第12話
現れた男に、広場は水を打ったように静かになる。
やがて鎖の音と共にグレイヴが、片膝をついた礼を行い、周囲の者がそれに倣う。
礼は伝播し、広場にはただ、断頭台だけが高く輝く。
「こ、国王陛下――」
静寂の中、宰相の声だけが震えて響く。
「こ、これは誤解です。亡き『反逆者』カイと、騎士グレイヴが結託し、市民を先導し、このような――」
「黙れ、アルガス」
宰相の弁明を国王の声が一蹴する。
「貴公の醜行、すでに全て、我が耳へと届いている」
グレイヴが顔を上げ、王の後ろの近衛隊長を見る。
老いた隊長と視線が合い、彼はグレイヴへとわずかに、口の端を上げてみせる。
――通じていた!
全ての証拠は宰相の手に渡る前に、老練の隊長を通じ、王のもとへと届けられていた。
宰相が掠め取ったのは、情報が羽化し王のもとへと飛び立った、その抜け殻に過ぎなかった。
再び下を向いたグレイヴの心臓が熱を帯びる。
全身が、熱い奔流へと飲み込まれていく。
静寂が支配し、宰相が足元で震える中、清廉な衣装に身を包む王は、宰相を、その背後の足に鎖を佩いた男を、そして自身の臣民を、その威厳ある目で順に見据えた。
そして短い吐息の後、剣先のような声が響いた。
「宰相アルガス。貴様は長きにわたり、戦略を通じて私腹を肥やし、国民の忠誠心を金に替えた。
そして己の私腹と保身のため、余の友であり、『英雄』でもあった男を、卑劣な手段で殺害した。
さらには盟友グレイヴさえをも、ありもしない謀反の名をもって、その生を奪い去ろうとした」
宰相の顔は、蝋のように色を失う。
「貴様に与えた権力は、民を守るためのものだ。
貴様の欲のためだけに、国の基盤を支配させるものではない!」
宰相を見下ろしたまま、王は告げる。
その言葉は、長年、自国の腐敗に気づくことなく、あるいは気づこうとさえしなかった、王自身の過ちに対する、自己断罪の響きすらも含んでいた。
「貴様の罪は、もはや反逆などという言葉でも足りぬ。すでに国体に対する裏切りであり、追って厳しき沙汰が下されると思え」
王は左右を見て、周囲の近衛兵らに命じる。
王命を受けた近衛兵らが宰相を押さえ、惨めな悲鳴とともに、彼の姿は引きずられていく。
そして声は全く聞こえなくなり、ひざまずいたままのグレイヴに、王は静かに歩み寄った。
「騎士グレイヴ。いや、『英雄グレイヴ』」
国王は、片膝をつくグレイヴの、その両足を繋ぐ鎖を静かに見る。
「貴公の苦衷は、そして貴公が守った真実の種は、余がたしかに受け取った。
貴公は、亡き友カイとともに騎士の誓いを、最も正しい形で守り抜いた」
その声は、グレイヴへの直接の、赦しと労いの言葉となり、彼の張り詰めた心は雪のようにとけていった。
その表情は柔らかくなり、目元には熱を帯びた波が生まれた。
そして国王は歓迎するように、空へと右手を高く掲げた。
「国民よ!汝らの勇気を、そして意志をここに称える。
貴公らこそが未来であり、 英雄カイの無実と、盟友グレイヴの忠誠は今、我によって証明される!」
その瞬間、市民の間から、これまで抑えつけられていた全ての感情が、渦となって溢れ出した。
大地をふるわせ、天を揺るがす大歓声は、ただの勝利の叫びではない。
不正に打ち勝ち、真実と正義を選び取った自分たちを、新たなる『樹』の誕生を、共に称える叫びだった。
グレイヴは喧騒の中で、天を仰いで両目を閉じた。
――見たか、カイ!
黎明の中に緋色の友の、穏やかな笑顔がよみがえった。




