4. 怒りました!
「・・・めろ。」
「なんだ? ガキ、何か言ったか? 全然聞えねーぞ?」
「・・・止めろ。」
「大人の事情に、口を出してんじゃねーぞ、ガキ。」
こちらを見下し、ナキアがアスタの首にしゃぶり付き、大きな手がアスタの綺麗な太ももを撫でる。
その光景に怒りと悲しみで目の前がグラグラと大きく揺れ、脳が揺さぶられた様に、フラフラする。
視点が上手く定まらない、アスタに拾われてからすっかり忘れていた怒り、いや、怒りでは収まらない憤怒、それ以上の激憤、抑えられない感情が溢れ出す。
「アスタから、離れろ―っ!」
ありったけの声で叫ぶ。
「うっせーな、ガキ、黙ってろよ。」
ナキアがこちらに向け、指をピンッと弾く。
強い衝撃が僕の頭を打ち抜き、一瞬頭が後ろに弾き飛ばされるが、倒れない様に一歩足を後ろに引き、仰け反った身体を起こす。
攻撃された・・・、アスタは嫌がっている・・・、もう、目の前の男は敵としか認識できなくなり、ボソッと呟く。
「・・・殺してやる。」
全力で目の前の敵を倒す、その為の方法は知っている・・・。
両手に魔力を込め、右手で左手の、左手で右手の手首を掴む。
「天の封印、地の封印、・・・。」
「何ブツブツ言ってんだ、気色の悪い、ガキだな。」
アスタの絡んでいたナキアの姿がフッと消え、僕の前に姿を現す。
ナキアの蹴りが、僕の顔面を捉える。
口の中が切れ、血の味がする。痛みはあるが、怒りに身を委ねている為かダメージは感じない。
「我、憤怒を以て天の封を解き、滅殺が為地の封を解かん・・・。」
アスタに掛けられた、この封印を解くのは初めてだった。
「セイ、お前の魔力量は高いから、もう少し力の制御を覚えるまで封印をするからな・・・。どれだけ良いモノを持っていても、使い方を知らなければ毒にもなる。大丈夫、セイならきっと使えるようになる。」
昔アスタに言われた言葉が脳内で再生される。
開封の詠唱を言霊に乗せ言い放つ。魔力と言う目に見えない力の根源それが今、目視出来る程僕を中心に渦を巻いている。
「おいアスタ、これはなんだっ! この魔力は!」
ナキアの顔に焦りが出る。
人との戦争において百戦錬磨の大将軍が、気押さる。
アスタの口元が緩む。
「くっ、くくくっ。」
顔を下に向け、歓喜の感情を押し殺すアスタ。
膨大な魔力は、さまざまな物に干渉する。
「・・・離れろ。」
魔法で無くとも魔力を込めた言葉は力を持ち、ナキアの体が弾かれる。
「痛っ・・・。」
ナキアが弾かれた感想を言うが早いか、僕の拳により視界が回転するのが早いか、言魂によって弾かれた次の瞬間には、鈍い音と共にナキア頬に激痛が走り、自分が回りながら殴り飛ばされた事に気付く。
「普通の奴なら、今ので5回は死んでるぞ。」
仰向けに倒れたナキアが膝を付く事無く、上半身からヌルリと気持ちの悪い起き上がる。
首が変な方向に、捻じれているのを、ゴキゴキと音を立て、頭を廻し元の位置に戻す。
ナキアと僕は向かい合いゆっくりと歩を進める。ガンッっと鈍い音と共に拳と拳がぶつかり、ナキアの拳が押し負け、右手が後方に弾かれる。
ナキアの動きが酷く遅く感じる。相手の動きを見てからの反応でも全く問題にならない程。
鋭い手刀による貫手、当たれば巨木ですら簡単に薙倒すであろう蹴りも、受けるまでも無く最小の動きで躱し捌き、間合いを詰めていく。
「このままだと押し負けるか・・・。」
ジリジリと後退していたナキアが後退を止め構え直す。
