第一章
見た事のない教室の風景。友人と笑い合う自分。そして現れる見知らぬ少年。茶髪に、色素が薄いらしい琥珀色の瞳。身長は百七十センチ後半くらいだろう。自分より背が高い。そして、だらしないだけなのか、着崩した制服。制服は、自分の通う高校の物だ。
朝、携帯のアラームにしているお気に入りの曲が流れて起きた。
私、神埼 昴は、最近高校二年生に上がったばかり。その、新入生が入ってくる時期と同時期程に、それまで長くなければなかったスカート丈が改善され、短すぎなければ膝上でも良い、という事になった。そのお陰か、今朝は制服を着るのを苦に感じない。
「…トースト…雪輝、もう起きてるんだ…」
ベッドの上でボーっとしていると、トーストの焼けるいいにおいがしてそう呟いた。
雪輝は私の弟で、十三歳。中学一年生。産まれたのが冬だったから「雪輝」という名前なのだけど、その「ゆき」というのを提案したのは幼かった私だったそう。でも、小さい頃過ぎて覚えていない。ただ、無駄にシスコンなのはそれが事実だからなんだとも思う。
「あ、姉ちゃんおはよう。」
リビングとダイニングのある一階に下りて部屋の扉を開けると、イチゴジャムを塗ったトーストを食べながら、テレビを見ていたらしい雪輝がそう言ってきた。
「あぁ、うん。」
私の挨拶はいつもこれ。雪輝は何か嬉しそうにちゃんと「おはよう」「おやすみ」「ただいま」、とか、挨拶をしてくるけど、私はあまりちゃんと挨拶をしない。
「姉ちゃん、ブルーベリージャムでしょ?」
そう言いながら、ブルーベリージャムのビンに手を伸ばす雪輝。私の事は結構把握しているらしい。下着まで知っている事もあるし…。
「うん。」
返事をしながら、ダイニングの椅子に座る。テレビでは丁度占いが始まった。双子座は六位。十二星座だから丁度真ん中の順位だ。
「今日のお弁当はちゃんとクリームコロッケ入れたよ。偉いでしょ」
「私の好きな物知っているなら入れて当然だ」
「素直に「嬉しい」って言ってよ!」
「イタダキマース」
「…そんな姉ちゃんが大好きですっ」
「黙って|食≪しょく≫せ」
雪輝を適当にあしらってブルーベリージャムの塗られたトーストをかじる。なるほど。「少し高めのを買った」と言っていただけあってとても美味しい。
ゆっくりと朝食を食べてから、雪輝と一緒に家を出た。空は快晴。目に痛いくらいに太陽が輝いている。
「姉ちゃん、今日の夕飯どうする?」
ふいに雪輝が問い掛けてくる。夕飯…なんだろう…?
「えっと…」
「何でもいいよ、僕の作れる範囲だったら」
「…ハンバーグ」
「可愛いっ」
「黙れ」
そう言って雪輝くの頭を鷲掴みにする。でも、これがやり|難い≪にくい≫。雪輝の身長は私の身長、百五十六センチを追いて、百六十センチある。数センチの差でもやり難い。男の子の成長は早いらしいが、中一の割にデカイような…。今の中学生ってそうなのだろうか?
そうこうしていると、雪輝とも途中で別れ、学校に着いていた。面倒くさいなー。
「おはよう、昴ちゃん」
「あぁ、おはよう」
教室に着くと、然程話す訳でもないクラスメイトの女子に挨拶をされた。とりあえず、笑顔で返しておく。クラスで話す友人は少ない。少人数派な自分の性格が表れているのだろうか。
「あれ、祐希じゃん!」
友達が教室に来た事をそこまで驚いて迎えるものなのか…。少し振り向いて見てみると、制服を軽く着崩した男子が教室内にいた。多分、もう教師が改めさせるのを諦めた類の奴なんだろう。私の通う学校は私学なので、着崩したりとかは許されない。前に「お前、何だその格好は!」とか言って怒られてる男子見たし、女子もいた。諦めた生徒に対しては注意をしなくなる。面倒なモノから逃げる教師の得意技みたいなものだと私は思ってるけど…。高い金出してるんだから、簡単に諦めてくれるなよ。見ててムカつく。
「お前、生活指導室にいたんじゃないの?」
笑い混じりに男子が言う。入れられても、直ってないと?
「それ、一年の時のじゃん。もう脱獄しました」
え。脱獄は…違くないか…。まぁ、いいかな。本でも読もう。
本は、最近発売された新刊で、まだ半分も読んでない。周りの雑音を無視して読書をしていると、その雑音も気にならないくらい集中できてきた。しかし、それも長くは続かなかった。何故って…。
「ねぇ、あの本読んでる子なんての?!正面から見てみたい!」
この声。今、教室内で本読んでる奴なんて、私ぐらいしかいない。周りは話し込んでる。
「あの子って?」
「あの、腰くらいまでの長い髪おろしてる、一番前の子!」
思いっ切り私じゃないか。頼むからこっち来ないでください。
「あぁ~…でも、読書してんし、邪魔しない方が良くね?」
そうだよ。邪魔しないで。
「えー!でも、気になる」
よし、お手洗いに行こう。正確には逃げよう。席を立って、教室のドアをくぐる。お手洗いに行くまでの廊下の途中まで声は聞こえていた。
「何なの…」
個室の鍵を閉めながら小さく呟いた。
「あ、戻ってきた」
まだ居た…。顔を逸らす様にして席に戻る。騒いで暮らすつもりはないから、チャラそうな奴とも絡みたくない。
「ねーねー!神埼さん!」
何名前チェックしてんの。
「はい…?」
微笑を浮かべて振り向く。振り向いて少し驚いた。この顔…。
「おぉ!結構可愛い!」
「い、いえ…全然…」
その声に少し顔が引き攣る。可愛くない。むしろ地味じゃないか…。
「俺、結構タイプ!ねぇ、彼氏とかっているの?」
「いや…いない…ですけど…」
て言うか、近い…顔が…。距離は大体十五センチくらいだと思う。何故こんなに近い…。
「アド教えて!」
「え…」
「電源消してる?」
「はい…」
少し身を引きながら答える。
「目、茶色いね?カラコンとか入ってる?」
「元から…」
「へぇー!」
いや、君も眼の色琥珀色だから…。少し目を逸らして時計を見てみる。予鈴までまだ時間はある。まだ絡まれるのかな…。
「部活とかは?」
「何も…」
「美術とかかと思った!帰宅部なの?」
「はい…」
予鈴!予鈴!早く!。願いながら時計をチラ見する。あと三分ほどある。そんな短い時間も長く感じる。
「はぁ…」
結局、学校にいた今日一日絡まれ続け、女子には「モテるね~」などと言われ、否定をし続けた。
「あの…」
が。何故こうなっているのだろう…。
「何故…着いて来てるんですか…」
私のすぐ横にはあの、しつこい位絡んできた男子、菅野 祐希が歩いている。身長差が結構あるかもしれない。
「遊びたいから!何もないんでしょ?俺もバイト今日ないから!」
そういう問題…?
「暇だったんだー。今日特別日程て四時間授業だったじゃん?」
「まぁ…はい…」
確かに、特別日程で暇だとは思っていたけど、他人と遊ぼうなんて思っていなかったし…。