扶養義務はありません 3
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オルネロが来たと執事から連絡を受けたアントネッラ伯爵は急いでサロンへ向かった。
借金問題を何とかするため、昔金を借りる際に世話になったことのあるオルネロに相談すると、ステファーニ公爵家に借金を肩代わりしてもらい、ついでに援助もさせようと実に頼りになるアドバイスをしてくれたのだ。
そしてすぐに書類を整えて、オルネロはステファーニ公爵家へ向かった。こちらに来たということはきっとその報告だろう。
ようやく借金問題に片が付くとほくほく顔でサロンの扉を開けたアントネッラ伯爵は、そこにいたオルネロの顔色がひどく悪いことに気がついた。
「どうした、具合でも悪いのか?」
挨拶もそこそこに訊ねると、オルネロは顔を上げ、すがるような目を向けてきた。
「伯爵……。私はもう終わりです」
「は? なんだいきなり」
「ステファーニ公爵家の顧問弁護士は、我らが弁護士会の会長だったのですよ」
「だから?」
「例の借金と援助の書類ですが、こちらの言い分は通りませんでした。それどころか、私の弁護士の資格が剥奪され――」
「なんだって⁉」
アントネッラ伯爵はオルネロの言葉を途中で遮った。
「借金の形代わりをしてもらえるのではなかったのか⁉ 援助は⁉ その二つを了承しなければ裁判をちらつかせて脅すと言ったのはお前じゃないか‼ 借金の形代わりは無理でも金貨三千枚は入って来るんだろうな⁉」
銀行の家財の差し押さえは、妻とジョルジアナの宝石を売って何とか防ぐことができた。
だが、そのせいでジョルジアナが勝手に購入した宝石の代金、金貨五十枚は支払えていない。宝石店に支払いを待ってもらっているが、どれだけ待っても今週末までだと最後通牒を突きつけられていた。他に借りている借金もあるし、銀行の借金も支払いが滞っていた利子分しか払っていないのだ。すぐにまた督促状が送られてくるだろう。
せめて金貨三千枚は入って来てくれないと困る。三千枚あれば、ひとまず借金問題には片がつくのだ。今後の生活の問題は残るが、借金だけでもどうにかしないと、本当に住む場所すらなくなってしまう。
「申し訳ありません。金貨三千枚も……無理です」
「この無能が‼」
アントネッラ伯爵は頭をかきむしって叫んだ。
「お前が‼ お前が何とかすると言ったんじゃないか‼ どうしてくれるんだ⁉ ステファーニ公爵は何と言っている⁉ まさか今回の件でお怒りなんじゃないだろうな⁉ お前が親戚だから扶養義務があると言ったんだぞ! どういうことなんだ‼」
「本当に申し訳ありません。ですが私はもう弁護士資格を剥奪されたため、これ以上お役に立てそうもありません。本日はこちらをお届けに参りました。では失礼いたします」
「あ、こら!」
オルネロはローテーブルの上に一通の手紙を置いて、アントネッラ伯爵が止めるのも無視してそそくさとサロンを出て行った。
アントネッラ伯爵は舌打ちして、オルネロが置いて行った手紙を手に取る。差出人は「ヴィットーレ」とあった。知らない名前だ。
アントネッラ伯爵は執事を呼んでペーパーナイフを持って来させた。封を切って中身を読んだ彼はひゅっと息を呑む。
「損害賠償だって⁉」
封筒の中身は、ステファーニ公爵に対して借金の肩代わりと援助を求め、なおかつそれを了承しなかった場合裁判をちらつかせて金を巻き上げようとした件で、公爵に精神的苦痛を与えたとして、損害賠償を支払えというものだった。
「ふざけるな‼」
アントネッラ伯爵は手紙を握りつぶしたが、そんなことで賠償請求がなかったことになるわけではない。
借金で首が回らないのに、これ以上どうしろというのだ。
(イアナのやつは何をやっとるんだ‼ 公爵をなだめで援助くらい取り付けんか、無能め‼)
苛立ちのあまり、アントネッラ伯爵はステファーニ公爵に嫁いだイアナに怒りの矛先を向けた。イアナがもっとしっかりしていれば、自分も家族もこんなに困りはしないのだ。
(くそ! こうなれば直接文句を言ってやる!)
確か来週には伯爵家のパーティーがあったはずだ。噂ではステファーニ公爵夫妻が出席すると聞いた。そこでイアナに説教をして、損害賠償の無効化と援助の約束をさせなくては!
怒り狂うアントネッラ伯爵は気づかなかった。
そんな彼を執事が冷めた目で見ていることを。
そして心の中でこう思ったことを。
――そろそろ、イアナお嬢様に紹介状をもらって逃げた方がよさそうだな。
庭師も料理人ももちろん執事も、アントネッラ伯爵たちにはとっくに愛想が尽きているのだ。










