5話 毎晩繰り返される夢と男の子の幽霊
夢を見ても、起きた時にはその夢の内容を忘れていることが多いでしょう? 私も時々夢は見るけれど、その内容をほとんど覚えていないし。あとは、たとえ夢を見ていたとしても、見ていたという自覚さえ、ない場合もあるだろうし。
だけど、神谷のおばちゃんのことがあってから、内容は覚えていないけれど、夢を見ていたと、はっきり自覚しながら起きる、というのを私は毎朝繰り返すようになったんだ。
今までに、こんな毎日、夢を見たことがなかった私。というか、研究、研究の日々で、研究に没頭しすぎて、疲れてぐっすりということが多く、夢なんて見る暇もなかった感じだしね。
だから、なんでこんなふうに、毎日夢を見るようになったんだろう? と、夢を見始めたことを不思議に思っていたの。
ただ……。それだけじゃ終わらないっていうのが、今の私には通常通りというか。
次に変化が起きたのは、所長とのことがあってからだった。所長に初めて直談判に行った日、そして所長のことを、注意して観察するようになってから。今度は起きた時に、しっかりと夢の内容を覚えている夢を、毎日見るようになったんだ。
しかもその夢の内容が、問題というか、なんというか。現実で起きていることの続きという感じの、なんとも言えない夢で……。
夢の始まりは、私がいつも使っている研究室からで。研究室で、ハッと目を覚ますところから始まるの。
それで、研究をしている間に、いつの間にか寝てしまったのかと、慌てて周りを見渡すんだけど。
何故か研究室には私だけしかいなくて、他の誰も見当たらず、研究室はシーンと静まり返っているんだ。しかも、研究室の電気は全て消えているし、廊下の電気までも消えていてね。
それで、様子を知ろうと窓に近づく夢の中の私。そうして外を見れば、あいかわらずの霧で、空の色はいまいちよく分からなかったけれど、それでも、もう夜だと分かるくらいには外は暗くて。急いで時計を確認すると、時計の針は19時30分を示していたんだ。
研究中に寝てしまった私をそのままに、みんな仕事を終わらせて、部屋に戻ってしまったの? もう、起こしてくれれば良いのにと、ブツブツ文句を言いながら。慌てて自分のデスクの上を簡単に片付けると、とりあえず研究室から出る夢の中の私。
だけど、隣の宮本さんの班が使っている研究室の前を通っても、そのまた隣の研究室の前を通っても、本当に誰もいなくて。それどころか、他の部屋、廊下、どこを見ても、誰1人として見ることはなく。
いくら仕事の時間が終わっているからって、さすがにこの時間に、誰とも会わないなんてことはあり得ない。
しかも、研究室と同じで、他の部屋も廊下も、全て電気は消えていて。それこそ、1つの明かりもついていないんだから、研究所の中は真っ暗になりそうなものなのに。何故か研究所の中を、しっかりと見ることができているの。
ここでおかしいと思った夢の中の私は、荷物を持ったまま、研究所内を調べることにするんだ。
みんなが居そうな場所を順番に確認して回って行く。まずは他の研究室に会議室、それから、研究に必要な道具がしまってある倉庫部屋に、資料室と図書館も回ったよ。ただ、やっぱり誰も見つけることはできなくて。
次に向かったのは、研究関係以外で人がたくさん集まっている、食堂とプレイルーム。
だけど、いつも誰かしら食事をしている食堂にも。片付けても誰かが遊び道具を出しっぱなしにして、散らかっていることが多いプレイルームにも、他同様、誰もいなくて……。
仕方なく、次に向かった場所は、宿泊棟だった。
1階ずつ廊下を確認したあと、ちょっと歩いてみて、部屋に誰かいないか、様子を伺うの。でも、どの部屋からも、人の気配はまったくしないし。なんだったら、いつもの夜中よりも静まり返っているんだ。
それと、宮本さんの部屋へ行った時は、一応部屋のドアを叩き、宮本さんを呼んでみたけれど、やっぱり反応なしだったよ。
それで夢の中の私は、さらに別の場所を探そうとするんだ。ただ、ここで不思議なことが起こるの。
ここまでは、夢の中の私は、自分の意思でどこへ向かうと決めていたけれど。いや、夢の中の自分だから、本当に自分の意思で動いているのかは怪しいけど。毎回同じ順路で、他の人を探しているし。
でも、みんなを探す場所は、まだまだあるはずなのに。ほら、大浴場とか医療室と休憩室とか。それなのに、みんなを探しているはずの私は、ある場所へ向かうんだ。一体どこへ向かうのか?
