若返りの魔法のキャンセルはできませんか? 2
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とはいえ。
ステファーニ公爵家のカントリーハウスに来てから二日。
イアナは大切に確保していたフェルナンドの絵姿を見つめてううむと唸る。
六十二歳のロマンスグレーの老紳士。
二十歳のフェルナンドが嫌いなわけではないが、絵姿を見るたびに、何とか外見を元に戻すことはできないかとイアナは考えた。
エラルドは若返りの薬を作ったが、若返らせることができるのなら年を取らすこともできるのではなかろうか。
そう都合よくいくはずがないとわかってはいるが諦めきれない。というか、若返りの薬と老化の薬、二つあったら最強では? 何故なら好きな時にいぶし銀の旦那様に会えるということだからだ。
絵姿の素敵な老紳士にぎゅっと抱きしめられる様を想像してイアナはうっとりした。いい。とってもいい。ものすごくいい。
(でも、若返りの薬はともかく、老化の薬なんて需要がないわよね。わたしくらいにしか)
そもそも、人を簡単に若返らせること自体どうかと思う。
今回は先王陛下がどうしても十歳ほど若返りたいと望んだためエラルドが研究したようだが、なんとなく……この薬が世間に発表されたらまずいだろう。国が、下手をしたら世界が混乱する。
なので、先王陛下に求められた薬を提供した後は、恐らくだが製造禁止か、他言無用の扱いになると思われた。そもそも先王陛下も本当に成功すると思っていなかったかもしれない。
そして、若返り以上に老化の薬はまずいと思う。体を老化させるということは、人の寿命を縮めると言うことだ。そんなもの毒に等しい。
(うん、無理だわ)
ならばいぶし銀の素敵な旦那様に会うためには、あともう一つしか方法がなかった。若返りの薬の効果を中和する薬を作ってもらうのだ。
フェルナンドだっていきなり若返って困っているだろう。元に戻れるなら戻りたいはずである。よし、エラルドの相談しよう。
イアナはフェルナンドの絵姿を自室のライティングデスクの引き出しに大切にしまった。
婚約期間もなくイアナはフェルナンドに嫁いだが、結婚式は今のところ予定に上がっていない。
というのも、世間ではフェルナンド・ステファーニは六十二歳であり、去年の公式行事にも顔を出していたため、彼の元の顔は大勢が知っている。
フェルナンドが若返ったと知れば世間は大いに驚くだろうし、そもそも信じるかどうかも怪しい。下手をすればフェルナンドに隠し子がいて、その子が父親のふりをしてイアナと結婚したのでは……なんて噂まで立ちかねなかった。
ゆえに、若返ったフェルナンドは世間に顔を出さない方がいいと、本人とエラルドが判断したのだ。
フェルナンドは結婚式ができなくて申し訳ないと謝ってくれたが、もともと結婚式にさほどの興味もなかったイアナはまったく問題なかった。
夫が優しくて素敵な紳士であるだけで、とんでもなく幸運だと思っていたからだ。
イアナの部屋は夫婦の寝室を挟んでフェルナンドの隣に用意された。イアナの部屋と夫婦の寝室、フェルナンドの部屋は内扉で繋がっていて自由に行き来が可能である。
バスルームはイアナの部屋と、それからフェルナンドの部屋にそれぞれあって、夫婦の寝室以外にそれぞれの部屋に一人用のベッドもあった。
フェルナンドはベッドは自分の部屋のものでも夫婦の寝室でも好きな方を使っていいと言ってくれたので、イアナはもちろん夫婦の寝室を選んだけど。だって、結婚早々一人寝なんて寂しいからだ。
イアナは前世で結婚していたし、それなりに長く前世の夫と夫婦だったので、夫となったフェルナンドと一緒に寝ることに抵抗はない。というかあるはずがない。ちょっとしたアクシデントで若返ったとはいえ、絵姿で一目惚れをした素敵な旦那様と一緒に寝るのだ。舞い上がるほど嬉しい。
