1. 出会いました!
「ちょっと、こんな事してタダで済むと思ってるの!!」
宙に浮き、四肢の自由が効かず、大声で叫ぶ事しか出来ない女が目の前に居る。
ギルド直轄の魔術師冒険者育成学院で、好成績を収めていたこの女、・・・ナオ、そう呼ばれていた。
「こんな事ってなんだよ? ちゃんと言わないと、俺は異端だから分からないんだよな。」
体を這う桜色のスライムが徐々に衣服を溶かす。
右肩に引っ掛かっていた衣服が完全に溶け、ハラリと布地が捲れた事にビクッとナオの体が脈打つ。
話している間にもスライムはナオの服を溶かして行く。
桜色のスライムなんて、多分誰も知らないであろう。学院にある魔物辞典にも載っていない。
そう、このスライムは俺が捕まえ、魔法で性質を変換した亜種だからだ。きっとナオも衣服だけを溶かすなんて意味の無い魔物が居るとは思っても無いだろう。
ポタポタと何かが床を濡らす音が聞こえる。
「何か出ているぞ? 漏らしているのか?」
「ちっ、違いますっ!」
これだけ強い口調が出るんだ、まだまだ元気な様だ。
「そうか、それは悪かったな。」
体の形成している部分、髪、肌、爪等には反応しない様に組んだ魔法を埋め込まれたスライムをもう一体今度は足元から這わせる。
徐々にブーツを溶かし、ひざ丈の靴下も所々解け始める。
「はぁ・・・、はぁ・・・もう、こんな事、止めて・・・くだっ、さい。」
「ん? 自分がやった事は棚に上げ、いざ自分の身に降りかかった時は止めて下さい? それは都合が良いんじゃないかな?」
「た、確かに悪かったわ。でも、こんな酷い事してないでしょ!」
「悪い悪くない、酷い酷くない、そんな事はどうでも良い、ただ、お前は俺のモノに手を出したそれが許せないだけだ。」
足元のスライムをポトリと床に落とす。ジュゥゥゥっと煙を上げ床を溶かす。
「ひっ。」
まぁ、人体に影響は無い様にしているが、こうやって目の前で床が溶けるのを目の当たりにすると、自分の体も・・・と精神的に追い詰めるには効果が抜群だ。服が溶けた後、皮膚に多少スライムが触ってる事なんて、全く気付かない。
スライムが腰の辺りを過ぎた時、チョロチョロと、先程より勢いのある何かが床に流れ落ちる音がする。
「お、お願い・・・です。見ないで・・・下さい・・・。」
「全く、お願いの多い奴だ・・・。」
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時は遡り、数年前―――――――――――
魔王と呼ばれる魔族の長の交代があり、人間側の連合軍との会談が設けられ、魔族と人間との永きに渡る争いが終焉を迎え数十年、未だ魔族と人間の間に確執は残るものの、戦争中よりは平和な暮らしが双方に訪れていた。
片田舎で産声を上げた僕は、辺境の田舎が故、新生児魔力測定が受けられず、農家の息子として、健やかに育っていた。
新生児魔力測定―――。魔力は民族、宗教、貧富、親の地位、等々人と人が差と感じるモノに左右される事無く天から授けられるモノの一つだ。逆に言えば、個人、個体としての性能の差が付く第一歩にもなる。
争いも終わり、平和になったこの世でどうしてこの魔力測定が行われているのか?
魔族と人間の争いが終焉する理由の一つでもあった、魔物の凶暴化。そして、それを討伐し生業としている組織、【ギルド】これに入り易くなる。いや、高い魔力は入る事の出来る力を生まれながらに与えられる、と言った方が正しいのかもしれない。
ただギルドに入る為だけならば、物心が付いてから入りたい者だけに魔力測定を受けさせれば良いのだが、そうも行かない理由がいくつかある。ただ、ここまで新生児の魔力測定が浸透したのは、ギルドに入ってからの報酬がかなり破格だったからに他ならない。
命を掛けて魔物と戦うのだ、高い報酬で然る可きなのだが、騎士の家系や、教育にお金を掛けられる貴族以外、一般の家庭からは、ほぼ魔物と戦える程強い人間は、鍛え方の差もあるだろうが出る事は無い。
そして、最近では高い魔力を持って生まれた子は、ギルド直轄の育成機関である魔法学院からのスカウトもあるらしい。その為、貧困街や農村等で高い魔力の子供が生まれた時は、ちょっとした騒動になるレベルだった。
これだけ浸透しつつある魔力測定が行われない程、辺境にある僕の村は、農業が盛んな村だった。
親の手伝いで刈った小麦を運んだり、村を走り回ったりと平和に過ごしていたが、その日は突然に訪れた。モンスターの大量発生が村を襲った。
「おかーさんっ! おかーさんっ! どこーっ!」
泣きじゃくりながら、僕は母親と父親を探していた。
さっきまで黄金色に輝いていた小麦畑も、今では、火の海と化している。
遠くで、一人、また一人とモンスターに食われ、半分になった身体が力無く倒れている。
僕の家も瓦礫の山と化し、幼い僕は、徐々に、歩く気力さえ無くしかけていた。
「グオ――――ッ!」
瓦礫の陰から見上げるほどの、巨大なモンスターが姿を現す。
「ヒッ・・・。」
恐怖のあまり、声が出ない。
声を上げないと、と思っていても喉から声が出ない。
「た・・・たすけ・・・。」
畑の火の海に照らされ、赤く染まるモンスターが、僕の鼓膜を破りそうな雄叫びを上げ、大きな斧を振り上げる。
幼心にも、今から自分が死ぬのだと、分かった。
痛いのかな、痛くない方が良いな、死んだら、お母さんとお父さんに会えるかな、天国ってあるのかな。
そんなに長い時間では無かったが、子供が思いつく限りの事を考え、怖くない様にゆっくりと目を閉じる。
だが、いつまで経っても、振り上げられた斧は僕の命を刈り取る事は無かった。その代わりに急な雨が僕に降り注ぐ。
もしかしたら夢を見ていたのではないかと、ゆっくりと目を開ける。
見上げる程の、巨大なモンスターは、頭から股まで一直線に線が入り、そこから大量の体液を噴出し、ドスンッ! という音と共に左右に分かれ、地面に打ち付けられる反動で中身を飛び散らせた。
2つに分かれたモンスターの向こうに、人影が見える。
光る目に、大きな羽・・・。
「・・・だ、誰?」
「生きているか?」
それが、アスタと僕の出会いだった。