「・・・魔化。」
言葉を発するとナキアの身体がボコボコと異常な膨らみをみせ2回り程大きくなる。肌は褐色からドス黒くなり角が伸びる、歪な4枚の羽を背から生やしこちらを睨む。
「ここまでやったんだ、冗談じゃ済まされねーぞ、ガキが。」
タダで済まさないのは僕も同じだ。掛ける情も既に頭には無い。
「・・・殺す。」
羽の羽ばたきで少し浮いた状態から、低空飛行でナキアが突っ込んで来る。
ナキアの拳が、高速で俺に襲いかかる。
構えた僕のガードを弾いたのを皮切りに、乱打に次ぐ乱打を打ち込むナキア。僕は腕を前に交差させ防御の態勢で受ける。ナキアの勢いに、地面にめり込んだ足が、土をめくり上げながら、後退させられる。
「どうしたクソガキ! さっきの勢いはどこへ行ったんだ!? あぁっ!」
傍から見れば、防戦一方のピンチな状態だろうが、残念ながら僕は全くダメージを受けていない。
ナキアが連打を打ち込んでいるが、俺の周りに漂う魔力層に受け止められている、一撃、一撃にしっかりと魔力を込めた燃費の悪い攻撃ならば、多少ダメージが入るだろうが、あれほどやられたにも関わらず、未だ俺を見下しているナキアには無理な注文だろう。
大きく拳を振りかぶり、俺の防御を抉じ開けに来るナキア。だが、ナキアの拳は防御を抉じ開けるに至らない。いや、防御にすら当たらない。
僕は防御していた腕を解除し、ナキアが力を込めた大振りの腕を取りに行く。大振りが故、多少スピードが上がった所で軌道が分かり易い事には変わりない。ナキアの腕を掴むと勢いを殺さず、地面に叩きつける。
地面にクレーターを作り、その中心に横たわるナキアに向け、手を翳し口を開く。
アスタが誉めてくれたこの魔法でこいつを消し去ろう・・・。
「煉獄・火之夜藝」
「・・・詠唱無し!? 古式だと!?」
言葉を聞いたナキアが、土中で防御障壁を全力で展開する。ナキアを中心に魔力の層が2重、3重と重ね掛けされる。
俺の目の前に、巨大という言葉もおこがましい、美麗な紅蓮の火柱が天を突く様に立ち上る。
どれ位の時間が経っただろう、火柱が収まり辺りを包んでいた高熱が徐々に引いてゆく。
火柱が上がっていた場所はプスプスと大地から煙を上げている。中心部は熱が冷めきらずまだ地面が赤い。
ボコッと地面が盛り上がり、ナキアが地面から這い出る。
「一瞬、いや、コンマ一秒遅かったら、危なかった・・・。古式魔法とは恐れ入る、あれを使える程の、魔力保持者が、まだ居るとはな。」
古式魔法・煉獄の一つ火之夜藝―――。派手な見た目からすれば、対象物を高温で焼き尽くすというイメージが湧きそうだが、実際はもっとエグイ。この魔法を受けた対象は内側から、正確には対象物を自ら燃える物にする魔法、燃える部分が全て無くなるまで、燃焼し続ける。
全力の防御障壁を連続で展開し続けたと言えど、完全には防ぎきれず身体から煙を出すナキア。
消滅させたと思った、いや、消滅させるつもりで撃ったのだが、俺の目の前に忌むべき敵がまだ立っている。奥歯をギリギリと噛み締め、次の魔法を発動させる準備に入る。
「アレを使って尚、魔力が上がるのか・・・。バケモノめ。」
「アスタを汚したお前を、僕は絶対に許さない・・・、次は無い、影も残さず、消し去ってやる。」
怒りが抑えられず、ブチブチと至る所で毛細血管が切れるのが分かる。眼球が徐々に赤く染まり、魔力の質が変わる。
「滅・・・・。」
魔法を発動させようとしたその刹那、視界が暗闇に包まれた。