若返りの魔法のキャンセルはできませんか? 1
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イアナが目を覚ました時、すっかり日が落ちていた。
薄暗い部屋のベッドの上に上体を起こし、イアナは額に手を当てる。
(ええっとわたし、どうなったんだっけ?)
昼過ぎに、ステファーニ公爵邸に到着したことは覚えている。
玄関に出迎えに出てくれたエラルドたちと自己紹介をし合ったことも覚えていた。
イアナは記憶に残っているエラルドたちの顔を順番に思い出して、それからぱたりとベッドに倒れ込む。
「……詐欺だ」
なんでイアナの結婚相手フェルナンド・ステファーニ公爵が二十歳くらいの青年なのだ。ロマンスグレーの老紳士はどこにいった。いぶし銀は?
(わたしのときめきを返してーッ)
しくしくとイアナは泣き崩れる。本気で泣けてきた。あんなに楽しみにしていたのに。詐欺だ、詐欺に違いない。あの絵姿の素敵紳士はいずこへ消えた。
道理で、ドナートたちの様子が道中おかしかったわけである。イアナの嫁ぎ先の相手が、絵姿の素敵紳士ではないと知っていたのだ。
枕を抱きしめて嘆いていると、こんこんと控えめに部屋の扉が叩かれる。
返事をすると、あのきらっきらの美青年――フェルナンドが入って来た。
「目が覚めたのか、よかった」
ほっとしたように笑うフェルナンドに、イアナはうっと胸を押さえる。顔を合わせて早々に気絶した自分の行動に罪悪感を覚えたからだ。
フェルナンドは絵姿の素敵な老紳士ではなかったが、人のよさが前面に出ている優しそうな青年だった。
最初から彼の絵姿を見せられていたら、まあ、人生こういうこともあるよねと諦めがついていたかもしれない。
けれど最初にあんなに素敵な絵姿を見せられて恋に落ちたイアナとしては、どうしてこのような状況になっているのかと一言もの申さずにはいられなかった。
イアナはベッドの上に正座をすると、フェルナンドに向かい合った。
「突然気を失ってしまいまして、申し訳ありませんでした」
まずは謝罪だなと頭を下げると、土下座文化のない世界なので、フェルナンドが不思議そうな顔をする。
「そのような座り方をしたら足が痛くなるぞ。崩してくれ。それから、謝る必要はない。こちらにも非があるからな」
フェルナンドはこめかみを押さえると、ベッドの横まで椅子を引っ張って来て座った。
足を崩せと言われたので、イアナもベッドの縁に腰かける。
「まず、信じられないかもしれないが、私がフェルナンド・ステファーニだ。エラルドが君に送った絵姿は、私の半年ほど前の姿になる」
「……はい?」
半年前があのロマンスグレーの素敵な老紳士で、半年後の今が二十歳くらいの美青年とはこれいかに?
「順を追って話す……と言ってもたいして話す内容があるわけではないのだが、その、事の起こりは先王陛下……つまりは我が兄上が、息子に余計な依頼をしたからだ」
先王陛下の依頼?
先王陛下と言えばフェルナンドより五つ年上の御年六十七歳。十年ほど前に妻だった王妃を亡くし、その後息子に王位を譲ってからは、王家直轄地の離宮でのんびり暮らしていると聞く。
「これは内緒にしてほしいのだが、実は兄上は十二歳年下の離宮のメイドに惚れ込んでしまったようなんだ」
「なるほど?」
まあ、先王陛下と言えど人の子である。奥様を亡くしてから十年も経っていることだし、誰かと恋に落ちることくらいあるだろう。
「退位しているし、余生を好きな女性とすごしてもらう分には私も問題ないと思っていた。だが、兄上はどうも昔から心配性と言うか余計な気を回すと言うか……とにかく、変に神経質なところがあって、メイドと自分の年の差に悩んだようなんだ。そして魔術塔に属しており、魔術研究でそれなりの成果を出しているエラルドに、若返りの薬を依頼した」
「若返りの薬?」
「魔法薬だな。兄上としては、十歳ほど若返ればメイドと年齢が釣り合うと考えたらしい」
なんか嫌な予感がしてきた。
イアナはこくりと喉を鳴らして、フェルナンドの話に耳を傾ける。
「エラルドは伯父である兄上の依頼に応えるべく、若返りの薬の研究に着手した。こんな言い方すれば親バカと思われるかもしれないが、エラルドは魔術関連の才能があって、この手のことは実に有能なんだ。その結果……若返りの薬を本当に作り上げてしまった」
嫌な予感が増して来た。
「とはいえ、先王である伯父に献上する前に薬の安全性を試さなくてはならない。エラルドは最初、我が家の動物たちに若返りの薬を投与してみたのだが、馬も犬も、びっくりするくらい元気になったが見た目的にはよくわからなかった。多少若返っただろうかくらいの曖昧なレベルで、はっきりと何歳若返ったのかのはか判断がつかなかったんだ」
まあそうだろう。子犬と成犬の違いは分かっても、例えば成犬を前にしてこの犬が何歳だなんて当てられるはずもない。もちろん幼いころから飼っている犬なら今何歳かはわかるが、知らない犬を連れて来られてこの犬が何歳かを当ててくれなんて言われてもわかる人間はいないだろう。
