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『空』  作者: DARK CAT
4/4

『空の箱』

D.C.P.feat. W.アプラクサス

夢籠暦20××年6月24日

空色のお客様現る。

“青の歌"“空の箱”をお預かり。

「良いのですか」

その意志は堅い模様。「本当に良いのですか」

未来は決まっていることを知らないような方ではない。

でも。

でも僕は、そんなふうに未来をひとを試そうとする輩はキライじゃない。

だって…





知らないみちを歩いていた。最初は知っている街だった。でもどんどん景色が変わっていって…。

知らないみちを歩いていた。でも怖くはなかった。私は行くべき場所が分かっている。素直に瞳をひらけば、見えてくる光さす道。そこをまっすぐに進んでいけば良いのだ。あたりが暗くなるほど道はくっきりと浮かび上がる。ここをたどっていけば、たとえ歩けなくともあの場所へたどりつく。

誰もが知り、誰もわからず終わる場所。

扉の前に立つ。

今日のとびらはお菓子だった。

もう、まよわない。昔みたいに迷ったりはしない。

わたしはとびらを思い切り引いた。

ギィィィィィ。

『今晩は』

『今日は!!』

扉が開くのをわかっていたかのように、夜色と朝靄、そうとしか形容できないふたりが私を迎えた。

『まだ引き返せますよ』

夜が言った。

『どうする?』

綺羅綺羅と朝がわらった。

以前と変わらない会話。昔ここへ来たときは、この言葉たちに気圧されて、私はこの部屋をあとにした。

でも、もう、迷わない。

『いいえ。』

笑って言えた。

朝は私に微笑みかけ、夜は一瞬唇を噛んだ気がした。そして、言う。

『『ようこそ。“夢わたりの小部屋"へ』』

夜と朝が同じ笑みを浮かべる。

『『あなたは大切なお客様です』』

そう。昔はこの言葉が怖かった。でも。

『もう引き返せませんよ』

『御用はなぁに』

夜と朝は代わる代わる言葉を紡ぐ。




『預かって頂きたいものがあるんです』

『お名前をどうぞ』

大崎未来(おおさきみらい)です』

夜の表情は全く変わらない。しかし朝は困ったような顔をした。

『ちがうよ?』

違う…?違うとは何なのだろう。私の名前は大崎未来。でも、ここでは違うのか。じゃあ…そうなんだ。

『サキといいます』

私の口からするりと言葉が。

夜の微笑。そうだ。わたしはサキだった。

『サキ様。何をお預かりしましょう』

わたしは何も持ってこなかった。沈黙が落ちる。わたしは何を預けようというんだろう…。

『サキちゃん?』

朝が励ますようにわたしを見つめる。ぼんやりと白いマントのような上着が目にはいる。

『どうしたの?サキちゃん。はやく、出しなよ』

白いまっしろい長いズボン。太股にかかるスカート。ぜんぶ真っ白。ぜんぶ…

わたしは箱を胸に抱いていた。そして歌う。青い青い青い青い…歌?

朝と色違いの服を夜は着ている。黒黒黒黒。

『“青い歌"と“空の箱"ですね。確かにお預かりしました』

夜は深々と背を折り、わたしを見た。しゃぼんだまと同じいろの朝と同じ色の瞳。服も形も中身も対照の二人。瞳だけが同じ。

『ある人がきたら渡してほしいのです。あの日までに…』

『承知いたしました』代わる代わる二人は口を開く。

『それで、この日までに其れが来たら、“青い歌"を来なかったら“空の箱"を渡すんだね?』

まだなにも言ってないのに。




『はい』

わたしはもう頷くだけでいい。わたしのために。

『…よろしいのですか?』

夜はこころなしか悲しそう。わたしは…、…に泣かないでほしかった。…?なんだっけ?

