-第9話 殺人事件-
エルフの女が言う。
「本当に行くの?エレオノーラ。」
エレオノーラが答える。
「うん、行くよ。母さん。」
エルフの女はエレオノーラの母親。
母親は言う。
「人間の都市になんか行ってどうするの?迫害されるか利用されるだけよ!それに元々住んでた森から私たちを追い出して農地にしたのは人間達よ!」
それに対してエレオノーラが
「だからと言ってこのままじゃ、いずれ魔王に滅ぼされる。エルフの力だけじゃどうにもならない以上、人間の力を借りるしかないじゃない。」
と言うと、母親は
「それなら、ドワーフだってノームだってホビットだって・・・・・・。」
と言いかけるがエレオノーラはそれに対し
「皆、生まれ故郷を追われているし、亜人種全部の力を併せても魔王軍には対抗できない。数と文明の力で何とか侵攻を食い止めているのは人間だけ。それに、母さんは人間を嫌っているけど、父さんだって人間じゃない。」
と痛いところを突く。
母親は慌てながら、
「あ、あの人は特別よ!」
と言うが、それに対してエレオノーラは
「じゃあ、私もそういう人を探して協力してもらうから。」
と言って振り向き、歩いて行く。
(父さんを殺され、父さんとの思い出の詰まった森を追われた。だから魔王は許せない。それは母さんも同じはずなのに・・・・・・。父さんだって人間なのに何で人間を嫌っているんだろう。亜人種を迫害してるっていうのは聞いたことあるけど・・・・・・。)
森を出てから数日後、王都に着いたエレオノーラ。
王都の町中を歩いているとガラの悪い二人組に声をかけられる。
「エルフじゃねぇか。良い女だな。ちょっと俺たちの性処理奴隷になってくれねぇか?」
エレオノーラは
「何を言って・・・・・・!」
と言いかけるが男たちは腕を掴んで近くの路地に引き込もうとする。
エレオノーラが
「いや!やめて!」
と叫ぶと近くを歩いていた屈強な男が
「何をしている!?やめろ!」
と言うが、エレオノーラの顔を見るなり
「なんだ、エルフか。」
と言って去って行ってしまった。
エレオノーラは
「なんで・・・・・・?」
と泣きそうになる。
騒ぎを見ていた男たちが
「俺も仲間に入れろよ。」
と言って寄ってくる。
エレオノーラが路地に連れ込まれた時には十数人になっていた。
エレオノーラが泣きそうな声で
「やめて・・・・・・。」
と言うが、男たちは
「エルフに人権なんてねえんだよ!」
と言って、エレオノーラの服を引き裂く。
エレオノーラは
「いやっ!」
と叫ぶが男たちは止まらない。
全裸にされいよいよ挿入、というところでエレオノーラが呪文を唱える。
「鎌鼬」
エレオノーラの周りにいた男たちを真空の刃が切り刻む。
「ぐわっ!」
「ぎゃあ!」
と男たちは次々倒れていく。
全員が血まみれで動かなくなった後、エレオノーラは立ち上がり、
「協力を求めに来た以上、人間相手には使いたくなかった・・・・・・。」
男のうちの一人が纏っていたマントを身体に巻いて去って行く。
数か月の時が経ち、エレオノーラは冒険者になっていた。
冒険者ギルドで目ぼしいパーティーに声をかける。
「あの・・・・・・パーティーに入れてもらえませんか?魔王を倒したいんです。」
とエレオノーラが言うと、パーティーのリーダーらしき男が
「エルフなんて力の弱い種族に何ができる。それにエルフなんてパーティーに入れたらパーティーの格が下がっちまうよ!」
と言って嘲笑いながら去って行く。
(またか・・・・・・。エルフだというだけで断られてしまう・・・・・・。もう一人でやっていくしかないか・・・・・・。)
エレオノーラは今まで何度も断られていて、人間のパーティーに参加するのを諦めかけていた。
その時、ギルドの入り口のドアが開いて二人の男と一人の女が入ってきた。
その三人に他の冒険者が声をかける。
「よう!カイルとグスタフじゃないか!久しぶりだな。最近、女を一人入れたんだって?」
それに対してカイルが答える。
「ああ、ここにいるのがそうだ。格闘家の女だ。」
それを聞いた男が
「三人いて全員前衛職かよ!?何かこだわりでもあるのか?」
と聞くとカイルは
「いや、別に。」
と言う。
エレオノーラは
(このパーティーならもしかしたら・・・・・・。)
と思って声をかける。
エレオノーラはこうしてカイル遊撃隊に入った。
(パーティーに入れた時は嬉しかった。ハーフエルフの私にも分け隔てなく接してくれて・・・・・・。しかし、しばらくしてそれは間違ってることに気付いた。カイルは種族に関係なく平等に接してくれているわけじゃなくて、“自分以外は等しく自分の為に動く駒”として扱っていただけなのだ。他のパーティーに入れる見込みもないし、何より“魔王を倒せるのはこの男しかいない”と思わせるだけの力を見せつけられて、魔王を倒すのが目的の私はパーティーから抜けるという選択肢は無かった・・・・・・。)
ドンドンドンッ!