それは、所長室だった。必ず、宮本さんの部屋に行ったあと、所長室へ来るの。
事件が起きてからは、所長に直談判しにくる人たちが、所長室の前に集まっていることが多かったから。夢の中とはいえ、絶対にいないってことはないだろうけど。
でも、その人たちも、夕食時には来ている人は少なくて。だからさっき19時30分という時間的に、所長室なんて、最後に確認すればいいはずなのに。何故か夢の中の私は、必ず所長室へいくんだ。
そうして所長室の前に着くと、必ず所長室のドアの鍵が、カチャリと音を立てて開き。私は躊躇なく、そのドアを開けて中に入るんだ。
ただ、所長室にも、現実では部屋に居ることが多い所長も、課長も、やっぱり誰もいなくて、電気も消えていてね。
そして、ここでも特に何かがあるわけでもなく、夢の中の私は、もうここに用はないと、そのまますぐに、部屋を出ようとするんだ。
だけど、ドアの方へ振り向こうとした瞬間、あることに気づくの。それは、所長がいつも座っている机から見て左側。そこに、もう1つドアがあったんだ。
ただ、これが本当に所長室にあるドアなのか、それとも夢だから存在しているのか、それは分からない。所長室に入ったのは、あの直談判の時だけで、その時は中をじっくり確認する余裕なんてなかったからね。
でも、夢の中の私は、そのドアの向こうを確かめようとドアに近づき、ドアノブを回してみるんだ。でも、鍵がかかっていて、ドアを開ける事ができず。
しかたなく廊下に出て、左の部屋を確認してみれば、その部屋は立ち入り禁止の部屋で。どうも、所長室の中のドアは、この立ち入り禁止の部屋へ繋がっているらしい。
まぁ、だからなんなのかと言われてしまうとね。それ以上は調べることはできなかったし、夢の中の私自身も、それ以上確かめようとはせず。そのあとはまた、別の場所を探し始めてね。
そうして探し始めてから、感覚では1時間くらいかな。夢の中の私は、いろいろな場所を探し回ったけれど、結局、誰も見つけることができないまま、最後の場所へと辿り着くの。
と、これがまた不思議で。最後に訪れる場所も所長室と同じように、いつも必ず同じ場所に向かうようになっていて。そこがどこかと言えば、私が1番よく訪れる、中庭を見渡せるあの廊下なんだ。そしてその廊下で、夢の中の私はようやく、ある人物を見つけることができるの。
だけどそれは、宮本さんでも、他の研究員でも、所長や課長でもなくて、まったくの予想外の人物。そう、私が研究所へ来たその日に目撃し、後に噂にもなった、あの男の子の幽霊なんだ。
そして男の子の幽霊は、最初は下を向いた状態で、廊下の真ん中にぽつんと立っているんだけど。私が足を止めるとすぐに顔を上げ、私を射抜くような鋭い視線で睨みつけ。そのあと、必ず私に向かって、何かを言ってきて。
ただ、何を言っているのか、声はまったく聞こえず。私自身も、声を出そうとするんだけど、口は動かすことはできても、喉が詰まってしまったみたいに声を発することはできず。毎回、そんな音のない会話が数分続くんだ。
そうして、そんななんとも言えない時間がやっと終わったと思ったら。その後もやっぱり毎回同じで。
男の子の幽霊はあれだけ私を睨んでいたのに、スッと私から目を離し。まずは、所長室と研究室のある方を見てから、その次に中庭を見つめて。最後に私に向き直ると、もう1度ジロリと私を睨んだあと、また聞き取れない声で何かを言いながら、どんどん消え始めてるの。
そして、男の子が消えるとほぼ同時に、私も夢から覚める。……と、こんな不思議な、そしてちょっと怖い夢を、毎日見るようになったんだ。
どうしてあの男の子の幽霊が、私の夢に出てくるのか。いろいろなことがありすぎて、それから男の子の幽霊を意識しすぎたせいで、それに関係する夢を見るようになってしまったとか?
それにしてもだよ? たまには他の夢を見たっていいはずなのに、毎回同じ夢を見るなんておかしいでしょう?
と、こんな感じで、ただでさえ研究所に漂う最悪な空気や、私たちの話を聞こうとしない所長や課長たちへのイライラ。それから悪天候のせいで身動きが取れず、外とも連絡が取れない閉塞感。
そういった、いろいろな問題が重なって、ただでさえストレスを感じていたのに。この夢を見るようになって、それでさらに精神が削られてしまって。私は、頭痛薬を飲む回数が、かなり増えてしまったんだ。
それでも、日々は続いていく。今日も所長の、あいかわらずノイズ混じりの定期放送が流れてきた。
いや、ノイズは最初の頃よりもさらに酷くなっていて。今ではもう、私は半分以上、何を言っているのか聞き取れなくなってしまったんだ。でもそれなのに、『研究を続けろ』という言葉だけは、なぜか毎回はっきり聞こえるんだから、本当に嫌になる。
放送でまで強調しなくてもいいのにと、心の中で文句を言い、どうにもならない気持ちのまま午前の研究を終わらせた私。この後はいつも通り、蕾に元気づけてもらおうと、中庭へ行こうとして研究室を出たよ。
だけどその時、不意に誰かに見られているような気がして、私は思わず足を止めて後ろを振り返ったんだ。でも、そこには誰もいなくて。
「気のせい? うーん、見られてる気がしたんだけどなぁ」
私は少し気になって、視線を感じた方へ行って確かめてみる。でもやっぱり、そこには誰もいなくて。結局、おかしいなと思いながらも、私はそのまま中庭へ向かうことにしたんだ。
そして、中庭の見える廊下まで来ると、蕾はどうしているかなと気になり、私は外に出る前に、窓から中庭をチラッと見てみることに。すると……。
私の目に、ある驚きの物が飛び込んできたんだ。




