2. 拾われました!
「大丈夫か? ガキ。」
見た事が無い異形、人の容をしているが目が光り、羽が生えている。
「あっ・・・う・・・。」
僕は尻もちを突いたまま、後退りする。
「助けてやったと言うのに、失礼なガキだな。」
コツコツと僕に近づき顔を寄せる。
怖い、怖くて仕方ないがとても良い匂いがした。初めて嗅ぐ匂い。
今、村で起こっている事、自分が置かれている立場を忘れる位に俺の脳を刺激した。
クンクン、クンクン。
顔を寄せた異形が、僕の匂いを嗅ぐ。
「驚いたな、こんな所にこれ程の・・・。とんだ拾い物をしたかもしれないな。」
緩んだ口元から、牙が覗く。
「おい、ガキ、あれが憎いか?」
細い指に、長く尖った爪の指す方向を見る。
焼けた村、村人を蹂躙するモンスターが視界に映り、一気に現実に引き戻らされる。
「・・・くい」
「ん?」
「憎いっ!」
その時どんな顔をしていたのか・・・、きっと酷く歪んでいたと思う。
「そうか。」
異形は、僕の服を掴むと、ヒョイと片腕に乗せ、こう言った。
「いいかガキ、感知してみたが村の生存者はお前以外居ない、アレが憎ければ私の言うとおりに言え。」
腕に乗った時に態勢を崩し、大きく開いた胸元に手を突き気付いた。
柔らかく、大きな物が胸元に付いている。とてもフワフワしていた。
「フフッ、なんだ、私の胸が気入ったのか? 上手に出来たら好きにしていいぞ。いいか、お前が使う最初の魔法だ、景気良くぶちかませ。」
僕は、大きく頷き、異形の言葉に続く。
「真紅の呪い・・・。」
一言で体中の血液が沸騰した様な感覚に苛まれるが、言葉は続く。
「全てを滅し、全てを消し去る、極界の炎、我、汝の力以て、煉獄を創造する。」
耳元で異形の女が叫ぶ。
「いっけ―――――!」
「滅融爐っっっ!!!!」
両目と口から真紅の光が溢れるのが、自分でも分かった。
呪文の詠唱が終わると同時に、眼前に巨大な魔法陣が現れ、全てを燃やし消し去る。
「ひゅ~ぅ、こんなメトロ見た事無いぞ。」
上機嫌な、異形の女は俺に頬ずりする。
俺は体中の力を抜きとられた様な、脱力感に襲われ、大きな胸に倒れ込んだ。
この瞬間、僕は両親と生まれた育った故郷を無くし、地獄への片道切符を手に入れた。
目を開けると、広い部屋の大きなベッドに居た。
辺りには誰も居ない・・・。静かすぎる事に、急に不安が僕を襲う。
「おかーさん・・・、おとーさん・・・、うっ、うっ、うわーん!」
感情の高ぶりに、魔力を放出する事を覚えた身体が共鳴し、空間を震わせる。
「何事だっ!」
知らない怖い顔の人が大きな声を出し、ゾロゾロと部屋に入って来る。
それを見たぼくは、不安に恐怖を上乗せし更に号泣する。
「な、何て、魔力量だ・・・。我らでは近づくことすらままならんぞ、アスタ様を御呼びしろ! このままでは、城が傾くぞっ!」
「騒がしいなぁ、どうしたって言うんだ。」
騒動を聞きつけ、蒼い肌の綺麗な女性が姿を現す。
「アスタ様っ、どうしたではありません! 先日拾ってきた人間の子供が、城を崩壊させ掛けております。」
「うんうん、流石私が見込んだ男じゃないか。お前達は良い、下がっておけ。」
「しかし、アスタ様っ。」
あっちに行けと、手をヒラヒラさせる。
「お前達の顔が怖いんだろ? これ以上刺激するな。」
最初に入って来た怖い顔の男達が、肩を落とし部屋を出て行く。
コツコツと、聞き覚えのある足音と共に、蒼い肌の綺麗な女が近づいて来る。
「どうした?」
優しい声が俺の耳に届く。それに、知っている香り。
細い指の綺麗な手が、ぼくの頭を撫でる。
「おかーさんと、おとーさん、・・・どこ?」
「もう居ない。」
キッパリと言い切られる。
分かっていた、分かっていたが、あれは夢だったのではないかと、僅かな希望を持っていた。
だが、見事に希望は打ち砕かれた。
ジワリと、瞳の奥にまた、熱い物が込み上げて来る。
「泣かなくて良い、今日から私がお前を育ててやる。」
