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【ハイファンタジー 西洋・中世】

なんで、こんなことに…… 〜追放された俺が何故か魔王討伐して勇者に求婚された〜

作者: 小雨川蛙

 

【1】


「契約の更新はしない」

「えっ?」


 呆然とする僕に対しパーティーのリーダーはバッサリと切り捨てる。


「二度も言わすな。契約の更新はしない」


 一年以上も一緒に旅をしてきた仲間からの言葉に僕はぽかんと口を開ける。

 今まで四人で楽しくやって来たのに……。


「残念だけどあなたじゃ力不足なの」

「あぁ。これからの戦いでは却ってお前の命が危ない」


 続く仲間二人の言葉は僕の心を折るのに十分だった。

 何せ口では心配しているのに二人共リーダーと同じで心底面倒な顔をしているから。

 勇者と戦士に魔法使い、そして回復術師である僕らはバランスが取れた良いパーティー。

 少なくとも僕はそう思っていたのに……。


「安心しろよ。君の後任はもう見つけているんだ。君は故郷にでも帰って平和に暮らせ。俺達は必ず魔王を倒すから」


 そう言って勇者は僅かな金貨を僕に渡し、そのまま仲間を連れてスタスタと歩き去ってしまった。

 一瞥もせずに遠のく皆に僕は思わず呟く。


「な、なんでこんなことに……」




【2】


「故郷遠すぎだろ。こんなに旅してたのか……」


 あの悲しい別れから数十日。

 途中までは手切れ金で馬車に乗れたがもうそれも尽きた僕は変わり映えもしない景色をひたすら歩いていた。


「ちくしょう。なんでこんなことに……」


 もう少し行けば砂糖菓子が有名な村に着く。

 旅費を考慮すれば一個くらいは買えるし、せめてそれを食べて元気を出そう……。

 我ながらそんな悲しいことを考えているととんでもない事態が目に飛び込んで来る。


「げっ!? ワイバーン!?」


 慌てて岩の影に隠れる。

 僕が向かおうとした先にはここいらではまず見ないワイバーンが鎮座していたのだ。

 街道を通るにはお金が掛かる。


「ただでさえ気が滅入っているのにさぁ……」


 少量の金をケチって少し外れた道を歩いたらこの様だ。


「あー、もう道を戻ろ……ん?」


 そんなことを呟いた直後、僕は見てはいけないものを見てしまう。


「なっ!? 人!? なんであんなところに……!」


 そう。

 ワイバーンの足元には一人の少女が倒れていたのだ。

 あれはもう誰がどう見ても食事寸前だ。

 だけど、ワイバーンなんて僕一人じゃとてもじゃないけど倒すことは出来ない……いや、全力でやれば意識を惹く事くらいは……いや、だけど下手すりゃ死ぬのは間違いな……。


「ああー! もうやってやる!!」


 そう叫びながら僕は叫び声をあげながらワイバーンに駆けていく。

 当然、ワイバーンはこちらを睨み新たな餌を発見した。

 僕と違ってアイツからすれば幸運としか言いようがないだろう。


「あーもう! なんでこんなことに!」


 そう言いながら僕はワイバーンの目を狙い光魔法を放つのだった。



【3】


 なんやかんやで僕は今、片手の裂傷を破った服で無理矢理止血し、本来僕が食べる予定だった砂糖菓子を目の前の少女が食べているのを眺めていた。


 少女は孤児だったらしく所謂行き倒れという状態でおまけにワイバーンに襲われて傷だらけ。

 要するに僕よりよっぽど不幸な人間だったわけだ。

 だから僕は治癒魔法を使い彼女の傷を癒して魔力を使い切り、それを気にする彼女に微笑みながらお菓子を奢って気にしていないアピールをした……のが、ついさっきの話だ。


 少女は流石に始めは気まずそうだったが小さな瓶の中から漂う甘い香りの誘惑に負けて、今じゃまるでリスのように頬を膨らませて幸せそうに食べていた。


 やがて瓶の中身が空になる。

 一つくらいはくれると思ったのに……。

 そんなことを考えている少女はぽとぽとと涙を流して泣き出した。


 いや、分かるよ?

 君の気持ち。

 だけど、僕も人間だからさ。

 正直、泣きたいのは僕も同じなんだよ……。

 なんて、我ながら呆れるほどの極小の器で脳内独り言を繰り返していると、びっくりするくらいに不幸な経歴の数々……。


 え? なに? 君、僕より4つも年下なのに一人で生きてきたの?

 両親どころか明日の暮らしも知らずに乞食みたいなことをして?

 ご飯もまともに食べられなくて町でゴミ箱をあさって、それで目を付けられて蹴られ殴られ追い出され……挙句の果てにワイバーンの餌寸前って……。


 砂糖菓子を食べるのも初めて?

 それであんまりにも甘くて泣いちゃったの?

