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第5話

 夜が明け、朝の光が照らし始める。

 王都の広場の断頭台は、分厚い木材と黒い鉄で組み上げられ、不気味な存在感を放っていた。


 断頭台の周囲には、まず宰相を始めとした執行部、続けて宰相の私兵たち。

 そしてさらにその外側には、『国家反逆罪』の死刑囚の、その末路を見届けるため、無数の群衆が集まっていた。

 隣国との長引く戦火に疲弊しきった民衆にとって、処刑は憂さ晴らしとでもいうべき娯楽であり、待ち構えた民衆からは野次の声も上がり始める。


 壇上の執行人は、全身を覆う漆黒の衣装に身を包んでいた。

 だぶついた衣装が体格を隠し、顔はフードと黒い布で覆われている。

 それが騎士グレイヴであることは、宰相と、その側近の一部のみに伝えられていた。


 彼は、普段の自身の剣ではなく、処刑に用いられる黒い大剣を手にしていた。

 剣は重く、彼の心さえ、大地に繋ぎ止めようとする。

 ゆっくりと呼吸を整えようにも、心臓にかかる重圧は、激しくなる鼓動も、荒くなる呼吸さえも、彼に制圧させることは許さなかった。


 やがて、二人の警備兵に引かれ、カイが広場へと現れる。

 両手の枷はすでに外され、代わって彼を戒める荒縄は――かつてグレイヴがそうしたように、カイの両手を背中で固定し、その腕ごと体幹へと巻き付き、彼の自由を剥奪していた。


 また、昨夜までカイの背を彩っていたはずの緋色はなく、動揺するように、執行人がわずかに動いた。

 剣を持つ右手が一瞬引かれ、それは確信でも与えたように、カイの表情を緩ませていた。


 やがて、警備兵が胴縄へとつながる縄をとき、目で壇上を指し示す。


 一歩、また一歩。カイは歩調を崩さなかった。

 両足を繋ぐ鎖を引き、群衆のざわめきも、兵たちの視線も、全てが遠い場所のように、ただ前を見据え、彼の姿は断頭台へとのぼっていた。


 ――しん、と。


 ざわめきだっていた民衆の声が、一瞬にして掻き消えた。

 彼らに告げられていたのは、『国家反逆罪』を犯した囚人の処刑だった。

 しかし、現れた男の意外性は、彼らからすべての言葉を奪い去った。

 『英雄』――カイ。


 その姿は、彼らの慣れ親しんだそれではなかった。

 豊かだった緋色の髪は、無惨にうなじで切り落とされ、体幹へ食い込む荒い縄は、彼らの知る『カイ』の姿とはあまりにも乖離しすぎていた。


 沈黙の中、カイは、自分を迎える執行人の前に立った。

 黒が覆い尽くす全身。

 体格も顔も、完全に隠された執行人に、しかし、カイは静かに微笑みかけた。


――グレイヴ


 だぶついた衣装でも隠しきれない、広い肩幅。

 警戒の際に、わずかに右の手を引く癖。

 そして、すべての感情を抑え込んだように立ち尽くす、『相棒』グレイヴの佇まい。

 それは昨夜の地下牢で話した、友の姿そのものだった。


――やはり、お前が来るのか


 カイは、心の中で静かに呟く。

 彼の微笑みは、誰にも見えない。

 ただ、執行人のグレイヴだけに、明確に送られた彼の最期の別れだった。


 カイは貴婦人に挨拶でもするかのように、台座に静かに膝をついた。

 そして、もはや髪が遮ることもない自らの首を赤黒い台へと差し出していた。


 執行人は動かなかった。

 時間は止まったかのように、ただ、長く延ばされていく。

 宰相からも、兵からも、そして民衆からも、もはやなんの音ももれない。


 グレイヴは剣へ、持てる力のすべてを託した。

 声にならない声を、心の中で高く叫んだ。

 剣が大上段へと振り上げられ、太陽が鋭く銀の光を与えていた。


 ――刑は、執行された。


 そこに、歓声も悲鳴もない。

 ただあったのは『英雄』が『反逆者』として処断されたという事実。


 群衆は口をきくことさえ忘れたように、一人、また一人と人垣を解き、やがて広場には、壇上に残る執行人と、数名の兵士のみが残されていた。

 宰相も、その私兵の姿もすでに見えない。

 グレイヴはただ彫像のように、剣を杖に上体を支え、緋色に染まる台の上へとひざまずいていた。


 台の下の兵士二人が、彼を見上げる。

 手を上げ、口を開こうとし、しかし言葉が告げないように、互いに顔を見合わせている。


 グレイヴが気づいたように顔を上げ、剣を引きずるようにして姿勢を上げる。

 友の重ささえも背負ったような足取りは重く、離れることを拒絶するような足を引きずり、彼はゆっくりと段を降りた。


 もはや自分の身体さえも、自分のものだと認識できない。

 ただ、抜け殻のような感覚が彼を支配していた。

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