5話 消えた山田さんと異様な部屋
その知らせは、あまりにも突然だった。
「そんな山田さんが……」
「マジかよ……」
朝、具合を確かめるために目黒先生が山田さんの部屋へ電話をかけたものの、返事がなく。不安に思った竹下課長たちが部屋を訪ねると、そこにはもう山田さんの姿は見当たらず。現在、山田さんは行方不明だという知らせが、私たちにもたらされたんだ。
その知らせに、研究所内は一気に騒がしくなった。それはそうだよね。だって人が、山田さんが消えたんだよ? こんな森の奧深くで。
もう、それからはみんな研究どころじゃなく、山田さんの話ばかりしていたよ。具合の悪い山田さんが、一体どこへ行ったのか。そもそも、起き上がることができたのか。その辺んで倒れているんじゃないか? とかね。
そんな騒然とする中、ようやく課長がそれぞれの班を回り、今の状況とこれからのことを私たちに伝えに来たのは、山田さんが消えたという一報から2時間後。これで少しは何か分かるかもと期待した私。でも……。
やっと話を聞けると思ったら、課長が話したことは、あまりにも信じがたい内容だったんだ。
「山田君が姿を消したのは、すでに皆知っているだろう。まず、俺たちが最初に、山田君の部屋を訪れた時のことだが、その時にはすでに彼の姿はなく……」
課長の話によると、部屋を訪れた時には、すでに山田さんの姿はどこにもなく。窓は全開で、部屋の中がとても寒くなっていたって。
しかも、スマホも現金なんかの大切な物は、全部テーブルに置きっぱなしにされていたし。本当に山田さんだけが、その場からいなくなったって感じだったみたい。
そこですぐに、何かすこしでも、山田さんがどこへ行ったのか分かるような痕跡はないかと、確認始めた課長たち。ただ、確認ばかりしていてはと、確認する人と、山田さんを探す人と、二手に別れて行動することにし、全員でできる限り動いたんだ。
でもその結果は……。窓の周りに足跡が残っていないかとか、何か部屋から持ち出されているものはないとか、いろいろ確認しても、何も痕跡を見つけられず。研究所も敷地内や、外周を探しても、山田さんを見つけつけることはできなかったの。
「あ、あの、警察は?」
「もちろん、警察には連絡したが、この霧のせいで、到着までには時間がかかるそうだ。……こんなことになって、君たちもさぞ動揺しているだろう。だが、警察からは、勝手に動かないようにと言われている」
「じゃあ、俺たちはこれから?」
「君たちの動揺は分かる。だが、我々にできることは限られている。それは、警察の言うことを聞き、彼らを待つことだ。そこで君たちにはこのまま、いつも通りの研究をしてもらう」
その言葉に、研究室内がざわめく。研究員が1人いなくなったのに、このまま研究をするの? いくら勝手な行動をとるなと言われても、さすがに研究所の周りくらいなら、もう1度みんなで探しに行った方が良いんじゃないか。せめて霧が晴れているところまで、と声が上がる。
私も、その意見には賛成だった。確かに霧は出ているけれど、研究所の周りくらいなら、全員で探すとか、組みを作って探すとかすれば、森で迷う危険性は減るし。それにほら、無線もあるから、大丈夫だと思ったんだよ。
「人が消えてるんですよ!?」
「そのまま仕事なんて、とてもできません」
「今日はいつもより霧が濃い。二次災害が起こる可能性が高いから、動くなと言っているんだ。警察もその事を心配し、動くなと言っている。警察や俺は、間違ったことを言っているか?」
「それは……」
「確かに、課長のおっしゃる通りかもしれませんが。でもそせめて少しでも……」
「ダメだ。俺も他の責任者も、君たちを守る責任がある。山田はこんなことになってしまったが……。だからこそ、もしも二次災害が起きたら? 優秀な君たちを、失うわけにはいかない」
課長の言葉に、みんなが黙る。
「だが、何もしないで待つというのも、皆落ち着かないだろう。何かをやっていた方が、気がまぎれるはずだ。そう、こういう時こそ、普段通りの業務をした方が良い。目黒先生もその方が良いと言っている」
「……」
「皆、俺の話は分かったな」
「……はい」
「……分かりました」
「それでは皆、研究に戻るように。今のところの話は以上だ。何か分かれば、その都度報告する」
私たちが課長の話に戸惑っている間に、課長はそれだけ言い残すと、今日は元々、私たちの班で研究する予定だったから。何事もなかったかのように自分のデスクに向かい、モニターの数値をチェックし始める。
その課長の、あまりにもいつも通りの姿に、私たちはさらに戸惑い、それ以上何も言えなくなってしまって。結局、重苦しい空気の中で、研究をすることになったんだ。
でも、気が紛れるからと言われたところで、研究中も私の頭から山田さんのことが離れることはなく。その日1日、研究に身が入らないまま、過ごすことになってしまい。
そして、その日の研究が終わると同時に、居ても立ってもいられず、私は山田さんの部屋へと向かったんだ。
もちろん、課長には気づかれないように、普段通りの仕事終わりを装いながらね。
すぐに山田さんの部屋がある階に到着し、廊下を曲がる。すると、山田さんの部屋のドアが、数センチだけ開いていることに気づいて。
私は、もしかして山田さんが戻ってきた? と思って、急いで部屋に駆け寄る。そして、深呼吸をし、そっと声をかけながらドアを開けたんだ。
「……山田さん?」
……中を覗き込んだ瞬間、心臓が止まりそうになった。
「な……に、これ……」
私は、これまでに数回、山田さんの部屋へ遊びに来たことがある。
山田さんの部屋は、山田さんの性格そのままという感じで。明るく派手に飾り付けられており、今すぐにパーティーを始められるんじゃ? って思えるくらいの部屋で。何だったら、1度本当に軽くパーティーをしたことがあったし。
でも、今の山田さんの部屋の様子は……。私が知っている山田さんの部屋とは、まるっきし変わってしまっていたの。
壁一面には、彼が研究していたものに関する資料や、この研究所の図面など、いろいろな紙が隙間なく貼り付けられていて。そのどれもが、マジックペンで全体的に真っ黒く塗りつぶされていたんだ。
しかも、それだけじゃなく。黒く塗りつぶされた紙と紙の隙間や、かろうじて残った余白には、震える筆跡で、偽物、嘘、子供、真実、騙されるな、といった言葉が、いくつも書き殴られていたし。
数日前に聞いた山田さんの、あのよく分からない言葉も書かれていて。書かれている言葉の半分以上が、あまり良いとは言えないものだったよ。
そして窓の近くには、他よりもひときわ大きく『俺たちは、もう』と書かれており。その言葉を含め、いくつかの文字からは、背筋が凍るような感覚もしたんだ。
開いたままの窓から、冷たい霧が静かに流れ込んでくる。と、それと同時に、部屋には私以外いないのに、誰かにじっと見つめられているような気がして。私は逃げるように、自分の部屋へと駆け戻ったの。




