3話 ノイズだらけの放送と頭痛、気にしているのは私だけ?
「さぁ、ここだ。席は決まっていないから自由に座ってくれ」
そう言いながら竹下課長が先に入室し、研究員たちがゾロゾロとそれに続く。最後に私がその部屋に足を踏み入れると、そこは十分な広さこそあるものの、窓が1つもない、ひんやりとした静かな会議室だった。
それから、部屋の中には、カバーの掛けられたたくさんの機械に、書類棚に本棚と、いろいろな物が置かれていて。後ろの方には、カチカチと不規則に点滅している、モニターらしき物も置いてあったよ。
「ここは研究の発表や、部門ごとの打ち合わせにも使われるから、いろいろな物が置いてあるんだ。それと、会議の時間が長引くと腰や肩が痛くなることが、他ではよくあると思うが。ここでは、少しでも皆が疲れないように、かなり座り心地のいい椅子を用意している。あと、会議室は小さめのものが2部屋あるぞ」
確かに竹下課長の言う通り、よく見るような長机が、いくつも並べられてはいるものの、椅子はよく見るようなオフィスチェアではなくて。どちらかと言えば、高級なゲーミングチェアという感じの、座り心地の良さそうなものが揃えられていた。
「俺、ここにしよう」
「じゃあ、私は哲也の隣。ねー」
「なぁー」
怖い話好きの山田研究員が、部屋の中ほどの席に座ると、その隣に川島里奈研究員が座った。
彼女はマイクロバスに乗るための集合場所で、山田研究員に『初めまして』と挨拶していたから、今日が初対面のはずなのに。道中ずっと彼とイチャイチャしていて、今もまたイチャイチャし始める
お前たちは、ここへ何をしに来たんだ、と思わず言ってしまいそうになるくらいの、2人のイチャイチャ具合。
その様子に、他の研究員たちもいろいろと思っているんだろう。みんな苦笑いしながら、2人の横を通り過ぎ、自分たちも続々と席に付き始める。私は、最後列に座ることにしたよ。
「初めまして、宮本薫よ」
「初めまして、高橋瞳です」
席に着くと、ひと席向こうに座った女性研究員に声をかけられ、私も名前だけの簡単な自己紹介をする。
「森の中とは聞いてはいたけど、まさかこんな森の奧だとはね。しかも霧が濃くて、景色も楽しめないし。さっき、バズの案内の彼女に話を聞いたら、ここは晴れの日よりも、霧の日の方が多い場所だって。嫌よねぇ。まぁ、研究をしに来たんだから、そんなこと気にするな、って言われればそうだけど。何もないんだから、景色ぐらい楽しみたいわよね。そう思わない?」
「そうですね」
宮本さんの話に、そっか、霧が多いのか。う~ん、なんかちょっと嫌だなぁ、と、そう思っていると、
「皆、静かに。それではまず最初に、所長より挨拶がある。ただ、所長は今、仕事で立て込んでいてここへは来られない。そのため、放送での挨拶となる」
そう山下課長が言い、手を挙げる。すると、マイクロバスで案内をしてくれていた女性が、無線を使い誰かと話を始めて。その数秒後、天井のスピーカーから、ガガッ、という耳を突き刺すような激しいノイズが響いた。
『……諸君、ようこそ。我が研究所へ。私はこの研究室の所長、霧島 恒一だ」
聞こえてきたのは、機械越しだけれど、それでも酷く冷たさを感じる、この研究所の所長、霧島 恒一の声だった。
『これから諸君にはこの研究所で、人類の未来に関わる研究に携わってもらう。周りに何もない森の中と聞いていただろうが、ここまで深い場所にある研究所だとは、さぞかし驚いたことだろう。だが、それもすべては研究に集中するため。ここは他の研究所に比べ、素晴らしい環境が整っている』
「やっぱりそうよね」
宮本研究員が、つまらなそうにぼそっと囁く。さっき景色くらいって言っていたものね。私は……、まぁ、まずは研究よ、研究。うん。研究に集中しちゃえば、霧のことなんて気にならなくなるし、そのうち研究以外の、楽しいことも見つけられるはず!