「この町の警備兵だ!ドアを開けろ!」
ドアを叩く音でエレオノーラは目を覚ました。
(昔の夢か・・・・・・。嫌な夢だ。)
下着姿のエレオノーラは毛布を身体に巻き、ドアを開ける。
一方、早朝グラウべ村を出発したカイルとクレア。グスタフとエレオノーラが待つヴィエラ村へ向かう。
クレアがカイルに話す。
「昨日、レティシアお姉さまにカイル様の記憶の事聞きましたよ。」
と言うとカイルは
「そうか。聞いたんだ。格好悪いだろ。魔王を倒した男が、記憶を失ってろくに戦えないなんて。」
と言うがクレアは
「でも、レティシアお姉さまもプルムさんも、前のカイル様より今のカイル様の方が良いって言ってましたよ!前のカイル様に裸を見られたときは嫌悪感があったけど、今のカイル様には恥ずかしさはあっても嫌悪感はないって言ってましたから!」
と明るく言うが、気まずそうな顔をして
「これ言っちゃいけなかったかも・・・・・・。」
と言って慌てて
「い、今の話聞かなかったことにしてくれませんか?」
とカイルに言う。
カイルも
「そうだな、聞かなかった事にしといた方が良さそうだ・・・・・・。」
と言いながら
(あの二人、そんな事言ってたんだ・・・・・・。それなら無理に前のカイルを意識せずに今のままいった方が良さそうだな。)
と思っていた。
そんな話をしながらしばらく歩くと、ヴィエラ村へ到着する。
村へ入り宿屋へ向かう。
宿屋の前には警備兵が数名。カイルが中年の警備兵に聞く。
「何かあったんですか?」
警備兵が
「実は・・・・・・。」
と言いかけたところで、宿屋の入り口のドアが開く。
ドアから出てきたのはグスタフとエレオノーラ。
グスタフが
「カイル!丁度いいところに!何とかしてくれ!」
と言うのでよく見るとグスタフとエレオノーラは拘束されている。
カイルが慌てて
「何があった!?」
と聞くとグスタフが
「殺人事件の犯人だと疑われてるんだ!」
と答える。レティシアとプルムの姿が見えない事に気付いたエレオノーラが
「レティシアとプルムはどうした?」
と聞くとカイルは
「二人はまだグラウべ村にいるよ。あっちでもひと悶着あってな。」
と答える。
警備兵の一人がカイルに声をかける。
「お知合いですか?」
それに対してカイルが答える。
「私はカイル遊撃隊のカイルという者で、この二人はパーティーメンバーです。」
警備兵は
「そうでしたか。しかし、我々も仕事ですので、疑いが晴れるまでは解き放つわけにはいかないので・・・・・・。」
と申し訳なさそうに答える。
カイルは
「一先ず、中で話しませんか?」
と言って、見張りに警備兵二名を外に残し、中に入る。
警備兵が状況を説明する。
「実は、昨晩から今日の未明にかけて、この宿屋で殺人事件がありまして、こちらのお二人にその容疑がかかっております。」
カイルは
「根拠は何ですか?」
と聞く。
警備兵は
「ダイイングメッセージがあったんです。」
カイルは
「なるほど。それでは一つ相談なのですが、私に事件を調べさせてもらえませんか?それで疑いが晴れれば二人を解放して下さい。」
と提案する。
警備兵は
「しかし・・・・・・。」
と難色を示す。
カイルは更に
「疑いを晴らせなければ取り調べを行えばいいし、もし事件そのものが解決すればそちらも手間が省けるし損はないと思いますが?」
と説得する。
警備兵は
「確かにそうですが・・・・・・。」
と納得しない。
そこでカイルは警備兵のリーダーであろう中年の警備兵に近づいて
「我々は、魔王をも倒したカイル遊撃隊ですよ。ここにいる全員を皆殺しにして逃げおおせることも造作もないです。証人はいなくなりますし、万が一証人がいても、ミストラル王国に入れば、国が救国の英雄として守ってくれるでしょう。どうします?」
