1話 親友の蕾との楽しい時間と、神谷のおばちゃんの異変?
それからも続く監禁生活の中、私は毎日、中庭の蕾への水やりを欠かさなかった。それに、続けているうちに、蕾が友達みたいに感じられてきて。少し経つと私は、その日にあった嬉しいことや、愚痴なんかを、蕾に聞いてもらうようになったんだ。
「今日の研究は、いつもよりも成果が出たんだ。これで次の段階に進めるよ」
「まーた課長が、面倒なことを言ってきたのよ」
「今日も所長と誰かが揉めたって、本当、これからどうなるのかな」
なんてね。そうすると、もちろん蕾が話すわけはないけれど。
“やったね! 次も頑張ろう!”
“課長はいつもそうだよね。大変だね。頑張ってるよ”
“大丈夫、側にいるからね”
そう、返してくれているような気がして。それで今の私が、どれだけ救われていることか。
ただ蕾は、あいかわらず大きくならないし、硬く閉じたままで、一向に咲く気配がなく。栄養が足りないのかな? 土が悪い? と、今は蕾のために、出来ることを考えているところなんだ。
今日は、課長の愚痴を言いながら、研究所で作った特製の栄養剤を与えているところなの。花に詳しい研究員がいて、水にあれとこれを混ぜて与えると、花が元気になるって教えてもらったんだ。
「どう? これで元気が出ると良いんだけど。それでね、さっきの話なんだけど……」
水をやりながら、話を続ける私。と、その時だった。
「あらあら。最近は私のところに、ほとんどの研究員が愚痴を言いに来るのに、どうして瞳さんは1度も来ないんだろう、大丈夫なのかねと思っていたら。最高の友達がいたのなら、わざわざ私に話しに来る必要はないね。理由が分かって安心したよ」
振り返ると、神谷のおばちゃんが後ろに立っていて、私と蕾を見ながら、優しい苦笑いを浮かべていたよ。
「おばちゃん!」
「こんなところに花が生えているなんて、ずっとここにいるのに、ぜんぜん気づかなかったよ。いつ生えたんだろうね」
私は、ここへ来た日にこの蕾を見つけたこと、そしてこれまでの蕾のことを、簡単に神谷のおばちゃんに話す。
「ということは、かなり前から咲いていたんだね。うーん、瞳さんたちが来る前に、大掃除をしてね。私は、この中庭の掃除をしたんだけど、その時はなかったと思うんだが。見過ごしたかねぇ。こんな可愛い花をねぇ」
「おばちゃんが掃除した頃は、もっと小さかったと思うから、見逃した可能性が高いですね」
「でも凄いねぇ。あれだけの悪天候を凌ぐなんて。花壇の花なんか、完璧にやられたっていうのに。これは瞳さんの言うとおり、私たちに元気をくれるために、頑張って咲いてくれているのかもしれないねぇ」
「ですよね。最近は話しかけると、ちょっと愚痴が多くなっちゃって、申し訳ないと思ってるんですけどね」
「はははっ、仕方ないさ。今回の所長や他の人間たちの対応は、私でもイライラしているからね。まぁ、その辺も、きっとこの蕾は分かってくれているさ」
「だと良いんですけど。今日の夕方もここへ来るつもりなんです。その時には、楽しい報告だけできればと思ってて」
「そうだね。ああ、そうだ、明日は私の美味しいご飯について、報告するのはどうだい? 特別に、今日の夜はスペシャルなご飯を作るからさ」
「わぁ、おばちゃんのスペシャルご飯か! それは良い報告ができそうです!!」
「だろう?」
「ああ、でも、食べさせてあげられないのが残念だなぁ」
「まぁ、それは、瞳さんの話だけで我慢してもらおうかね」
神谷のおばちゃんが、さらに優しい笑顔になる。
「よし! そろそろ時間だね。それじゃあ、スペシャルなご飯でも作りに行きますか!」
そう言うと神谷のおばちゃんは、今まで私の隣にしゃがんで、一緒に蕾をみていたんだけど。自分の膝をパンッと叩き、よっこらしょと立ち上がろうとする。
と、その時だった。おばちゃんが立ち上がる際に支えにした手が、少しだけ、本当に少しだけ、私と蕾に触れたんだ。その瞬間、私や蕾、おばちゃんの時間が、一瞬だけ止まったような気がしたの。
私は驚いて周りを見る。だけど、これといった異常はなく、研究所の方、廊下を談笑しながら歩いている研究員の姿が見えるだけだったよ。
「今、何かありませんでしたか?」
私は、おばちゃんの方を振り向きながら話しかける。でも……。
何故か神谷のおばちゃんは、それまでの、いつもの元気な様子から、酷く怯えているというか、動揺しているというか、挙動不審になっていて。顔色も真っ青になっていたんだ。
何? 今の今まで、普通に話していたのに。どうして急にそんな風になったの? もしかして、今の違和感? それが原因?
「あの、おばちゃん? どうかしましたか? 今、変な感じしませんでしたか?」
私はもう1度声をかける。けれど神谷のおばちゃんは私と目を合わせず、
「あ、ああ、これは嘘よね、私の勘違い。そうよ、きっと疲れているんだわ。そうだわ、そうよ。瞳さん、私、先に戻るわね」
そうとだけ言うと、神谷のおばちゃんは私の返事も待たず、慌てたように立ち上がった。そして、周りをキョロキョロと見ながら、まるでテレビや映画みたいに、何かから逃げるような様子で、足早に研究所の方へ向かっていく。
「おばちゃん!?」
私の声に神谷のおばちゃんは、もう一切反応しない。そして神谷のおばちゃんは、逃げるように研究所の中へと戻っていってしまったんだ。