『ええ。どちらを渡しても構わないわ』

『承知いたしました』

『これで全部かな?』

気が付くとわたしのことばは文字となり、“はこ"の中に吸い込まれていた。そう。ここへ初めからそうだった。見えなかっただけ。

『では。またどこかで。今日はいままでで一番楽しかった。ありがとう。“私"の話を聞いてくれて…ありがとう』

『滅相もございません。お客様のためなら、世界の果てまでも、』『『あなたのために』』

夜と朝のハーモニー。それもこれで…

『さよなら』

緊張がほどけて、わたしはまたつい思い切り扉を引いた。

ギィィィィィアっ。

『…!?』

取れた。

『逆です。お客様』

『あはははははは!!』

夜の苦笑。朝の破顔。

わたしもおかしくなって…

「はは…はははは」

『ふふ…あはははははは』

わたしは笑った。こうして、部屋はとおのいていった…





青い少女が去っていった小部屋。

『ナイスだね!!“夜"。わざとドアを壊しておくだなんて。僕感心しちゃったよ』

『私は彼女の願いを叶えたかっただけだ。越権行為か?』

『やさしすぎるよ。“夜"は』

話す間に日は迫る。彼女が与えた精一杯の期限。この部屋は“普通"と時間の軸が違う。

『来ると思う?』

『お前は…どう思うのだ?』

『僕は好きだよ。決まった未来を変えようと足掻く姿は。だって…』

『さぁ“青い歌"という名のこの鍵を使うときがきたぞ』

『…ふふ。迎えに行かなくちゃね、彼女』




青いペンキで塗りたくられた個室。抱き締められたスケッチブック。

『綺麗だね』

すべてのページが青いクレヨンで塗りたくられていた。むらなく、全て。

髪は長くのび、爪はここ数年切られた気配がない。絵の具がぶちまけられたベッドと床。

サキはそこに横たわっていた。涙をたくさんながしたのだろう。あとがついてしまっている。病魔に耐えられなかった体。白くやせほそった頬。

それでも、美しい、死に顔だった。

真っ青の部屋。かべも天井もベッドも床も。白かっただろうサキの服も斑模様。

『サキちゃん…雲みたいだよ…』

『“靄"箱をあけろ』

『“空の箱"だね?』

夜は頷いた。

開かれた“箱"は両手に少し余るくらいの大きさしかないのに、部屋のすべてを飲み込んだ。色を全部。哀しい青を全部。

スケッチブックも真っ白になった。

最後に“夜"はサキを抱き上げる。そして、“箱"へ。

『サキちゃん…頑張ったね』

サキはその“箱"の中、すっぽりとおさまった。





夢籠暦30××年9月7日。

サキちゃんの待ち人が来た。

僕たちはもちろん“空の箱"を渡した。真っ青の箱。

オカアサンという人間だった。



『ミライはここだと聞いたのですが!!ミライはここですか!!ねぇ答えなさいよ!!ねぇ!?』

『はい。お預かりしました』

『ミライ!!あぁミライ。良かった。あの子は小さい頃から外になんか出たことなくて。その…病気…で。空しか知らない子なんです。一日中空ばかり見て。』

『恥じてるの?それ』

『ええ!!もちろんですとも!!できそこないですわ。だから私がいないとダメなんです。わたしがいなくちゃ!!はやくミライを出しなさい!!出しなさい!!』

『こちらがお預かりしました…』

『あぁミライ!!ここにいたのね!!』




そうしてオカアサンは“空の箱"から大崎未来を取り出した。抱き締めて、壊れものを扱うみたいに、連れて帰った。

サキちゃんはオカアサンを試した。命をかけて。歩けない足で歩いて、廃屋の小さな部屋で待った。自分を探してくれるかどうか。そして、自分の誕生日を覚えていてくれているかどうか。死ぬまで、待った。でも、オカアサンは来なかった。誕生日も覚えてなかった。

ただ彼女の押し殺した願いが叶っただけ。

『自由になりたい』

『思い切り笑いたい』

透けて青くなってこの部屋にやってきた彼女。歩けないから空を飛んで。それも気づかずに。

サキがいったあと、“夜"はずっと泣いていた。名もない僕らに名を与え、去った少女。サキを想って彼女は泣いた。

ねぇ。未来を変えようとするなんて無理なんだよ。でも…そんな輩を僕はキライじゃない。だって…。

だって…

愚かしいじゃない。

なんで“夜"は泣くの?

僕には永遠にわからないよ。

わからないよ…




白いスケッチブックは風に揺れて、ページは空へ、かえろうとしていた。






“fin"


そら【空】1・地上に広がる空間。地上から見上げる所。虚空。2・空模様。天候。時節。3・落ち着く所のない、不安定な状況。4・心が動揺し落ち着かないこと。放心。また、一つに決めかねている心境。…ここには空がない。あるのは都会に切り取られた“そら”だけ。だから私は空を探す。歩いては目印をつけ、歩いては慟哭する。これまで私の思考にお付き合いくださり、ありがとうございます。では。またあの樹木の下でお会いいたしましょう。そっと誰かがこの日を吹き消した…

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