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第6話

 グレイヴは、王宮の一角にある、カイの私室を訪れていた。


 本来、処刑を終えた『反逆者』の私室は即座に閉ざされ、内部のものは全て、廃棄、または換金されるのが普通だった。

 しかしグレイヴは、自らその執行役を担ったという功績から、『遺品整理』という名目での立ち入りが、例外的に認められた。


 全ての『騎士』に平等に与えられるはずの私室。

 しかしその部屋は、外界の喧騒とは切り離された、整然と整えられた世界だった。


 カイの私室は、その磨き上げられた剣技と同じく、全てが完璧に整理されていた。

 武具のみならず、その手入れ道具までが曇りすらなく、壁の棚には彼の収集しただろう書籍が、色ごとの背表紙をきれいに並べて収まっている。


 部屋の中央には木製の机。

 立てられた数冊の本と、天面に置かれた皮表紙の手記。

 それは、もはや帰ることもない部屋の主を、ただ待っているかのように見えた。


 グレイヴは静かに机へと向かう。

 手記の模様のように思えていた緋色の線が、近づくにつれ、彼にその正体を伝えてくる。


 美しい緋色。

 整えられ、指輪でまとめられた一房の髪。


 グレイヴは震える両手でそれを掬った。

「カイ――お前は――」


 無論、自身がカイを捕縛したあとに、彼がこれを用意できる時間はなかった。

 しかし緋色の髪は、たしかにここに、友を待つようにして遺されていた。


「カイ――!」

 グレイヴから絞り出すような声が漏れる。

 固い音を残し、その両肘が机を打つとともに、膝が床へと崩れ落ちる。

 グレイヴの両手は、友の遺髪を包み込んで、今にも机に落ちようとする、震える額へと押しつけられた。


 どれほどそうしていたのだろう。

 肘へと触れた皮の感覚に、グレイヴははたと顔をあげた。

 視界には大うつしになる皮の表紙。

 グレイヴは緋色の髪を机に置き、立ち上がるとともに手記を掴んだ。


 派手な装飾を嫌うカイらしく、表紙には何の装飾もない。

 だが触れるだけで、そこにはたしかに、友の存在が感じられた。

 小さな手記。しかし重みに耐えきれないように、グレイヴは机の下から椅子を引くと、落ちるように腰を下ろした。


 皮の表紙に固く守られ、束ねられた亜麻色の紙。

 そこにはカイの独特な、流れるような筆跡で、彼の言葉が綴られていた。

 戦場での記録や、兵団の動き。単調な訓練や後進への指導、支給品に対する小さなぼやき。

 グレイヴが唇の端をわずかに上げた。


 しかしページを進め、手記の後半へと差し掛かった時、グレイヴの手はぴたりと止まった。

 そこからはこれまでと変わって、グレイヴの知らない現実と、カイの私的な感情とが、暗号めいた言葉で綴られ始めた。


「王国の根は闇に飲まれた。知ってしまった」


「もはや国体そのものが毒されている。剣を向けるべきは外か、内か」


「国境。兵站。まさかこれほどとは」


「沈黙。盾」


 そして、最後の項となる、グレイヴがカイの捕縛を命じられた、その前日。


「『鉄の爪』。もはや光を守る砦ではない。

 残すべき種子。実直な騎士。お前はどうする」


 グレイヴは息を飲んだ。

 『鉄の爪』、それはカイが機密情報を売り渡したとされる国境の要塞。

 そして種子。カイが最期に残すと言っていたが。


「カイ、お前は俺に何を遺した?」


 その時、グレイヴの指先は、白紙になった先のページに、わずかなずれを捉えていた。

 整然とした部屋全体の、かすかな、しかしあまりにも不釣り合いな小さな紙片に、グレイヴはそのページへと指をかけた。

 はらりと、一枚の紙片が机に舞った。


 今までの藍色の文字ではなく、カイの髪を思わせるような緋色の筆跡。

 線と円で描かれたそれは何かの地図のようにも見えた。

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