『かけら』
D.C.P.-feat.館波実笠
今日も先輩は空を見ていた。
蒼く吸い込まれてしまいそうな空を飽きもせず、何も考えていないような顔で、ずっと見ていた。
何もない屋上に寝そべり。服が汚れることも気にせずに……
――空、好きなんですか?
私がそう訊くと先輩はいつも
――……ん、ぁぁ、キライってわけじゃないよ。でもそこまで好きでもないかな……そうだね、ただぼーっとするのが好きなだけ。
そう答える。
なんとなくはぐらかされた感じがして嫌なのだけれど、不思議と納得できるような気がした。
雲のような存在なのだ、彼は。どこか曖昧で、吹けば消えてしまいそうなほど脆く見える。
だから……正直なところ、なぜだかはわからないけれど、こんなことを聞いていた。
――先輩って彼女いるんですか?
後で思ったのだけれど、それは好奇心からきたものではなく、少し心配だったからだ。
脆く壊れやすそうな彼を支えてあげられる存在はいるのだろうか、と思ったから。
けれど……
――いや……いないよ……
ぽつり、とそう答えた。
そのときの先輩の背中はやけに小さく見えた。そのとき私は先輩がどこか遠くへ行ってしまいそうで嫌だった。
次の日も、また次の日も先輩は屋上にいた。
今日も遠い空の彼方を、どこか虚無的な目で見つめている。
ただいつもと違う点が一つ。
彼は一人ではなかった。二つの声がまるで言い争うかのような声音で飛び交っていた。
――まだここにいたのかよ……
私は先輩が誰と一緒にいるのかわかった。確かよく先輩とつるんでいる男友達だ。
――悪いか? 俺がここにいたら。
いつもと同じように感情のこもっていないような声ではなく、どこか怒気がこもったような先輩の声。
――いつまで引きずってるつもりだ……
――さぁ……お前の心配することじゃない……
ぎし……
必要以上にドアにもたれかかってしまい、錆びた鉄の音が響いた。
――誰だ?
男友達の方の先輩がはっとする。
私は隠れていても仕方ないので、ドアから屋上を覗き込むようにして身を出した。
――……またお前か。いい加減、こいつにつきまとうのも止めた方がいいぞ? 仕方ない、また今度来る。
そう言い残すと、彼は屋上を後にしていた。
後ろ姿を追っていた目を、先輩に戻すと、彼はどこか悲しそうな目でこちらを見ていた。
普段は絶対に見せない表情。それが私の心に、ナイフのように突き刺さった。ざくりと心が深くえぐれるような音がしたかのよう……
――今日も、来たんだ……
悲しそうな目で、口元は微笑を浮かべていた。それがいっそう悲しい。
そんな顔をされても、私はどうしても聞きたかった。
――先輩が、ここにいる理由ってなんなんですか……?
ああ、やっぱりあなたはそういう顔をするのだ。一番、聞かれたくないことを聞かれたとき、ヒトはそういう顔をするのだ。
はぐらかせるわけもなく……真実を隠せるわけもなく……そんな顔をするのだろう。
たぶん、これを聞いたら私は戻れなくなる。
前の私と、先の私。
その境界で、彷徨っている。
ああ、やはりそれを聞くのか。一番聞かれたくないことを聞かれたとき、ヒトはこう思うのだ。
はぐらかせるわけもなく……真実が隠せるわけもない……こうも複雑な想いになるのだろう。
たぶん、これを行ったら自分は戻れなくなる。
前の自分と、先の自分。
その境界で、迷っている。
一年半ほど前だろうか。
彼女が自分に想いを伝えたのは……
それは突然のことで、互いの鼓動が聞こえそうなほどだった。今でも彼女のコトバを思い出すことができる。
それほどに強く刻まれたキオク
それほどに強く刻まれたコクイン。
忘れられることなどない、オモイ。
それから二人はかけがえのない存在へ。互いに優しくしあえる存在へなった……
陳腐な言葉かもしれない。けれどもそうとしか考えられない、そうとしか思えなかった。
この手を離さなければ。
この肌のぬくもりを感じ続けていれば。
想い続けられたのに……
あいつは……空が好きだった。
昼の空も、夜の空も。
二人でずっと見ていても飽きなかった。
太陽が昇り、航空機が雲をひき、月が満ち、星が流れても。
今となっては、すべて幻想。夢散してしまった想い。
彼女は空のカケラになったのだ。
――半年前の事件、覚えているか?
半年前?
なんだったろう、と頭の中をぐるぐるとかき回すようにして、一つの答えを見つけた。
――あ…………
まさか、と思う。急に嘔吐感が襲った。もし自分の思っている通りだったら、なんて……
――彼女は、あの日、ロンドンへ行く予定だったんだ。あっちの天文学会の開催する観測会に親と参加すると言っていた。まったく、そのはしゃぎようっていったら……
どこか楽しそうな口調の裏に隠されたものを、見逃すはずがなかった。
――今でも覚えてるよ。成田発、778便。午前10時22分41秒。その機影は、レーダーから消失。後に派遣された調査隊によって太平洋に浮かぶ機体破片が見つかっている。エンジントラブルによる事故とかテロとか言われているけど、その真実はまったくわからない。彼女は家族全員で行っていたから、何も帰ってこなかったよ。彼女のものは何も、ね。
先輩は何かを堪えるように、空を見上げた。そこには飛行機が雲の尾を引きながら飛んでいた。
キーンと甲高い音が響いている。
まるでその音を全身で感じるように私は目を閉じた。
ああ、そうか……彼はいつもこうしていたんだ。
まるで、彼女を思い出すように、空を見上げて。
まるで、彼女を感じるように、空を見上げて。
まるで、彼女を見るように、空を見上げて。
もう、どうしようもなかった。
どうなっても、かまわなかった。
深い傷。
それを塞ぎたいわけではない。それは自分には到底無理だから。
けれど……
私は彼を抱き締めた。
実は少し前に書いた短編だったのですが、久々に見直してみると、粗はあるは恥ずかしいわで、まともに読めませんでした(苦笑)まぁ、こんなこともたまには書くんだな、と館波をご存知の方は思うかもしれませんね(汗)…それはさておき、話は変わりますが、僕は空が好きです。他の小説でもたまに書いてますし、猫の次に好きだと思います。何故なんだろう、と見上げるのも空。誰もの上にあって、広いもの…………でもからなんですよね。なんだか不思議です。ぁぁ、意味わかんなくなってきましね(苦笑)まぁ、こんなこと考えながら、空、書いてます。