表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/19

お祭りデート 3

お気に入り登録、評価などありがとうございます!

 翌日の夕方。

 イアナは公爵邸から馬車で三時間ほどの場所にある町に到着した。


 昨日の夕方にはヘラジカの魔獣の討伐が終わったと報告があり、フェルナンドは事後処理のためにこの町にそのまま滞在していた。

 アリーチャとエラルドは祭りには参加しないというので、イアナだけが護衛とメイドのクロエとマーラを連れて出発した。


 この町は人口三千人ほどの町だそうだが、祭りなので近隣の村からも人が集まってきている。

 布やリボン、花などで華やかに飾り付けられた広場には、ヘラジカの魔獣の角が飾られていた。

 すでに解体を終え、肉は露天の各店に無償で分配されたという。

 肉がタダで提供される分、魔獣討伐後の祭りの露天で販売される食事はとても安価なのだそうだ。


 美味しい肉が安く食べられるとなれば、人が集まって来るのも頷ける。

 広場にはかがり火も焚かれ、ヘラジカの巨大な角の周りには子供たちが集まっていた。自由に触っていいと許可が出ているので、ぺたぺたと触っては笑い声をあげている。可愛いっ!

 異世界なので雰囲気は違うが、なんとなく前世の神社の祭りを思い出した。派手さはないが、アットホームな感じの祭りでほっこりする。


 広場の近くの宿屋には騎士団の詰め所が作られているので、イアナはそちらに向かった。フェルナンドもそこにいると聞いていたからだ。

 宿屋の玄関をくぐると、フェルナンドが騎士たちとおしゃべりしているのが見える。


「イアナ、来たのか」


 入って来たイアナに気づいてフェルナンドが笑顔を浮かべた。


「討伐お疲れさまでした。皆様怪我はないですか?」


 フェルナンドに怪我がないのをさっと確認してから、イアナは討伐に参加した人たちの状況を訊ねる。

 フェルナンドと話していた騎士の一人がにこにこと頷いた。


「誰も怪我はしていないですよ。何と言っても、フェルナンド様が一撃で仕留めましたから!」

「え⁉ 一撃⁉」

「こらこら、大袈裟に言うな。あれはお前たちが追い込んでくれたからだろう。さすがに一人で何とかなる相手じゃない」

「でも、一撃でしたよね」

「運がよかっただけだよ」


(一撃、本当だったんだ……)


 穏やかに笑っているフェルナンドからは想像もつかない。

 ぽかんとしていると、フェルナンドが「この話はもう終わりだ」と困った顔で言った。


「そろそろ祭りもはじまる頃だし、詰め所には数人がいればいいから、お前たちも交代で楽しんでおいで。……イアナ、行こうか」

「はい!」


 クロエとマーラにも自由に祭りを楽しんできていいと伝えた後で、イアナはすっと差し出されたフェルナンドの手をきゅっと握る。

 若返ったせいで社交場には顔を出せなくなったフェルナンドだが、素知らぬ顔で祭りを楽しむ分には問題ないようだ。まあ、普通は六十二歳の老紳士が二十歳になるとは思わないので誰も気づかないのだろう。


 手を繋いで露店をめぐる。

 目についたヘラジカの串焼きを二本買って、イアナはフェルナンドと近くのベンチに並んで座った。


「そう言えば言っていなかったが、そのワンピース、とてもよく似合っている」


 ふーふーと串焼きに息を吹きかけて冷ましていたイアナは、ごく自然にワンピースを褒められてきゅんとした。


「アリーチャが選んでくれたんです」

「なるほど。アリーチャは君によく似合う服をわかっているんだな。いつもの落ち着いた格好もいいが、イアナは明るい色がよく似合うよ」

「今度から明るい色の服を選びます!」


 自分には派手だと思っていたが、フェルナンドが褒めてくれるのなら話は別だ。そろそろ新しいドレスを注文しなくてはならないとクロエたちが言っていたので、思い切って明るい色のドレスを注文しよう。

 ほどよく冷めた串焼きにかぶりつく。表面が香ばしく焼けたヘラジカの肉は、想像していたような臭みもなく、じゅわっと肉汁があふれ出てとっても美味しかった。


「んっ! すごくおいしいです! ヘラジカってこんなに美味しいお肉でしたっけ?」

「魔獣だから特別なんだ。普通のヘラジカは臭みがあるから好き嫌いが分かれるが、魔獣の肉は臭みが少なく脂のりもいい」

「なるほど。こんなに美味しかったらお祭りもしたくなりますね」

「だろう? ……ところで、君は串焼きにも抵抗がないんだな。貴族の令嬢は串に刺した肉にかぶりつくのには抵抗があると思っていた。アリーチャも最初はおっかなびっくりという感じだったし、私の前の妻も……いや、なんでもない」