フェルナンドはとても優しくて、夫婦生活に関してはすべてにおいてイアナの意思を確認してくれる。
ベッドに一緒に横になって、お互いのことを話す時間がイアナはとても好きだ。
フェルナンドが三十年前に亡くした妻とは政略結婚だったらしい。あまり体の強くなかった人で、結婚当初から寝込むことが多かったという。
前妻が亡くなって、世間はフェルナンドに再婚を勧めたそうだが、跡継ぎにエラルドがいたこともあり、なんとなく気が乗らないままずるずると今の年まで来たそうだ。
「エラルドが再婚をと言い出したときは驚いたが、エラルドも結婚したし、私も自分の人生を考えてみようかという気になってね」
イアナはフェルナンドに一目ぼれしたが、フェルナンドにしてみればイアナは初対面。嫁いだばかりの妻を愛せるはずもないだろうが、きちんと向き合おうとしてくれる彼の姿にイアナがきゅんきゅんしたのは言うまでもない。本当にいい縁談だ。
(若返りの薬の中和剤ができなくても、四十年後には素敵な老紳士に会えるんでしょうけど……、やっぱりいざという時のために中和剤は必要よね)
回想を終えたイアナは、改めて思う。
もちろん自分もいぶし銀なフェルナンドに会いたいけれど、それ以前に、若返った今の彼ではこれまで行っていた公務や社交ができない。国王の叔父という立場で公務も社交もできないのは、大いに困ることだろう。
そろそろ昼食の時間だし、こそこそエラルドに相談するとフェルナンドが気に病むかもしれないから、堂々と食事の席で言ってみよう。
そう思い、部屋から出ようとしたイアナは、扉を開けたところで「ばあっ」と可愛い声とともにちっちゃい天使が足に抱き着いて来て声を上げて笑った。
「まあ、ルッツィ! ばぁば、びっくりしちゃったわ」
笑いながらイアナは三歳の男の子を抱き上げる。ルクレツィオ・ステファーニ。エラルドの三歳の息子だ。名前が長いのでイアナはルッツィと呼ばせてもらっている。きらきらの銀色の髪に青紫色の瞳、ふっくらとした薔薇色のほっぺたの、イアナの可愛い孫の一人だ。
ルクレツィオは人見知りしない性格のようで、イアナが嫁いで来たその日に新たにできた若い祖母に興味を示した。
妹のカーラは人見知りで、現在母親にべったり期なので、まだ自分からイアナには近づいてこない。ちなみに、父親であるエラルドが抱き上げようとしても泣くらしい。「ママでないといや! ママがいいの!」な時期だろう。
抱き上げたルクレツィオは誇らしげな顔できゃっきゃと笑った。現在彼は、誰かを「ばあっ」と言って驚かす遊びにはまっている。
「ルッツィ、ばぁばは今からご飯を食べに行くの。一緒に行きましょうか」
「うん!」
二歳のカーラはまだ子供部屋で食事を取るが、ルクレツィオはダイニングでみんなと一緒に食事を取る許可が下りている。子供用の椅子も用意されて、たどたどしい手つきでスプーンで食事を口に運ぶのだ。もちろんまだ介助が一人いるが、器用な子のようで、この年でほとんどこぼさずに食べられる。
ルクレツィオを抱き上げたまま廊下を歩いていると、すれ違った使用人たちが微笑ましそうにイアナたちを見た。イアナが嫁いで来た初日は、新しくやって来たフェルナンドの後妻がルクレツィオたちを嫌わないかと、使用人たちも少し警戒していたようなのだが、今ではその心配はなさそうだと安心してくれているようだった。
(こんな可愛いお孫ちゃんを嫌うなんてあり得ないわ)
二歳と三歳。まさしく天使の時期だ。本当に可愛い。可愛いからちゅーしちゃう。
ルクレツィオのふっくらしたほっぺにちゅーすると、可愛い天使は楽しそうに笑う。
下に降りる階段に差し掛かったとき、階段の近くにある書斎からフェルナンドが出てきた。
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