枯れ専がばれました 4
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イアナは王都の仕立屋のマダムからの手紙を読み終えて、こめかみを押さえた。
(あの子、いったい何を考えているのかしら?)
両親に甘やかされて育ったジョルジアナは昔から我儘で非常識だったが、マダムからの手紙を読んでイアナは妹の評価を改めた。ただの非常識ではない。超がつく非常識だ。
「あの、旦那様。先日冬のドレスや普段着などをたくさん注文した後で申し訳ないのですが、春物の子供服を数着、追加注文をかけてもいいでしょうか?」
迷惑をかけたマダムにはさらにお詫びが必要だとイアナが言えば、フェルナンドが苦笑した。
「ああ、マダムのところだね。もちろんいいよ。というかルクレツィオとカーラの分だけじゃなくて君の分も頼むといい」
フェルナンドは午後のティータイムをイアナの部屋で一緒にすごしていた。
とはいえ、ティータイムの休憩を取りつつ、イアナは手紙を、フェルナンドは急ぎの書類に目を通してはいたのだが。
「ではお言葉に甘えて、わたしのものも一着ほど追加注文をかけておきますね。それにしても、仕立屋で騒ぎを起こすなんて……」
「君の妹は、自分の言動の結果、己の首が締まっていくことがわからないのかな」
「わからないんだと思います……」
とはいえ、ジョルジアナについてはイアナは関係ないという態度を貫くつもりだ。
ジョルジアナが生まれた後、両親に気味悪がられて放置されていたイアナは、ジョルジアナに余計なことを吹き込むなと言われていた。
というのも、四歳しか違わない妹だが、中身がおばあちゃんのイアナは、このまま甘やかされ続けたら妹の将来が心配だと、あれやこれやとジョルジアナの行動に注意を入れていたのだ。
それを知った両親が激怒し、悪魔付きが偉そうな口をきくなと言われた。
そこまで言われたらイアナとしても勝手にしろ、という気になる。
両親はイアナを娘として扱わないし、ジョルジアナの姉として口を出すことも許さないと来たのだから、両親やジョルジアナがどうなろうとイアナが感知することではない。
イアナは妹の将来には一切の責任を取らないというスタンスを貫くことにしたので、ジョルジアナがどうなろうと知ったことではない。
ただ、ジョルジアナのせいでステファーニ公爵家や王都の仕立屋をはじめとする商店に迷惑がかかっているのだけが気がかりだった。
「それはそうと、君の父上の手紙の返信はどうしようか? もう十日は放置しているが」
「ああ、あれですね」
ジョルジアナがステファーニ公爵家の名前を出して買い物をしていると手紙を出したあと、父からイアナあてに手紙が送られて来た。
内容は目も当てられない頓珍漢なものだ。
要約すればジョルジアナの行動でフェルナンドが怒っているのだろうから妻としてなだめて、早くアントネッラ伯爵家に金を送れ、というものだ。
普通、そんな意味不明な手紙を送ってくる前に、フェルナンド宛に謝罪を送るべきだろう。フェルナンドの怒りを解くのは妻の役目みたいに書かれているのが解せない。というかフェルナンドは別に怒っているわけではないし。
(ごめんなさいもできないなんて、いくつになってもおこちゃまなのね、お父様ってば)
ありがとう、ごめんなさい、は基本中の基本である。幼児にだってできる。それができない父は幼児以下だ。
「その手紙についてですけど、実は今朝、追加の手紙が送られて来たんですよね。読むのも馬鹿らしくてまだあけていないんですけど」
「私が読んでみよう」
フェルナンドがすっと手を差し出したので、イアナはライティングデスクの引き出しから手紙とペーパーナイフを持ってきて手渡した。
ざっと文面に視線を這わせたフェルナンドが、心底あきれた顔で言う。
「君の父上はある意味本当にすごいな。こういうのを厚顔無恥というのだろうか」
「なんて書いてあったんです?」
「どうやら君の妹が、前回我が家の名前を出して購入した宝石類を返品していないらしい。返品期間も過ぎたので返品不可として、アントネッラ伯爵家に支払いの督促が届いたようだな。我が家は知らないと言っておいたから、アントネッラ伯爵家に直接請求書を送ってくれたようだ」
