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【超短編小説】バスターミナル

掲載日:2025/12/22

 発泡スチロールから逃げ出した蟹が冷たい床を這い回っている。

 おれはその蟹を眺めながら、紙製のストローで薄くなったアイスコーヒーをすすっていた。

 鼻詰まりの様な音を立ててアイスコーヒーが喉の奥へと流れて行く。氷の山が崩れてじゃらじゃらと音を立てる。

 アイスコーヒーはやがて薄い水になり、冷やすものを無くした氷が光を散らす。


 待合室に置かれた魚のいない水槽でいくつかの泡が弾ける。


 おれは氷だけになったプラスチックのカップを持て余していた。

 大抵の人間はフタの付いているボトルや缶の飲料を手にしていて、おれみたいな奴は見送りと言うことがわかる。

 バスが出れば、ここも水槽のようになる。

 その時は誰が泡を数えるのだろう?


 土産屋で流れる蛍の光が聴こえる。

 そうだ、光あれ。

 おれにとっての光はなんだったのだろう?

 もう御来光も、初めて見た乳首も思い出せない。童貞の頃に夢で見た女の股ぐらは影になっていた。

 蛍の光がもたらす終焉。

 おれたちはその音をよく知っている。

 光あれ。



 プレイバックされない青春。

 誰もちょっとも待たないから、おれは助からなかった。

 居心地の悪い人生。

 待合室の女子高生たちはいくつかの影を伸ばして、試合や合宿に向かう。

 いつだって女子高生はおれにとっての内角高めだ。

 空振り三振?

 いや、バットなんて振りやしない。

 見逃し三振?

 そもそもおれは打席に立っているのか?

 だからソープランドで25歳に着せるドンキのセーラー服は厭な光を放っていていつも辛くなる。



 スクールカースト上位から乗り込む修学旅行のバスの前方は真面目キッズ、後方はヤンチャボーイズ。

 おれはいつも前方寄りだった。

 どこにも居場所の無い少年がGODIVAのチョコレートを配りながら自分の椅子を探している。

 引きつったGODIVAボーイの笑顔と受け取るボーイが浮かべる嘲笑のコントラストは高く、前方と後方の彩度はあまりにも違った。


 


 鬱々としていくおれの思考回路を止まらせるように

「トイレ行ってくる」

 と言ってベンチの隣に座っていた女は消えた。

 新幹線とホテルを兼ね備えたバス。

 節約できるものは金、得られるものは疲労。

 そんなのは気づかれないだけで実際のところは緩慢な自殺だ。



 高速バスでカーボーイが死ぬように、社会に居所の無い男たちが──そもそも男に居場所なんて無い。

 殴って奪い取るか、バスから蹴り落とすか、それともGODIVAで買収するかだ。

 または諦めてバスから飛び降りる。



 氷が溶ける。記憶は解けない。

 20年も引きずったままだ。

 社会不適合者たちの恋。

 精神科の待合室。

 バスは出ますか?

 チケットはありますか?

 行き先はどこですか?

 席はありますか?

 明日もそうですか?

 来年はどうですか?


 床を這う巨大な蟹が爪を伸ばして待合室の人々を摘んではもぞもぞと動く口に運んでいる。

 GODIVAでどうにかなりませんか。

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