『ここでの成果は、外の世界では決して得ることのできない、素晴らしいものになるだろう。それだけ、ここでの研究には価値があるということだ。だが、ガサッ……そこに至るまでには、多くの試練が待ち受けているだろう。それでも諸君には、ガサッ……最後まで役割を果たしてもらう。これも……』
ん? 何? ……ああ、これが。
最初こそ普通に聞けていた所長の放送だったけれど、数分もするとノイズが混じり始めたんだ。
ここでは、携帯がかなりの頻度で使えなくなるみたいだし、そのために無線を用意してあると、説明会の時に聞いたんだ。たぶんそれで、今の所長の放送に、ノイズが入ってしまっているんだろう。
だから私は、ノイズが始まった頃は、まぁ、ぜんぜん聞こえないわけじゃないし、気にするほどでもないな、と思っていたの。でも……。
そのノイズが混じり始めてからだった。急に頭痛がし始めて、最初はズキッ、ズキッと、間隔を空けて痛みを感じていたのだけれど。それが数分もしないうちに、ずっと痛みを感じるようになってしまったんだ。
急なことにどうしようかと思いながらも、今は所長の挨拶の最中だし、我慢できないほどの痛みじゃない。放送が終わって、課長の説明が終わってからも、あまりにも痛みが続くようなら、その時は課長に言おう。
そう考え、こめかみをさすりながら、放送が終わるのを待つことにした私。
だけど、私の思いとは裏腹に、頭の痛みと放送のノイズは、この後さらに強さを増していって。放送に至っては、ノイズのせいで、所長の話の半分も聞き取れなくなってしまったんだ。
『これから……ガサッ、であるからして……ガササッ』
何? 本当、何を言ってるか分からないんだけど。このまま進めるの? 普通こういうのって一旦止めて、やり直しするものじゃないの? ああ、もう、頭も痛いし!
なんて思っているうちに、1度も止まることなく続けられた放送は、どうやら最後に差し掛かってしまったようで。何となくだけど、所長が挨拶の締めに入ったのだけは分かったよ。
『それでは……ガサッ、これからの……諸君らの……期待……しているよ。君たちの命が、……無駄に、ならないよう……』
……え? 今、なんて言った? 命が無駄にならないようって、そう言ったよね? 何で、命? 命懸けで研究しろって、そういう気合いを入れろって感じの意味で言ったのかな?
『それでは頑張ってくれたまえ。後は課長の言う通りに』
ブツッと切れる放送。こうして、最初と最後だけしっかりと聞こえた所長の挨拶は、内容がほとんど分からないまま終わったんだ。
と、ここで不思議なことが起きた。何故かそれまで続いていた私の頭痛も、放送が終わるとほぼ同時に、ピタッと止まったの。あれだけズキズキと傷んでいたのに、こんなに急に治るもの? しかも放送とほとんど同時に始まって、ほとんど同時に止まるって……。
もしかして、森の中で、しかもこの気候だからこうなったとか? 治ったのは良かったけど、う~ん。ちょっと心配だな。一応課長に相談した方が良いかも。
何かあって、動けなくなったら? そうしたら私は街へ戻って、診療を受けないといけなくなるし。研究は大事だけど、みんなの邪魔をするようなことになったら、それこそダメだもんね。
そう思いながら、隣の宮本研究員や、他の研究員を見る。するとみんな、ノイズのことなんてまったく気にしていないとばかりに、メモを取っていたり、資料を見ていたり、それぞれ思い思いに動いていて。そして山田研究員と川島研究員は、相変わらずイチャイチャしていたんだ。
「あの、今の放送……」
私は、宮本研究員に声をかける。
「挨拶なんて、簡単で良いのに。どうしてこう言う時の挨拶って、こうも長いのかしら」
「あ、あの」
「あなたもそう思わない? って、あなた顔色が悪いわよ!? どうしたの? 具合がわるい?」
「あ、いえ、あの……ちょっと頭痛が」
「私が持っている頭痛薬を飲む? よく効くのよ」
「あ、ありがとうございます。でも、後で課長に一応相談してからと思ってて」
「そう? あなたがそう言うなら良いけれど……。もっと具合が悪くなったとか、何かあったら、すぐに私に言ってね。私、いろいろ用意して来てるのよ」
「はい、ありがとうございます。……それで、あの、今の放送、あれで良かったんですかね」
「そうよね。あんなに長い挨拶いらないわよね」
「いえ、聞きにくかった部分は、そのままで良いのかなって」
「聞きにくい? ああ、もしかして挨拶の間、頭痛で聞けていない部分があったのね。大丈夫よ、大したこと話していなかったから。気にしなくて大丈夫!」
「……? そうですか、安心しました」
会話を終えて、私はもう1度、周りを見渡す。すると案内してくれた女性は、何かの紙を配り始めているし、課長も次の準備を始めていて。他の人たちも、さっきとほとんど変わりなく、普通に過ごしていたよ。
宮本研究員もだけど、あんなに酷いノイズだったのに、本当にみんな気にしていないの? 私の気にしすぎ?
私は、配られた紙を受け取ると前を向いて、そしてカバンからペンケースを取り出す。
うん、これ以上、気にするのはやめよう。だって、誰も気にしていないんだよ? そんな状況で、今日出会ったばかりの、ほとんど会話をしていない人たちに、
「今の酷い放送でしたね。やり直さないんですかね?」
なんて聞く勇気、今の私にはまだないし。
そもそもだよ? 宮本研究員に聞いて、彼女は気にしなくていいって言ってくれたのに。今の今、聞いておいて、他の人にも聞くなんて、宮本さんが気分を悪くしたら……。
私は、ここでの生活を有意義なものにしたいんだよ。それが、ここへ来て早々、対人関係でギクシャクしたくない理由だもの。
こうして、なんともいえない所長の挨拶を聞くことになってしまったけれど、この後はこれといった問題はなく、私は課長の説明を聞いたんだ。