と凄んで見せる。
中年の警備兵は
「わ、分かりました。事件の調査をお願いします。」
と怯えて言う。
カイルは
「よし!」
と言うと、宿屋の主人の詳しい経緯を訪ねる。
宿屋の主人が言うには
宿の二階が客室で一号室から十号室の全部で十部屋。
二階には客室のほかは共同トイレのみ。
被害者はハワード・コールマン、男性、四十五歳の道具屋。
被害者は夜遅くに到着。最後の宿泊客だったため、被害者が二階へ上がってすぐに主人が一階から二階へ上がる階段の鍵を掛けた。
窓は開かない為、外部からの侵入は不可能。
朝食の時間に起きてこない宿泊客を起こそうと部屋を回った際に遺体を発見。
発見後すぐに警備兵に通報。
宿泊客の中に犯人がいると思われる為、警備兵の指示で事件の事は説明せずに宿泊客全員に部屋から出ない様に指示。
警備兵と部屋に入ってみたところ、血文字で「9」と書かれていた為、九号室のグスタフとエレオノーラが容疑者とされ拘束。
主人の話を聞いたカイルは
「それでは、現場を見せてください。後から我々が証拠を捏造したと言われない様に、ご主人と警備への方も二、三人付いて来て下さい。」
と言って二階へ上がる。
主人に部屋を開けてもらって中に入ると部屋の中央で被害者が仰向けに倒れている。顔にはシーツがかけられ、腹部にはナイフが突き立っている。
遺体の左側には、事件の際にテーブルから落ちたであろうバッグから、小物が散乱している。
右手のところには確かに血で「9」と書かれている。
カイルが警備兵と主人に、事件発覚後、何かを動かしたり触ったりしたか聞くと、何も触ってもいないし動かしてもいないとの事。
身体を横に少し起こし背中を見ると背中にも刺し傷がある。
「先に背中を刺されてますね。後は腹部の刺し傷、例外には外傷な無い様なので、死因はおそらく出血多量ですね。」
とカイルは言い、続けて
「犯人はおそらく顔見知りですね。」
と言う。
それを聞いて警備兵が
「何でそう思うんです?」
と聞くとカイルが答える。
「まず、遺体の顔を隠すのは顔見知りの犯人によく見られる所見です。知っている顔の死んだ姿を見たくないとか、死体に見られてる様な感じがして顔を隠したくなるようです。私も詳しいことまでは知りませんが。」
「それと、先に背中を刺されています。被害者は部屋に入った後、ドアに鍵をかけてるでしょうから、犯人が部屋に来た時には被害者が鍵とドアを開けている筈です。そこで刺されたなら、最初の傷は腹部になきゃおかしいですし、遺体はもっとドア寄りにある筈です。」
「遺体が部屋の中央に有って背中の傷が先という事は、被害者はドアを開けた後、犯人に背を向けて部屋の中央に向かって歩いていたという事です。知らない相手なら簡単に部屋に招き入れないでしょうし、無警戒に背を向けたりしないでしょう。殺されそうになって背を向けて逃げたのなら、同じようにもっとドア寄りに遺体がある筈です。なので、絶対とは言えませんが、おそらくは顔見知りの犯行です。」
「しかも金目の物にも手を付けていない。バッグの中に入ってたであろう金貨の袋がこれ見よがしに遺体のそばに落ちているのにそのままにしている。これは顔見知りの犯行で同機は怨恨と行ったところだと思います。」
警備兵は
「なるほど!」
と感心する。
クレアも
「流石カイル様!」
と感心している。
カイルは
(刑事ドラマ好きで結構見てたからな。ありがとうコロンボ警部。)
と思っていた。
カイルが次に目を付けたのはダイイングメッセージ。
見ながらしばらく考えて
「これ、“9”じゃないな。」
とカイルが言うと
一同、
「え?」
と驚く。
カイルがクレアに