「そこでエラルドは考えた。うちの息子はどうも領地経営に興味を示さず、一年でも長く私に公爵でいてほしいと考えている。だから私が多少若返るのは万々歳だと言って、私で薬の実験をすることにしたらしい」
「ええっと、安全性は大丈夫なんですか?」
「それについては大丈夫だと判断したらしいのだが……」
うん。もうわかった。
その薬を飲んだ結果、フェルナンドは二十歳くらいの青年になってしまったということだろう。
実に頭の痛い問題だ。ドナートたちが困った顔をするのも頷ける。
「エラルドもまさかここまで若返ると思っていなかったらしい。これでは兄上のオーダーにも応えられないため、急いで薬を改良しているが……まあそれは置いておいて、私は息子の薬のせいで、息子よりも若返ってしまったというわけだ」
フェルナンドが嘆息した。
ため息をつきたくなる気持ちもわかる。ある日突然二十歳に戻れば、さすがに驚くだろうし戸惑うだろう。
「ここから君との縁談の話になるのだが、エラルドはどうも、私をここまで若返らせてしまったことに罪悪感を覚えたらしい」
それは当然だろう。父親を二十歳にして何の感情も抱かない息子がいたら見てみたい。
「私は早くに妻を亡くしてずっと独り身だったが、息子は下手をすればあと何十年も生きることになる私に伴侶がいないのは問題だと考えたようだ。少し前まで結婚に興味を示さなかった息子だが、アリーチャと結婚して少し考え方が変わったらしい。伴侶と、何なら可愛い子供に囲まれてすごせば、急に数十年増えた人生も楽しく謳歌できるだろうと言い出した」
「まあ……それはわからなくもないですけど」
フェルナンドはエラルドよりも若返ってしまったのだ。順当に年を重ねていけば、エラルド方が先に逝くだろう。そのときフェルナンドが少しでも悲しまないように、新しい家族をと考えたのかもしれなかった。
「私に新しい伴侶をとは言っても、いきなり若返った年寄りなど気味が悪いだけだろう。だからエラルドは私が若返った事実を伏せて、私に内緒で私の妻探しをしたらしい。妙な条件も付けておいたから嫁いで来たらこっちのものだとか言っていたが……息子がつけた妙な条件とは何だろう。もし問題なら私から叱っておくが……」
フェルナンドはエラルドがつけた条件を知らないらしい。
言っていいものかどうなのか悩ましかったので、イアナは「問題になりそうならその時にご説明します」とだけ伝えておいた。
しかしこれで謎は解けた。
若返ったことを公表できないために絵姿はフェルナンドの昔の絵姿を用意して、花嫁に逃げられないようにギリギリまで情報を伏せておいたのだろう。
年寄りに嫁いだと思ったら二十歳の青年だった――なんてオチは、普通の若い令嬢ならむしろ喜んだかもしれない。だから問題ないと踏んだのか。
(でもわたしはロマンスグレーのいぶし銀がよかったのーっ!)
なんて本音をぶちまけるわけにもいかず、イアナは申し訳なさそうなフェルナンドを見つめる。
「その……若返った年寄りなど嫌だろう? 縁談がまとまってしまった以上、君の生活はもちろん保障するが、私と無理に夫婦になる必要はない。エラルドが何か言っても私が何とかするから、もし実家に帰りたいならそれでも構わないよ」
眉尻を下げて言うフェルナンドの外見は若い青年なのに、その表情の中に人生経験を重ねた大人の男性のそれを見つけて、イアナの胸がぐっと苦しくなった。
「その……。旦那様は、いいのですか? わたしは二十歳です。旦那様とは四十二歳も年が離れています。そんな小娘と再婚するのは、お嫌ではないのでしょうか?」
「もちろんエラルドに縁談をまとめたと聞いたときは、正直、年の差にびっくりしたよ。外見は若くとも中身は年寄りだからね。若い人は私とすごしてもつまらないだろうと思ったし。だけど……不思議だね。君とは、空気感と言うのか、なんとなく波長が合うような気がするんだ」
それはイアナも中身がおばあちゃんだからだろう。けれど前世の記憶があるんですとは言えないので、イアナは笑って誤魔化した。
「昔から達観していると言われていたので、そのせいかもしれませんね」
フェルナンドが若返ってしまったことは残念だが、中身が青二才でないのなら、イアナもそこまで違和感はない。というか自分も中身はおばあちゃんだが外見は若いのだ。
外見がいぶし銀じゃないのは、とってもとってもとーっても残念だけど、フェルナンドの中身は好感が持てる。
「旦那様がお嫌でないなら、これから妻として仲良くしていただきたいです」
するとフェルナンドは目を丸くして、それからはにかむように笑った。そのふんわりと優しい笑顔に、イアナはきゅんとしてしまう。
「こちらこそ、こんなおじいさんでよかったら、これからの人生を一緒に歩んでほしい」
すっと手を差し出されたので、イアナはその手を握り返す。
こうして、イアナはフェルナンド・ステファーニ公爵の妻になった。
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実家のお馬鹿さんたちがどうなっているのかは、もう少しお待ちください( ´艸`)










