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1000文字小説

研ぎ師のおじいさん

作者: 池田瑛

 中学生の時だ。夏休みに1人で祖母の家に行った。祖母は祖父が亡くなってからも1人で住んでいた。

 最初の数日は物珍しかったが、すぐにやることがなくなり、縁側で読書するようになった。


「商店街で買い物してくるからお留守番しておいてね。研ぎ屋さんが来たら、お台所に出しておいた包丁を研いでもらっておいて」と祖母が声を掛けた。そして、縁側に私の分の西瓜を置いていってくれた。


 しばらくして、玄関の呼び鈴が鳴ったと思ったら、庭におじいさんが入ってきた。右肩に長方形の木箱を乗せて、左手でタライを抱えていた。


「こんにちは。良子さんはいるかい?」とその人は聞いてきた。


「買い物行った。研ぎ屋さん?」と私が聞くと、そうだよ、と答えた。私は、祖母に言われたとおりに包丁を渡した。包丁は6本もあった。


 その人は、縁側に木箱から灰色、黒、茶色の研ぎ石を次々と出し始めた。水を頼まれたので、薬缶を抱えて台所と縁側を何回か往復した。そして縁側でまた読書の続きをした。


「これは嬢ちゃんの仕業かな?」と言って、縁側の石段を指差した。そこには、私が吐き出した西瓜の種が散らばっていた。バツが悪くなった私は、黙って頷き、そのまま本に戻った。


 すりガラスを爪で引っ掻いたときのような音が響く。読書に集中できなかった。


「お嬢さんは、良子さんのお孫さんかな?」と聞かれたので、そうだ、と答えた。名前も聞かれたので、名乗った。


「大きくなったら、何になりたいんだい?」と聞かれたので、まだ決めてない、と答えた。


「そうかい」とおじいさんは言って「大人ってのは、包丁のような人と、研ぎ石のような人がいるんだ。お嬢ちゃんは、どっちになりたい?」と聞いてきた。意味が分からない質問だった。その時、私はなんと答えたか覚えていない。ただ、へぇ、そうなんだと思った。


 大学に行き、彼氏が出来た。そして大ゲンカをして別れた。私は彼にひどいことを言った。しばらく、私は包丁のような人だったんだと、後悔をした。


 仕事に就いた。営業の人のサポートをする仕事だ。自分は、研ぎ石のような人だったのだと思えた。


 私自身も変わっていく。包丁のような人、研ぎ石のような人という私の解釈も、意味付けも変わっていく。


 結婚をした。夫との生活を始めて、台所で毎日包丁を使うようになった。包丁はステンレスが普及し、研ぎ代を払うよりも、新しいものを買った方が安い時代になった。寂しく思う。

読んでくださりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] スイカの種の件など、何気ないシーンが現実的で、雰囲気がありました(*´∀`)♪ 返事をあまり覚えいないという主人公も、妙にリアルで良かったです。 他の作品もそうですが、締めくくり方…
2014/11/17 20:18 退会済み
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