてたらレプト先輩の機嫌が悪くなりそうだし、さっさっと向うか。」
5年生寮の側面から裏側をこっそりと覗き見る。裏側に人影は無いが流石に消灯時間前と言う事もあり、まだ明りの灯っている部屋が多い。上空からポンポンと行ければ速いのにと肩を落とすが、時間帯的に見つかる可能性が高い。もう目立たない様にしなくても良いという許可が下りたとはいえ、5コーの女子フロアに忍び込む為に力を使い、ましてやそれを見つかって有名になんてなりたくない・・・。
5コ―の学生会長であるレプト先輩にも迷惑が掛かるだろうし、やはりリスクは少ないに越した事は無い。もう一度寮の裏側を良く観察する・・・視線を上げると寮が妙な造りになっている事に気が付いた。
3階の奥、数部屋だけベランダでもあるのか、外側に向け一部屋位の大きさで張り出している。
「あれは建物の強度的に大丈夫なのか? まぁ、今はそんな事どうでも良いか。とりあえず、あそこがゴールって事で良いよな? とりあえず、あそこに行くためのルートを確定させないと。」
先程まで罠の敷き詰められた林の中に居た事が身に染みて、まず安全確認の為足元に転がっている石を数個拾い、寮の裏に投げてみる。
―――ガサッ。
・・・物質に対しての罠は無いか、部屋から外に何か落としてしまった時に、寮の裏側へ取りに来たら罠が発動しましたなんて洒落にならないからな・・・。いやいや待て待て、先程のトラップの数々を考えると安心するのはまだ早いな。
次に魔法に対して反応する罠を確認する為、そよ風程度の風を発生させる。
ざわざわと草木が揺れる程度で、特にこれと言って罠が発動している様には見えない。
「よし、大丈夫そうだな。」
モタモタ移動していては窓から気付かれてしまう可能性がある。風を切り、一気に寮の端まで駆け抜ける。
反対の端からは薄暗くて気付かなかったが、三階の不自然に飛びだしている部屋から壁の出っ張りが下まで続いている。
コンコン―――
飛び出している壁を軽くノックする。中は空洞か? いや、雨水管かな? 確かにあれだけの面積があるんだ雨水も溜まるだろう。色々とあったが、ここを駆け上がればゴールだ。
側面を上がれば早いが、それでは広場から見えてしまう可能性がある為、あえて裏側の端ギリギリを上がる事にする。
膝を大きく曲げ両足に魔力込めて垂直に飛び、最高点に到達した所で壁に足を掛けグッと踏ん張る。爪先に魔力で細かい棘を発現させ、滑らずに踏ん張りが効く様にする。そこから二歩、三歩と上方へ飛ぶ。傍から見れば重力に逆らって壁を駈け上がる酷く不自然な動きに見えるだろう。
ねずみ返しの様に突き出した部屋が目の前に差し迫った所で、寮の側面に出る。
すぐさま広場と側面の壁を確認する。広場からこちらを見ている者は居ない。突き出た部屋の下方側面にちょうど指が掛かりそうな直線の溝が這っているのが目に留まる。
「この付き出した部屋の天井が空いていれば、あそこに指を掛けもう一歩で中に入れるはず!」
ガシッと溝に指を掛けた瞬間―――
ビ――ッ!ビ――ッ!ビ――ッ!
けたたましいサイレン音が鳴り響き、空が赤く点滅している。
不意を衝かれビクッと一瞬体が跳ねる。その一瞬が判断を鈍らせた。気が付いた時には、くぼんでいたはずの溝が中から迫り出し平らな壁に戻っている。
「くそっ! ここまで来て罠かよ!」
風魔法で足場を作り空中を蹴り上へ――――パチンッ。
魔法は発動したはずだが・・・掻き消された? 何に!? 辺りを見渡すが月明りだけではよく確認出来ない。
「もう一度!」
パチン―――。魔法で相殺されているのか!?
〈〈主君、差し出がましい様ですが、音に騙されてはなりません。魔法等で打ち消されている訳ではありません。魔法発動と同時に何かに魔力が吸われております。〉〉
「ん? そうなのか? ナル、助かったよ!」
魔力操作には自信があったはずなのに、とっさの時にはそこまで気が回っていなかった。
また、八雷に助けられてしまったなと情けなく思いつつ、風魔法を再び発動する。
吸われているなら、吸われる速度以上の魔力で魔法を使えば良いんだろ!
「空統べる翡翠の翼」
魔力を惜しみなく使用し、風魔法により羽の一枚一枚を形成し翼とする魔法。その羽の折り重なった翼は魔力の無い者でも見てとれるほど綺麗な輝く翡翠色を纏う。
魔力が吸われパラパラと羽が端から消えてゆくが、一回の羽ばたきで一気に突き出た部屋の上方まで飛ぶのは容易かった。
突き出した部屋の上空へたどり着くと、視界が白く覆われる。
「煙幕か?・・・いや、これは湯気? え? お風呂?」
湯気の立ち昇る水たまりの傍へフワリと降り立った。
―――ガチャガチャガチャ!
乱暴に室内からこちら側への扉が開け放たれる。
ドボンッ!!
扉の解放とほぼ同時に温かい液体に包まれる。目的地に辿り着いた安堵からか、情けない事に扉が開けられる事に気付いてはいたのに、反応スピードが遅れていた。完全に平和ボケなのだろう、今日の夜だけで反省するべき点がかなり積み重なってしまった・・・。
「もう、セイ君おっそーい!」
水中から顔を出した途端、聞きなれた声が耳に飛び込んでくる。どうやらレプト先輩の部屋で間違いないようなのだけど、制服はびしょしびょサイレンは鳴りやまない、広場が騒いでいるのもここから聞き取れる。さて、何から話したものか・・・。聞きたい事や言いたい事が沢山あるけど、一先ずここは何て言えば正解なのだろう。
「た、ただいま・・・おねぇちゃん。」
考えた結果出た言葉がこれだ。
レプト先輩はとろけそうな恍惚の表情を浮かべ言葉を返す。
「おかえりなさい、セイ君。」
レプト先輩に柔らかく抱きしめられる。
とりあえずレプト先輩に掛ける言葉は正解したけど、この状況どうしものかな・・・。
赤く点滅する空を見上げ、また停学かな? と深いため息が零れた。




