スカウトのまなざし
東京ヤクルトスワローズのスカウト・戸村勇斗は、神奈川県の県立校、相模南高校のグラウンドで一人の少年を見つめていた。
栗田亮。二年生の遊撃手。俊足、堅実な守備、そして礼儀正しさ。特筆すべき武器は無いが、欠点も少ない。生真面目で母親想い。だが、野球の世界は「そこそこ」では通用しない。
「器用貧乏、か……」
小さく吐き出した言葉が戸村自身にも刺さる。高校時代、彼もまた「そこそこ」の選手だった。ドラフトに名前がかかることはなく、社会人野球で数年を過ごし、怪我で引退。今はスカウトとしてグラウンドに立っている。
亮のプレーには、何か懐かしいものを感じた。それが彼をこの学校に何度も足を運ばせる理由だった。
***
三年の春。亮の成績は安定していた。打率はチームトップではないが上位をキープ。守備は相変わらず堅実、だが目を引くプレーは少ない。
他球団のスカウトは姿を見せない。戸村は内心で覚悟を決める。
「このままじゃ、指名はない」
試合後のグラウンドで、戸村は亮に声をかけた。
「栗田、少し話せるか?」
亮は帽子をとり、深く一礼する。
「はい。戸村さん、いつもありがとうございます」
「……なあ、プロの話なんだが」
亮の表情が固まる。だが次の言葉は予想外だった。
「やっぱり、難しいですか?」
静かな声に、戸村は苦笑した。
「そうだな。今のままだと、厳しい。でもな、俺はお前のプレースタイルが好きだ。だからこそ、ちゃんと考えてほしい」
戸村は一枚のメモを差し出した。社会人野球チームの連絡先が書かれている。
「西都重工の監督が、選手を探してる。俺から話を通しておいた。お前みたいな選手を育てるのが好きな監督だ」
亮はメモを両手で受け取った。唇を引き結ぶ。
「……僕、プロを目指してました。ずっと。でも、なんとなく気づいてました。通用しないって。でも……野球、やっぱり続けたいです」
戸村はうなずいた。
「その気持ちがあるなら、進めばいい。社会人だって夢を追える場だ。育成だって、逆指名だってある。焦るな、道は一つじゃない」
***
夏の県大会。相模南は三回戦で敗退した。亮の高校野球は終わった。
だがその数週間後、彼は西都重工の入団テストに合格した。戸村に報せが入ったのは、秋のスカウト会議の前だった。
「栗田亮、無事入ったよ。やる気満々だ」
電話口の西都重工の監督は言った。
「性格も野球もまじめ。手間はかかるかもしれないが、化けるかもしれんぞ」
戸村は、ひとつ息を吐いた。
スカウトとは、光を放つ原石を探す仕事だ。しかし時に、光を宿すかもしれない石を育つ場所へ送り出すことも、またスカウトの務めである。
亮はまだ、夢の入口に立ったばかりだ。だがその背中には、確かな意志が灯っている。
戸村は心の中でつぶやいた。
──頑張れよ。プロのユニフォームを着たお前を、俺はきっと見に行く。