「ふふ、わたしはあんまり抵抗ないですね。あと、前の奥様のお話なら気にせずにしていただいていいですよ」

「前の妻の話なんて、嫌じゃないのか?」

「全然。旦那様が大切になさっていた方でしょう? 浮気とか愛人とかには抵抗がありますけど、故人を偲べないのは悲しいですよ」


 イアナだって、前世の夫の存在は胸の中に大切な思い出として残っている。

 もう二度と会えない人のことを懐かしがってはいけないと言われると悲しい。

 遠い昔の過去に囚われ続けるのはよくないが、懐かしく幸せな思い出として振り返るのはいいと思う。


 フェルナンドは苦笑した。


「浮気なんてしないし愛人を抱えるつもりもないよ。……君がそう言ってくれてよかった」

「はい、気にしないでください。肖像画も出していただいていいですよ」

「気づいていたのか……」

「まあ……。エラルドとアリーチャが一緒に描かれた肖像画が玄関ホールに飾られているのに、旦那様のがないのは不自然でしょう? だから取り外したのかなって」

「君は聡いな」


 どうやら正解だったらしい。


「君がいいのならば戻しておこう。あと……もしよければ、その隣に君と私の肖像画も飾ろうと思うのだが、画家を呼んでもいいだろうか」

「それはもちろん嬉しいですけど、いいんですか? その、今の旦那様は……」

「ああ、そうだったな。画家を驚かせるだろうか。……困ったな」


 フェルナンドが若返ったと知るのは一部の人間だけなので、もし二十歳の彼との肖像画を描かせたらイアナが浮気をしていると思われそうだ。

 フェルナンドは悩ましげな顔をして「ちょっと保留で。方法を考えよう」と言う。肖像画を諦めたわけではないらしい。


 串焼きを食べ終わった後は、ヘラジカの肉の入ったトマトスープを買う。

 屋台はとても盛況で、行列ができている店もあった。料理を食べて笑顔になっている領民をフェルナンドが優しいまなざしで眺めている。


(旦那様は、領民との距離が近い方なのね)


 その点、父アントネッラ伯爵は違った。領民と直接触れ合うことを嫌い、彼等のことを税金を払う道具くらいにしか考えていない。

 過去、悪政を敷く領主が問題視され、ヴァリーニ国は領主の権限をある程度法で制限していた。それがなければ、父は領地の税率を引き上げ、領民たちを虐げていたかもしれない。国が最高税率を設定していてよかったと思う。


「旦那様はとてもいい領主さまですね。って、なんか偉そうですね、すみません」

「いや、そう言ってくれて嬉しいよ。だけど、さすがに領主になったばかりの頃は失敗も多かったし、手探り状態だった。君の目にいい領主に映るのなら年の功ってやつかな」


 外見は若くても、記憶も経験もしっかりとフェルナンドの中に蓄積されている。だからだろうか、二十歳の青年の顔をしたフェルナンドの中に、ふと、肖像画で見たいぶし銀な彼の姿が垣間見える時があった。

 嫁いで来たばかりのときは、フェルナンドが若返ったと知ってがっかりしてしまったが、今なら思う。外見がどうあれ、やはり彼は人生経験を積んだ、穏やかで優しい素敵な紳士だ。


 第一、イアナは枯れ専の自覚があるが、年を重ねた男性なら誰でもいいというわけではない。

 年を重ねても信じられないくらい子供っぽい男性もいれば、我儘で横柄な人もいる。

 中身がおばあちゃんのイアナは若いエネルギーに戸惑うが、だからと年を取っていても考え方が全然違えばやはり戸惑うのだ。


(ああやっぱり、わたし、旦那様が好きだわ)


 最初は肖像画に一目ぼれした。けれど、知れば知るほど彼の深い部分というか……性格やこれまで積み上げてきた人生経験や、仕草や表情に、とてつもなく惹かれていく。


(なんか、逆に若返ってくれてよかった気になって来たわ。だって、それだけ長く一緒にいられるってことでしょう?)


 六十二歳のフェルナンドのままだったら、普通に考えればフェルナンドの方が先に逝く。長生きしても、あと二十年から三十年。四十年はこの世界の平均年齢を考えると厳しいだろう。

 フェルナンドが逝ってしまったあとで彼の思い出を胸に生きるのもいいが、できれば一緒に年を重ねていきたい。できるだけ長く隣にいてほしい。

 二十歳に若返ったフェルナンドなら、病気や事故に巻き込まれない限り、イアナと同じほどの年数を生きられるだろう。それだけ長く一緒にいられる。


 トマトスープを飲み終え、手を繋いで歩く。

 フェルナンドを見上げて笑えば、ふと彼がイアナの口元に手を伸ばしてきた。

 口の横を親指の腹がかすめるように撫でていき、その指をそのままフェルナンドは自分の口に軽く含む。


「口の端にトマトスープがついていた」


 ぺろり、と親指の腹を舐めて笑うフェルナンドに、イアナの心臓がドキリと高鳴る。


(アリーチャ、旦那様にきゅんきゅんしてもらうどころか、わたしがきゅんきゅんしすぎて死にそうよ!)


 赤くなっていると、フェルナンドが柔らかく目を細める。


「ほら、次はどこに行く?」


 二人きりになれる場所に、と口にしなかっただけ、イアナは頑張ったと思う。




ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


下記のこちら、先月完結しました(#^^#)

秋の夜長のお供に、よかったら読んでいただけると嬉しいです!

「君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します」

https://ncode.syosetu.com/n2833kw/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