蒼い肌の女性が僕を優しく抱き締める。
柔らかくて良い匂いがする、匂いを嗅いでる内に少し気持ちが落ち着いてくる。
「お前、名は?」
「・・・セイ。」
「私は、アスタ=ロテだ。」
「・・・アスタ?」
蒼い肌の綺麗な女性はニッコリと微笑む。
「そうだった、セイ、上手く魔法が使えたら、好きにして良いと言ったな。」
胸元が大きく開いた服を、下へずらす。プルンと大きな膨らみが弾む。
「ほら、好きに良いぞ。約束だからな・・・。なぁ、セイ私は・・・私達はお前に危害を加えない、不安だろうし寂しいだろうが、悲しんでばかりいたらダメだぞセイは男の子だからな。」
もう、乳を吸う様な年では無かったが、寂しかったのか、甘えたかったのか、柔らかな膨らみに手を沈め思いっきり吸い付いた。
親はもう居ない、見知った村人も育った村ももう無い。アスタの優しい言葉と行動に少し落ち着いたとはいえ、不安が無くなった訳ではない。でも、アスタ=ロテと言う目の前に居る、蒼い肌の綺麗な女性に頼るしか生きていけない・・・。アスタは俯く僕の顎を持ち、顔を近づけ唇を重ねる。
アスタの舌がぼくの唇、歯を抉じ開け、口内に侵入して来る。
甘い味がする、フルーツでも食べていたのだろうか? アスタの舌を伝って、甘い蜜が流れ込んで来る。
アスタの少し長めの舌が僕の舌に絡まる、良く分からない行為だったが、舌と舌が擦れるのがとても気持ち良く、不安な気持ちが少し薄れた。
その日は部屋から出る事は無く、アスタの事この場所の事色々な話をした。アスタの話によるとアスタは僕たちとは違う魔族という種族と言う事を知った。
その中でも一番驚いたのが、僕が生まれる前に人間と殺し合いの争いをしていたと言う事だった。
「セイ、お前は私の事怖くないか?」
そう言うとアスタは背中から羽を生やし、良く見ると尻尾も生えており、爪も鋭く伸びている。
「うん、最初見た時はちょっとびっくりしたけど、こうやって優しくしてくれるし、・・・綺麗だし・・・。」
アスタが僕を抱き抱え、頬ずりする。
「ん~、可愛いなセイは。そうだセイ、セイは今日からセイ=ロテだ。良いな。」
「セイ=ロテ? アスタと一緒だねっ!」
「あぁ、そうだ。セイ、お前は強くなる。私と同じ名前を背負っても恥ずかしくない位に。セイ、自分の為、そして、私の為に強くなってくれるか?」
「うんっ! アスタの為に強くなるっ。」
アスタに捨てられない為とか、自分の為とかはどうでも良かった。ただ、アスタが私の為にと言ってくれた事が嬉しかった。必要とされている事が心を満たしてくれた。
「ねぇ、アスタ・・・。」
「ん~、なんだ?」
「あの時、どうして、僕を・・・、僕の村に来たの?」
「たまたまだ。あの村は、他の街や村と比べ辺境にある為、変な信仰の様な物が無かったからな、私達魔族にも、人族と同じ様に食料の売買をしてくれる村の一つだった。私は丁度用事を済ませ、この城に帰る途中だった。それで、煙が上がっているのを見つけてな、一瞬躊躇ったよ、今でこそ人族との争いは無くなったが、友好的な訳では無いからな、本当に気まぐれだ。」
僕は、グリグリッと自分の顔を、アスタの胸に沈める。
「ふふっ、どうした? もっとロマンティックなものだと考えていたか?」
俺は首をブンブンと横に振る。
「・・・良かった。」
「ん? 良かった? 何がだ。」
「全部、たまたまなんだよね?」
「あっ、ああ。」
「気まぐれだったんだよね?」
「・・・そうだ。」
「たまたまで、気まぐれ、・・・じゃあっ!・・・アスタと会えたのは運命だねっ!」
運命・・・昔母親に読んで貰った本を思い出した、満面の笑みをアスタに向ける。
「なっ、なっ、・・・。」
自分とは違う、蒼い肌の綺麗な顔が、みるみる赤くなる。
「ばっ、馬鹿な事を言うなっ! そんなんじゃないと、言ってるだろう。」
「アスタっ、だ―いすきっ!」
もう一度、アスタを抱き締める。
「全く、末恐ろしいガキだな・・・。」