 こんなに優しくされるのだって初めてで……って、もういいよ。

 そんなこと言われたらさ。


「なら、僕とくる? もうずっと自宅を空き家にしちゃっていてきっと汚れまみれなんだ。一緒に掃除してくれないかな?」


 こんなこと言うしかないじゃん。


 すると少女は僕にしがみつきながら大泣きした。

 ま、周りの目が痛い……。


 僕は少女の頭を撫でながら小さく呟いた。


「な、なぜこんなことに……」



【4】


 君と過ごす故郷での生活は存外悪くなかった。

 僕は治癒魔法でお医者さんの真似事をして、君は薬草を取りながら僕の助手。

 まぁ、君は思いの他やんちゃで僕の旅の話を何度も聞くことをせがむ。

 まさか、戦力外通告されて追放エンドになるなんて知りもしない君は僕を英雄か何かだと思って剣術や魔法の勉強を始めていたね。


 うん。

 分かっていたよ。

 仮にも『勇者』と呼ばれる人のパーティーに居た僕には。

 君の才能が明らかに異様な域に達しているって。


「勇者様。こちらにいらしたのですね」


 だから、そんな言葉と共に国一番と名高い騎士団長と伝説に語られるような魔術師のお婆さんがやって来た時もどこかで分かっていたんだ。

 こうなるってことは。


「各地の『勇者』達は次々に撃破されています。真の勇者はあなたしかいないのです」

「その通りだ。だから頼む。どうか我々と共にパーティーを組んで、魔王の討伐に協力してくれ」


 すごいよ。

 魔術師のお婆さんも騎士団長もすごく礼儀正しくてさ。

 優しくて穏やかな目と動作をしていて、挙句の果てに君の保護者でしかない僕にだって丁寧な態度を崩さない。

 だからさ、僕は確信したよ。

 君は絶対にこの二人と一緒に魔王を討伐してくれるって。

 何せ君は勇者で、君を支えてくれる二人は偉大な英雄たちなんだから。


 だけど君は僕にしがみついて首を振り、そして言った。

 僕と離れたくない。

 僕と一緒じゃないといかない……だって!?

 その言葉に僕は動揺したし、二人の英雄も気まずそうな顔をする。


「しかし、勇者様……その非常に申しづらいのですが……」

「あぁ。その。君の大切な友人は……この戦いについていくには危なすぎる」


 それでも君は首を振る。

 騎士団長は僕に一度謝罪した後に大声を出して言った。


「勇者様! 分からないのか!? 君の行動一つでこの心優しい青年は命を失いかねないんだ!」


 声は怖かったけれど、騎士団長の目は優しかった。

 魔術師のお婆さんも同じだ。

 だけど、君は認めずに駄々をこねる。


 だから、僕は覚悟を決めた。

 何せ、不幸続きの君の初めての我が儘だし、何よりどうせ僕が行かないと君も行かないだろう?


「すみません。僕も同行いたします。本当にごめんなさい」


 騎士団長は息を飲んで僕を見つめる。


「よろしいのか? 君もそれなりの実力を持っているのだろうが……その、なんというか……」

「はい。分かっています。可能な限り足手まといにならないようにしますし、命を失う覚悟だってしています」


 正直消えてなくなりたかったけど、もうどうにでもなれって気持ちだった。

 そんな僕の気持ちを理解したのか二人の英雄は渋々と頷いた。


 僕にしがみついていた君のはしゃぐ声のせいで僕の本心は誰も聞こえなかっただろう。


「な、なぜこんなことに……」




【5】


 そして二年後。

 僕は君と二人の英雄と共に魔王の討伐を成し遂げた。

 国を挙げてのパレードの中、僕らは馬車に乗りながら人々の笑顔に向かって手を振っていた。

 正直全くそんな気がしないけど、どうやらこれが僕らが守った笑顔と幸せらしい。

 なぜ、こんなことに……とは思うけど、こんな状況で幸せを感じない方が人としておかしいだろう。


 いや、まぁ、ぶっちゃけると僕の価値なんて回復アイテム一つ分くらいしかなかっただろうけど……。

 そんなことを呟いた瞬間。


「またお前はそんなことを」

「痛っ!」


 二年の付き合いですっかりと親友と言っても良い仲になった騎士団長は僕の肩を叩く。

 レベル差にすれば30くらいは離れてそうな英雄の戯れは僕にとってはそれなりのダメージなのだが、長い付き合いだから許してやろう。


「回復魔法は言うに及ばず、どれだけ弱くても、どんな場所でも決して挫けない姿勢に俺達は何度助けられたことか」

「そうだよ。あんたのおかげで私らの心は挫けなかったのさ。あんたは滅茶苦茶役に立つ世界に唯一の最高の回復アイテムだったよ!」

「流石に酷くないか!? 婆さん!」


 魔術師のお婆さんの言葉に僕は反論したが食えないお婆さんはけらけら笑って気にもしない。

 人々を見回せばかつて僕を追放したパーティーの面々が面白くなさそうな顔で僕を睨んでいた。

 正直色々と思うところはあったが、彼らが無事だったことは不思議と嬉しかった。

 ……ので、笑顔で手を振ってやった。

 彼らの顔が歪んだが僕は特に気にしない。

 これくらいの復讐はしたっていいだろう?