「クレア、そこに落ちてるペンを持って遺体の横に同じ体勢で寝てみてくれ。」
と言うとクレアは
「はい・・・・・・?」
と言って疑問に思いながらもペンを持って横になる。
カイルは続けてクレアに言う。
「そのペンで“9”って書いてみてくれ。」
クレアは持ってるペンで床に“9”と書く。
それを見ていた一同は
「!!」
と驚く。
カイルは
「人は無意識のうちに足の方が下、頭の方が上って思ってしまうんです。でも書いてる本人からは逆になるんです。だから、ダイイングメッセージは“9”ではなくて“6”なんです。」
と説明する。
警備兵は
「なるほど、確かに。では六号室の宿泊者を容疑者として拘束してきます!」
と言って部屋を出ていこうとする。
それをカイルは
「ちょと待ってください。部屋番号とは限らないんでもうちょっと調べてからにしましょう。」
と警備兵を止める。
クレアは
「どうせダイイングメッセージを残すなら犯人の名前とかにしてくれれば良いのに。」
と疑問を言う。
それに対してカイルは
「そんなことしたら、真っ先に犯人に消されるだろ。犯人もダイイングメッセージだけじゃ自分にはつながらないと思ったから消さなかったんだろ。まぁ犯人もおそらく“9”だと思ってたんだろうけど。」
と返す。
更にカイルは被害者が左手にも何か握ってるのを見つける。
「クレア、左手に握ってるものを取ってくれ。」
と言うとクレアが取ろうとするが固く握られていて取れない。
クレアが
「固くて取れません。」
と言うとカイルは
「死後硬直が始まってるんだ。剣で指を切れば取れるだろ。」
と言いながら
(クレアがいて良かった。流石に死んだばかりの人間の指を切断するのは抵抗がある。)
と思っていた。
クレアが指を切断して握っていたものを取ってカイルに渡す。
カイルが
「何だこれは?」
と言うと警備兵の一人が
「これは魔女の軟膏ですね。」
と言う。
カイルが
「魔女の軟膏?」
と聞き返すと警備兵は
「魔女の軟膏。正式名称は“大いなる魔女の淫靡な膏薬”で強力な媚薬だと言われています。実際にはそこまでの効果は無いらしいですが・・・・・・。実家が道具屋で父から聞かされていましたし、実物も見た事あるので間違いないです。」
と答える。
カイルは
「“大いなる魔女の淫靡な膏薬”か・・・・・・。」
と呟いてしばらく考える。
カイルは
「ここはこれくらいにして宿泊客に話を聞きに行きましょう。」
と言って、一同は部屋を出る。
エレオノーラ・ハーゼルゼット
52歳 176cm 80-56-84 Aカップ
父が人間、母がエルフのハーフエルフ。ハーフエルフの寿命が約200歳なので人間の寿命を100歳で換算すると約26歳くらい。
若い頃から魔術の才能が有り、独学で魔術師としての研鑽を積み魔術師になり、現在は上級魔術師。
勉強家で頭も良いので参謀役になることが多い。
現在の武器は大魔導士の杖(上部に大きな宝珠が埋め込まれていて魔力を増幅させる)と女帝の鞭(複数の金属線を撚り合わせた所謂ワイヤーの鞭で小さな棘状の突起が付いている。金属製なので雷魔法と合わせることで電撃を喰らわせることもできる)。
42歳の時にエルフの森が魔王軍に襲われエルフたちは別の森に追いやられた。
その事に恨みを持ったエレオノーラは単独で森を出て王都へ向かい、冒険者になって魔王に一矢報いようとする。
しかし、エルフ、ドワーフ、ノーム、ホビット等の亜人種は人間から迫害を受けていた為、何処のパーティーにも入れずにいた。
そんな時、カイルがエルフでも快く受け入れてくれた為、カイル遊撃隊に入る。
しかし、カイルが亜人種に寛容だったからではなく、「自分以外は等しく道具」という考えによるものだという事を間もなく知ることになる。