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ささくれ黙示録 ~ショートショート集・ソノ1~

ショートショート027 今も昔も

作者: 笹石穂西

私の脳シナプスの構造に疑いを持つような、素晴らしい駄作に仕上がりました。

「おっと、失礼しました」


 私はうっかり、会社員らしき男の頭部アンテナにぶつかってしまった。


「いえいえ、こちらこそ失礼しました」


 男はそう言って、頭部アンテナを天高く突き出したまま歩き去った。


 気をつけなければならない。科学技術の発展したこの時代、誰もが何かしらの無機物を身体に取り付けているのだ。



 さっきの男の頭部アンテナは、電波受信力を高めるものだ。これによって、電波で流れている大量の情報をいつでもどこでもキャッチして、それらを貪欲に吸収することができるわけだ。


 私の見たところ、どうやら外資関係のニュース電波をデフォルトで受信する設定にしているようだった。つまり、外資系企業に勤めているのだろう。なるほど、情報を欲しがるのも納得である。



 あっちにいる女は、少し大きな耳を付けている。「おっきくなっちゃった!」というアレではない。何せ完全に融合しているのだから、あんなふうに取り外しはできないのだ。風呂もトイレも寝るときも、付けっぱなしの聞こえっぱなしだ。


 ふむ、どうやら小さな物音を拾うだけの通常型のようだな。噂ばなしに耳をそばだてているのだろう。このご時世、陰で何を言われているか分かったものではないからな。その警戒心はひどく正しい。中には、逆に利用できるような情報もあるかもしれないしな。お局様の弱みでも握りたいんじゃないか。



 向こうのほうで大声で客を誘導している駅員は、口にメガホンを取り付けている。たぶん業務のためなのだろうが、そうだとすれば恐れ入る。日常的に取り外しできるものではないから、普段からものすごい大声になってしまうのだが。ちなみにボリューム調整つまみなどは無い。


 ああ、もしかすると、プライベートではいっさい喋らないのかもしれない。あるいは、まだ珍しい取り外し可能型の、特殊なサイレンサーを追加するのかもしれないな。これを付けると、いっさい音が出なくなるのだが。まあ、本人の問題だ。私の知ったことではない。



 なんだ、あそこの噴水広場でイチャついている若いカップルは。二人ともまぶたと涙袋をまたぐように、視界矯正ARレンズを付けてやがる。恥ずかしい奴らめ。いくらお互いの顔がとても見られたものじゃないからと言って、お互いの顔面をARで良く見せてごまかすなんて、それで付き合っていけるのか。すぐ別れそうだ。別れてしまえ。それがいい。見ている周りが悲しくなってくるというものだ。もはや害悪ではないか。



 むっ、ここから一キロメートルのところにあるビルの中で、上司の女と部下の男がイケないことをしているぞ。けしからん。まったくもってうらや……けしからん。万死に値する。倫理警察にでも通報してやろうか。



 なに? どうして私はそんなにいろいろ分かるのかだと? それは君、私がいろいろと付けているからに決まっているだろう。


 まず、赤外線透視型集光望遠レンズ。いろいろ透視できる。便利だぞ。嫌な上司が壁の向こうから近づいてきてもすぐに逃げられるし、さっきみたいにおいし……いや、けしからん現場を確認し、その気になれば通報することもできる。下手をすると日光で目が焼けるので注意が必要だが。


 続いておっきな耳。超音波や超低周波音も聞き取れる超巨大型だ。ただし、大きすぎて振り向くたびに誰かにぶつかって耳がちぎれかけるので要注意。


 頭部アンテナ。こっそり貯めたへそくりで取り付けたものだ。通常電波どころか、グレーゾーンすれすれのイケない映像電波もキャッチできる。私のお気に入りだ。ただ最近、倫理警察が動いているらしい。禁止されたらどうしよう。


 他にもいろいろとあるぞ。相手に私の顔を良く見せる脳波干渉型幻像挿入機、筋肉をムキムキに見せる体内埋め込み型マッスル・バネ、逃走力を高める脚力増強シューズ様レッグ・ロボット、などなど。どうだ、すごいだろう。ハッハッハッ、いやなに、必要にかられてのことさ。私は常に、大きな危険を背負っているからな。巨大な敵と闘っているのだよ。




 ……ん? ちょっと待ってくれ。何やら、遠くのほうから音が聞こえる。ふむ、距離はおよそ十キロメートルというところか。聞きなれた足音だ。ものすごいスピードで近づいてくる。これはまさか……うむ、間違いない、敵だ。ヤバい、今は具合が悪い。逃げなければ。なに、私のダッシュは秒速百メートルだ。余裕のよっちゃんさ!


「……って、もう着いたのかお前! まだ十歩も走ってないぞ!」


「あんた! まーたこんなところでサボるつもりね! うちに未来通信で会社から電話がかかってきたわよ! おたくの旦那さんが今から四時間後も出社してないから、そうなる前に連れて来て下さいって!」


「ごめんよカーチャン、でも今日は具合がちょっと……」


「うるさい! ゴチャゴチャ言わずにさっさと行く! 今度給料下げられたらもう離婚よ離婚!」


「はっ、はひっ!」


 カーチャンの剣幕に恐れをなした私は、たまらず秒速百メートルで会社へ向かってダッシュした。


 まったく、えらい時代になったものである。まさかここまで技術が進歩するとはなあ。


 そうさ、私の装備はすべて、カーチャンという敵と戦うために付けたものなのだよ。すごいだろう。


 なに? なぜカーチャンは私の居場所が分かったのかって?


 君も見ただろう。ほら、カーチャンの頭の上でクルクル回っていたアンテナを。あれは、私の脳波をサーチする脳ウェーブ・レーダーだ。カーチャンは私をいつでも探知し、そのうえ私の思考まで読み取って、あのバケモノのような脚力で追い詰めるんだ。


 まったく、実にえらい時代になったものである。しかし、昔と変わらないところもあるんだよ。どこか分かるか?


 あのレーダー、開発したのは女性で、もちろん特許をとっているのだが、ひどい使用条件を付けやがった。男への取り付けを禁止したんだ。


 ああ、あの特許、失効にならないかなぁ。なぁ君、これほど時代が変わったというのに、相も変わらず世の旦那はカーチャンからは逃げられないままだなんて、あんまりだとは思わないか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 私はこういう作品大好きです! 読んでるだけで口元が緩んでしまいそうです。口元のニヤニヤを抑えてくれる機械はないでしょうか?
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