第11話
王都の広場は、朝の冷気と兵士たちの息遣いによって輝いていた。
木と鉄で組まれた断頭台は、あの日と同じように不気味に佇み、その周囲にもあの日と同様、騎士団の精鋭と宰相の私兵による、人の壁が生み出されていた。
やがて、人の壁をかき分けるように現れた一人の男が、朝陽に染まる断頭台を静かに見据える。
一歩、また一歩。
彼の歩みに合わせて弛緩し、また引き伸ばされる足の鎖は、土の大地と擦れ合って、無秩序な音を響かせ続ける。
階段の下で一度止められ、『進む』ことを強いられた鎖は、一歩ごとに重く、重なり合って声を届けた。
処刑台の頂で、背を丸めることもなく『反逆者』は周囲を見渡すように視線を送った。
貴族らの姿と私兵の人垣。
しかしその奥に、あるべき民衆の姿は見えない。
宰相らによってこの場への立ち入りを制限されたか、あるいは彼ら自身の意思によって、この場の観覧を拒絶したのか。
――二度も『英雄』が堕ちるさまは、彼らにも受け入れられるものではない、か。
その孤独な『最期』に、諦念にも似た笑みを浮かべ、グレイヴは傍らに立つ執行人を見る。
あの日と何も変わらない。
変わったのは執行人が自分ではない、ただそれだけだ。
促されるまでもなく、グレイヴは――かつて友もそうしたように――、自ら膝をつき、断頭台へと寄りかかった。
やぐらの下では宰相が、傲慢な笑みを浮かべていた。
彼の目に映るのはかつての『騎士』でも『英雄』でもない。自身の『計画』を根本からの、破壊を目論んだ不穏分子。
しかし、それもすぐに終わる。
「執行せよ!」
宰相の声を受け、黒い刃が天を穿つ。
――風を切る音、叩き割る音。
想像される処刑の音の、しかし響いた音はそれではなかった。
彼方から響く閧の声と、無数の足が鳴らす足音。
広場にいた兵たちが一瞬どよめき、しかしその一瞬が判断を分けた。
打撃音にもならない雑音。
獣のような激しい咆哮。
破壊するように、雪崩れるように、武器ももたない民衆の波が、勢力図を一気に塗り替え始める。
「馬鹿な!」
宰相の声さえ叫びに飲まれる。
兵装で勝るはずの兵士たちが、民衆の波に押され始める。
――『草の根』!
不自由な体で見渡すグレイヴの、視界は『希望』で占められていた。
アッシュらに撒かれた『草の根』は、市民の不満を糧に広がり、二度の『英雄』の失墜に、怒りとなって蜂起していた。
――根付いたぞ、カイ!
「――グレイヴ!」
直後、アッシュの声に上げた視界を、銀の光が降下してくる。
「受け取れ!カイの剣だ!」
グレイヴは反射的に体を起こし、剣の落下地点へ体を入れる。
走る刃が縄を切り裂き、広がる両手が剣を捉える。
そのまま振られた剣の柄が、執行人の意識を瞬時に切り裂く。
息の吸われる声とともに宰相が青ざめ、兵を両手でかき分け始める。
――逃がすか!
重い落下の音とともに、処刑台を跳んだグレイヴが宰相の青い法衣を捉える。
一歩ごとに鳴る足の鎖も、擦れる足首の痛みも構わず、鎖の幅を限界まで引き、グレイヴは宰相の影を追った。
その音と気迫に、一瞬振り返った宰相が、辻より現れた男にぶつかり、そのまま大地へ倒れ込んだ。
「貴様!」
顔を上げた宰相の目が瞬時に凍った。
「――陛下!」
現れた男は、大地へ這いずる青の宰相を、ただまっすぐに見下ろしていた。




