第3話
王都の中央法廷は、石の壁と高い天井が重苦しい静寂を生み出していた。
正面には厳めしい表情で宰相が座し、その両脇を最高位の貴族たちが固めている。
裁判官席の背後には、さもこれが公正な裁判だといわんばかりに、天秤の紋章が掲げられている。
グレイヴはこの法廷を傍聴することは許されたが、彼の視線はこの場に立つ被告人から離れなかった。
カイの手足は先と変わらず、二つの枷によって繋がれているが、その凛として立つ姿は、彼がただの被告人ではなく、この法廷そのものさえも支配しているような印象があった。
「緋色の剣士カイ。これより貴公の裁判を始める」
宰相の声が石の床に響き渡り、書記官が無感情なまま、手にした書状を読み上げていく。
「被告人カイ。
貴殿は、敵国『鉄の帝国』に対し、我が国の北部要塞『鉄の爪』の防衛配置、兵力、および補給路に関する機密文書を金銭と引き換えに漏洩した罪に問われている。
これにより、我が国は多大な損害を被る危機に瀕しており、これは、臣下の忠誠に反する極めて重い反逆行為である」
法廷内に動揺が走る。
貴族たちからもそれぞれに声が漏れ、しかし槌の響きがそれらを一瞬で制圧する。
水を打ったように静まる中、槌を手にした宰相は見下ろすようにカイに尋ねる。
「カイよ。貴殿に尋ねる。この罪状に、相違はないか」
一切の音が失われる。
誰しもが、カイの次なる返答を呼吸すら忘れて見守っている。
カイは、微動だにしなかった。
証言の間閉じられていた両目はなおも閉ざされ、しかしゆっくりと顔を上げ、宰相を見据えたカイは口を開く。
「間違いない」
その声は明瞭で、吐息さえも、法廷の全ての音を凍りつかせた。
「嘘だ!カイ!」
グレイヴのあげる悲鳴にも似た声。
警備兵がグレイヴへと掴みかかり、彼を制止しようとするが、宰相が手を上げてそれを制する。
「騎士グレイヴ、発言するがいい。貴殿はカイを捕らえた者として、最後に証言する権利がある」
その言葉に、心を刺す刃の先を感じながら、グレイヴは、鎧の胸元を握りしめる。
「――はい。私は、彼が逃亡せず、抵抗しなかったことを証言します。彼は一切の抵抗を放棄し、自ら捕らえられることを選んだ。
彼ほどの実力があれば、抵抗も、逃走も容易だったはず。なのに彼はそうしなかった。私はそこにこそ、彼の確かな目的があると、そう証言します」
カイは、グレイヴへとその琥珀色の視線を向ける。
口の端がわずかに上がり、その表情は温情にも、呆れのようにも感じられた。
「グレイヴ。貴殿は騎士だ。法と秩序を守る騎士において、証言するべきは希望ではなく、カイがこの国の法を破ったかという事実についてだ。そしてそれはカイ自身の肯定によりすでに否定の必要はない」
「それは...」
その希望さえも打ち砕くように宰相は言い、グレイヴは言葉が継げなくなる。
――カイ、なぜ認めた
もはやなんの意味もなさない質問だけがグレイヴの脳裏を支配していく。
法廷が動揺から、静かな決意へ変化していく。
宰相が最終判断を語りはじめる。
「被告カイ。貴殿の証言なき認諾をもって、罪状の承認があったと判じる。
貴殿は王国の臣民にして、その誓いを破り、この国体を危機に晒した。
これはもはや、その生をもって断罪されるより他に術が残されるものではない」
そして、一呼吸おき、判決は下る。
「よって、緋色の剣士カイを反逆罪により断罪する。
この罪は死によってのみ裁かれるものであり、ここに、処刑を宣告する」
法廷内に、重い槌の音が響いた。
グレイヴは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
槌の音ははるか遠く、彼は自分の存在さえ、希薄になっていくように感じていた。
一方のカイは判決を聞いても、表情一つ変えなかった。全てを受け入れたようなその瞳は、あの夕焼けの荒野と変わらず、ただまっすぐに天秤の紋へと注がれていた。




