21:いざ、魔人族大陸へ!
「師匠って器用貧乏ですよねえ」
「ルルディ、君は師匠を敬愛する気が無さすぎないか」
「違います! あ、表現が悪かったかも! 何でもそつなくこなせるなーって、感心してるんです!」
「……純粋に褒めているとは思えない」
船に乗って、テオドルスとルルディは北の大陸を目指していた。漁船を装っているが、魔導国の立派な諜報船である。
「だって認識阻害魔法まで使えるとは、思いませんでしたもん」
潜入の諜報員には欠かせない魔法だ。魔人国に入るなら、魔導力を感知させない認識阻害には“継続”魔法も重ね掛けして、『絶対に魔導士だと知られてはならない』のが鉄則である。かなり高度な部類に入る魔法だ。テオドルスは自分とルルディにそれを施した。しかし。
「器用貧乏だからね。君と同じで私は大抵の魔法がそこそこ使えるんだよ。強力ではないから、この魔導具で固定させないといけないんだよね」
テオドルスは自身の左中指に嵌めている、細い銀色の指輪に視線を向けた。
「ほんと、すみませんでした。嫌味じゃなかったんです」
珍しく皮肉な口調のテオドルスにルルディは素直に謝る。そして、自分の中指にもある銀色の魔導具を見ると、どうしても顔がにやけてしまう。
テオドルスとお揃いの指輪型魔導具を着けているのだ。まるで恋人同士みたいではないか。ルルディが浮つくのも仕方がない。テオドルス曰く設定は“兄妹”で通すらしい。全く似ていない容姿なのにゴリ押せるかな?
「……君はどうしてそんなに楽しそうなんだ」
「魔人国に潜入なんて、まるで冒険活劇みたいでドキドキします」
未知の国へ、大好きな師匠と二人旅だ。不安より高揚感の方が大きい。
テオドルスは深い溜息をひとつ、心からついた。
「危険すぎる。私は君を巻き込むのは反対だったんだ」
「師匠の助手が務まる女性は私くらいですよ。補佐官ですし頼ってください!」
その通りだ。魔導力もさることながら、ルルディは度胸がある。ブロウにはそこを一番見込まれている。
遡る事、七日前。
「テオドルス、ルルディ、極秘任務を与える」
二人を呼び出した魔導塔主が、厳かな顔で告げた。
「魔人大国ヴェダショックにノエルが現れた。至急あの国の諜報員と合流して彼女を探れ」
導師ブロウが予想していた中で最悪の展開である。
「あの悪女が大国魔人に肩入れして、何かをやらかしそうで最悪な気分だ」
あまり他者の悪口を言わない塔主に悪女と言い切られるなんて、彼女はどれだけ人を傷つけてきたのだろう。
「……ルルディを魔人国に……?」
導師の本音はどこだ。まだ二十歳にもならない少女を、海千山千の悪女にぶつけるつもりか。知らずテオドルスの視線は厳しいものになったようだ。
「テオドルス、睨むな。ノエルの今の実力は未知数だ。自作のいい加減な魔法陣でも効力がある。あいつの“性悪魔法”に対抗し得るのは、型に囚われない〈解呪士〉ルルディくらいだ」
「“性悪魔法”って……新しい分類項目を作らないでくださいよ、導師」
「ん? 正式に記録するんだから“嫌がらせ魔法”よりいいだろう?」
テオドルスはどっちもどっちもな気がするが、ルルディは違うようだ。
「確かに“嫌がらせ”は悪ふざけの感じがするので、“性悪”の方がいいと思います」
「普通に“他害魔法”の一覧に加えればいいんじゃないですか」
テオドルスの意見に「あんな魔法陣もどきは正規の魔法扱いできないって、大臣たちが反対するに決まっている」と、ブロウは反論した。
テオドルスが分析したノエルの魔法は、補助魔法陣を反転した魔法陣を崩した上、それに攻撃要因を継ぎ接ぎして、生来の補助とは反対の意味を持たせるものだった。