 それよりも……。


「ねえ、大丈夫?」


 僕は君に声をかけると君はビクッと震えて首を振る。


 そう。

 君はパレードが始まってからずっと無言だったのだ。

 俯いて時々呼吸が荒くなったかと思えば深呼吸をしたりする。


「どこか体調が悪いの?」


 君は息を飲んで首を振ろうとした。

 その刹那。


「何してんだい。勇者様」


 魔術師のお婆さんが君の背中を叩く。


「あんたは魔王さえ倒した英雄だよ? こんな事を乗り越えられなくてどうするんだい」


 困惑する僕にお婆さんは優しい声と微笑みで告げた。


「ほら。言ってあげな」


 すると君は覚悟を決めたように大きく息を吸い、顔を真っ赤にして言った。


「えっ。ええええ!?」


 きっと魔王討伐よりも遥かに困難であったであろう一世一代の告白に僕は目を白黒とさせるばかりだった。


「え? あっ? ええ!?」


 狼狽える僕の背中を親友が叩く。


「ほら! あいつは勇気を振り絞ったんだぞ! 答えてやれよ!」

「そうだよ! 何年も温めていた気持ちに答えてやらなきゃ、あんた流石に不良品だよ!」


 心臓が高鳴る。

 口から飛び出てしまいそうだ。


「なっ、なぜこんなこ……」


 バシン! と一人の英雄が叩くように僕の肩に手を置いて。

 バチン! ともう一人の英雄が僕の背中を思い切り叩く。



「「どうでもいいから! さっさと返事しろ!!」」




【6】


 パレードの翌日に開かれた結婚式。

 世界の英雄であるくせに、その実お節介極まりない騎士団長はいい年をして男泣きだ。

 偉大なる賢者とされているくせに、その実噂話が大好きな魔術師のお婆さんは皮肉を忘れて大泣きだ。

 そんな二人にあてられた人々は祝福の声を挙げたり、一緒になって泣いたり、笑ったり……とにかく耳が割れそうなほどに騒がしい。


 そして、僕の隣には。

 魔王を討伐した救世主である勇者様……。

 いや、僕と一緒にずっと生活していた君……。

 もとい、僕の人生において最も大切な存在となったお嫁さんが、あんなに力を入れていた化粧を涙で落としながら幸せそうに笑っていた。


 本当に。

 なぜ、こんなことに……。


 だけど。


「まぁ、いいか」


 僕もまた幸せに包まれながら最愛の人を思い切り抱きしめた。



【7】


 さて、あの結婚式から気づけば5年。

 僕はともかく、君はかつての救世主とは思えないほどに慎ましい生活をしていた。

 あの日、連れ帰った僕の家……もとい、僕らの家で。


「だって、ここが一番落ち着くもん」


 そう言って君はエプロンをして野菜を切る。

 その姿はもうどこからどう見ても平凡な主婦にしか見えない。


「あの子、中々帰ってこないね」


 そんなことを言いながら鍋を火にかける。


「まぁ、子供は遊ぶのが仕事だしね」

「そりゃそうかもだけど……」


 なんて、君と話していると扉がバンっと開いて僕と君の娘が駆けてくる。

 何やらとっても興奮した顔だ。


「ねえ! ねえねえねえ!」


 そう言って料理中の君に抱き着いた。


「ちょっと! 危ないでしょ!」

「ねえ! お母さんって勇者様だったって本当!?」

「えっ、まぁ、そうだけど……」


 別に隠していたわけではないが、君は僕らの娘にそう問われてどこか複雑な顔だ。

 あの魔王討伐の旅は苦しくも楽しい日々ではあったけど、全てが終わった時に君は『結局、平和が一番ね』なんて言っていたし、意外と微妙な気持ちだったのかもしれない。

 何せ、英雄である君達三人に劣る僕は何度も命を落としかけたし……。


「ええ!? 本当なんだ! ならさ、何でお父さんなんかと結婚したの!?」


 思わず僕は声にならない悲鳴をあげる。

 昔、酔っぱらった騎士団長が軽い冗談でそんなことを言って君にボコボコにされたことを思い出した。


「まっ、まずい……」


 ここは『平和な場所』じゃない……。

 僕はそう思ってこっそりと隣の部屋に逃げ出す。


 そして、僕の避難が済んだ瞬間。

 君の怒鳴り声からの全力説教……そして、百を超す僕の良いところを話し出す声が聞こえてくる。

 皮肉なことに今日、僕と君の最愛の娘はこの家で絶対に破ってはいけないルールを学んだようだ。


「どっ、どうしてこんなことにぃ……」


 半泣きの娘の声が聞こえてきた。

 そんな声を聞きながら僕はこっそりと最愛の家族を見つめながら笑う。


「本当だよ。なぜ、こんなことになったんだか……」


 僕は今日も温かく幸せな日々を噛みしめるのだった。

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