第8話
数日後、グレイヴは再び『騎士グレイヴ』として王城にいた。
全身は鈍色の甲冑に覆われ、さげる剣も、見慣れた騎士剣へと戻った。
それは誰もが知る、反逆者を断罪した『忠臣』の姿。
数日間に及ぶ外出も、『友を失った傷心の回復』とみなされ、誰にも咎められることはなかった。
そして、その『忠臣』の帰還は、執行部からも高い評価を受けた。
自らの手で友を処刑し、回復の期間を経て帰還したという事実は、彼の『究極の忠誠心』だとみなされ、城内には、さらなる昇進の声さえもきこえていた。
そしてそれはグレイヴが真実を探るための環境として、じつに都合の良い『足場』だった。
彼は極めて慎重に、『忠臣』の仮面をかぶり続けた。
心さえも入れ替えたように寡黙に徹し、与えられた命令には忠義を示すように、ただまっすぐに従っていた。
また、 以前よりも頻繁に書庫へ入り、王国の古い財政記録や、隣国との戦歴に関する機密書類。
そのうちの、閲覧の許されたわずかな文書を、その最後の一文字まで、あますことなく拾いあげるように、幾度にも渡って読み漁った。
また、グレイヴが王都に戻る際、峠の集落からはアッシュをはじめ、数人の若者が協力者として、表向きには旅人として彼に同行していた。
彼らは王都の表通りだけでなく、裏通りの貧民街や、ときに裏社会とまで接触し、グレイヴの『目』として動くとともに、『草の根』のつながりを拡充していた。
彼らにとって、グレイヴとの直接的な接触は何よりも犯してはならない禁忌だった。
彼らのやり取りは、カイの――亡骸すら残らなかった『英雄』の――、その仮の墓標として偽装された、町外れの小さな土塁を通じて行われた。
ある夜、グレイヴは自室の書斎で、『草の根』の名で届けられた一通の、帳簿の写しへと視線を落とした。
それは城塞『鉄の爪』の兵站における、過去五年間の食料、武器の購買記録。
一見どこにでもあるような収支の帳簿の、しかし綿密に作られたその二枚目の写しとは、明確に数値が異なっている。
――二重帳簿。
五年間分の数値の相違は、すでに小国の国家予算にも匹敵している。
グレイヴは、ランプに照らされ、山吹に輝く書類を裏返した。
走るような筆跡で書かれたのは、翼を広げた鳥の姿。
それはアッシュたちとのやり取りにおいて、特定の人物をあらわす暗号。
「――宰相か」
グレイヴの脳裏に、カイを『裁いた』あの法廷での、厳めしい顔が蘇った。
もしこの帳簿が真実であるなら、宰相は法の番人であると同時に、王国にはびこる、腐敗した根の中心人物。
「どうしろと、いうのだ」
グレイヴは肘を机に、頭を抱えた。
友の遺志。彼の求めた真の安寧。
そのためにここまでしてきたというのに、現れた敵の大きさは、もはや一介の騎士ではどうにもならない。
「カイ、これが、『内』の正体なのか」
グレイヴの声は小さく漏れた。
彼は、自身の剣が向かう相手は、もはや『外』ではないと悟った。
しかしそれは、もっとも堅牢に守られたはずの、『王国の心臓』そのものだった。