ルストラレ王子に使った呪いは、その自作の基礎魔法陣に『ヒキガエルになってしまえ!』と、怒りで描き込んだ即興のもののようだ。
説明を聞いたルルディは彼女を天才と評した。テオドルスもそれには同意だ。もしノエルが研鑽を積むタイプなら、もっと緻密でえげつない魔法陣を創っていたはずだ。そこまで探究心がないのが幸いである。
魔導島から逃げたノエルは、魔導士ではなく女として輝く道を選んだ。
〈補助士〉を封印せず、補助魔法を自身に掛けていたようだ。美しい舞に歌声、素晴らしい演技__自分をより魅力的に見せるために使用していた。
旅劇団を転々としていたのは、魔道島の追っ手を警戒していたためである。しかし魔導国は彼女を“追放”という形にして縁を切る事にしたので、そんな心配は不要だったのだ。
今回、マルジャラン王太子の呪い事件で、ノエルはうっかり表舞台に出てしまった。いや“うっかり”ではないかもしれない。二十年近く魔導協会には見つかっていないと、逃亡当初の警戒など失ってしまったのだろう。
大きな劇場で名を馳せた事もある美貌の魔導士。
どこでも成功する彼女に、歪な懸想をする者や嫉妬する者、それらの悪意にノエルは嬉々として反撃していた。高飛車な態度で罵倒するだけでは満足しない。
“歩くにも苦労するほど太る”、“髪の毛が全て抜け落ちる”、“口内炎が出来て治らない”者が、彼女の行く先々で多かった。
ノエルの追跡調査で過去が少しずつ明らかになって、ブロウは「あいつが好む報復だな」と、それらを彼女の関与だと疑わない。
「少し機嫌を損ねたくらいなら、“鳥のフンが頭に落ちる”とか“腹を壊す”程度の、その場の嫌がらせで済ませていそうだ」ともブロウは付け加えた。
ノエルは魔導士を名乗らなかったし、普通の人間たちは彼女の演芸に補助魔法が掛かっているなんて思いもしない。
魔導士が気が付いたとしても、「ああ、魔導士ではなくて芸能演者の道を選んだのだな」と受け取るくらいで、指摘なんて野暮な真似はしない。
マルジャラン王国から転移魔法で消えたノエルの行方が気になったブロウ率いる魔導協会は、彼女の捜索を開始する。
ルストラレ王子がノエルの逆鱗に触れたのは、彼女の年齢に言及したからだ。感情のまま呪ったが、魔導協会が〈呪術士〉を派遣する恐れがあると悟ったノエルはさっさと退場を決めた。捕縛されてブロウの前に引き摺り出されるなんて、真っ平御免なのである。
「あいつならこの機会にと、魔人大陸に渡っても驚かない。魔人族相手に自分を売り込んで、あちらで歌姫でも舞姫でもやれそうだ」
彼女は言葉が通じなくても魅せられる方法は熟知している。
「ノエルが魔人族の中で上手く生きて行くのならどうでもいいのだが、あいつのトラブルメーカー具合は筋金入りだ。目を離せない」
これはブロウに掛けられた呪いのようなものだ。元々はノエルからの一方的な痴情のもつれである。二十年近く経った今も彼女の幻影が解放してくれない。
魔導国の元首ブロウを悩ます、かつて彼を愛していた優秀な魔導士、美女ノエル。ルルディは彼女に興味を持っている。
船上で風に靡くレモン色の髪を抑えつつ、「早く会いたいですねえ」なんて緊迫感のない顔をしているルルディを見たテオドルスは、「魔人族の国に行くんだ。友達に会いに行くんじゃないんだよ」と嗜める。
「分かってますよー」
ルルディはのほほんと答える。
(仮想敵国に潜入するくらいの気概を持ってくれないと……)
だがこの呑気さが彼女の短所でもあり長所でもあるのだと、テオドルスは既に諦めの境地だった。
(師匠がいるから大丈夫でしょー)
いつも冷静沈着なテオドルスを無条件に信頼しているルルディからすれば、未知の地に乗り込む不安は小さい。
二人の温度差を乗せた船は、着々と北の大陸に向かうのだった。