「まあ……」
ジョルジアナにも本当に困ったものである。最初の請求書はこちらに届いていたからイアナも請求額を知っているが、とてもではないがアントネッラ伯爵家では支払えないだろう。借金の利子の十数枚の金貨の支払いも不可能な状況なのに、金貨五十枚の宝石の支払いができるはずがない。
(請求書の内訳も見たけど、イヤリングにネックレスにブレスレット、ブローチに指輪に髪飾りと、ここぞとばかりに大量に注文したみたいだもの。よくもまあ金貨五十枚もの買い物が一度にできるものね)
占めて十七点もの商品を買ったらしい。しかも高い宝石ばかりを選んだようだ。
「それで、その報告だけではないのでしょう? お父様はなんと?」
「支払えないから代わりにイアナに支払うようにと書いてある。金貨五十枚を送金しろ、だそうだ」
「お父様は同じ人間なのかしら? 頭の中身があまりに違う気がして、わたし、ときどきお父様が人間の皮をかぶった別の生き物のように思えます」
「確かに」
ぷっとフェルナンドが噴き出した。
頼るところがもうイアナの嫁いだステファーニ公爵家しかないのだろうけど、フェルナンドが言う通りまさしく厚顔無恥だ。
百歩譲って、どうしてもお金が欲しいのならフェルナンドに会いに来て頭を下げるくらいすればいいのにそれもない。
(返品が無理でもせめて売り払えば、全額とはいかなくても金貨三十枚くらいにはなるでしょうに、ジョルジアナから取り上げることもしないなんて)
宝石をアクセサリーに加工するには加工料やデザイン料がかかるので、買ったときと同じ金額では売れない。とはいえ、支払いに困っているのなら、まずすることはジョルジアナから宝石類を取り上げることだ。
今回買ったもの以外にも他にもジョルジアナが保有している宝石類はたくさんあるのだから、それを全部売れば支払いも完済できるし借金の利子の支払いの数回分くらいは工面できるはずなのに、それもない。
借金が、支払いが、と頭を抱えているくせにできる対策をしないのは馬鹿としか言いようがなかった。
「ねえ旦那様。お父様は複数の銀行にお金を借りていますけど、支払いが滞ったら、家財が差し押さえられるんですよね?」
領地を抵当に入れて金を借りたのはアントネッラ伯爵領の隣を納めている伯爵家だ。だからあれは別としても、他から借り入れているものの支払いが滞れば、何らかの措置が取られるはずである。
「ああ、そうだな。銀行とどのような契約を交わしたのかは知らないが、普通なら半年、長くても一年、利子の支払いが滞れば、法務省に申請を出せば家財の差し押さえに踏み切れるはずだ。法務省も契約書があれば基本的に差し押さえを止めたりはしない」
「わたしが嫁いでからもうすぐ三か月ですものね。わたしがアントネッラ伯爵家にいた時も支払いが滞り気味でしたから、年内に差し押さえられるかもしれませんね」
季節はもうすぐ夏が終わろうとしている。あと一か月もすれば、王都に向けて貴族が移動をはじめるだろう。社交シーズンである。
その社交シーズンに、ジョルジアナが派手に着飾ってパーティーを渡り歩いていたら、銀行の人間の耳にも入るだろう。借金の利子の返済もしないのに、その家の娘が派手な格好をして遊びまわっているのを知れば心中穏やかではないはず。契約書に則り、遠慮なく差し押さえの申請を出すはずだ。
父もその可能性くらい気づいているだろう。だから早くイアナから金を巻き上げたいのだ。
「ねえ旦那様、手紙はこのまま放置しましょう。こんな非常識な手紙の相手をしてやることはありませんもの」
さて、イアナからの返信がなかったら、父はどんな反応をするだろうか。
(あそこまでねじ曲がった性格を矯正するには並大抵のことでは無理だもの。しっかりお灸をすえてやらないとね)
こういうのを身から出た錆って言うのよ、とイアナは小さく笑った。
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