20:魔人族との関わり
「セイランを使って魔導島に魔獣を持ち込もうとした理由。逆恨みだな」
さらりと塔主は答える。
ノエルの逃亡先が北の魔人大陸ではないかと言う話から、セイランの父親の話に移る。ブロウは調査内容を語りはじめた。
「セイラン、元ソインの実家、ローエンサガ国のクードン公爵家の、子飼いの男爵が奴隷市をやっている現場を押さえて、去年魔導協会が潰した。黒幕がクードン公爵ではないかとローエンサガ国内でうわさになってな。こっちがローエンサガに送り返した男爵が毒死したこともあって、公爵が殺害したとのうわさの火消しに必死だったそうだ。奴隷売買は重罪になるからな」
「で、結局その公爵が奴隷商の元締めだったんですか?」
テオドルスの問いに「限りなく疑わしいが証拠は出なかった」と、ブロウは残念そうに答えた。
「だが魔導島に魔獣を送り込んだ大義が、“目障りな魔導士の殲滅”だぞ。基本的に魔人と接点がない我が国を敵視する連中は、奴隷商人か窃盗集団くらいで、自分を犯罪者だと声高に叫んだと同じだ。しかも魔導島を魔獣騒動で混乱させて、魔獣退治協力を申し出て内部から崩し、魔導士を制圧する計画だったんだと。全く馬鹿にしている」
(そんな杜撰な計画を本気で?)
魔人族は人間の魔導士を腑抜けだと思っているのだろうか。ルルディでも呆れる。自国に魔獣は生息していなくても、各地への派遣で魔導島の騎士団は魔獣退治に慣れている。魔人族の出る幕などない。
「入植時、ここは魔獣の生態系が出来上がっていた。領地にしようとした国々が調査に訪れては、魔獣の多さに逃げ帰っていた捨て置かれた島だ。
それを建国の際に一掃して絶滅させた魔導士の国だぞ。全く関わりのない魔人の手など借りるはずはない。無尽蔵に魔物が現れていれば、やがて原因の湖の石板にたどり着く。それを破壊すれば終わりだ」
ブロウの見解が正しいと全員が思う。
「魔人族は魔導士を警戒しているんじゃなかったんですか?」
そう聞いていた。だがクードン公爵は魔導士を知らなすぎる。ルルディの疑問は尤もだ。
「……公爵が好戦的な性格で、国が獣人国や人間国を攻めないのを不満に思っているとか? ならば自分が人間国支配の足掛かりをつけようと動いたとも……」
カロスイッチが答えらしきものを考えたが、それではローエンサガ国の、もっと大きく言えば魔人族の国々の不可侵方針に反する。
一国の一公爵家が野心を持って魔導島を手に入れたくて攻撃したとして、魔導島は国だ。全面戦争になれば、相手はローエンサガ国である。そこまで考慮できないならクードン閣下はただの愚かな男だ。
「奴隷なら罪人で我慢すればいいものを……」
カロスイッチがぼやいた。発言は人でなしのようにも取れるけれど、北の大陸に流される罪人は、人間、獣人、魔人各々の国が“魔人の奴隷”になるのを想定している、暗黙の了解だ。女性は送られない。魔人に捕まる前に罪人たちの慰み者になるだろうし、孕めば流産させられるか、もし産まれても直ぐに殺されるだろう。そんな非人道な行いを防ぐためだ。
「私が若い時から、奴隷商の人間狩り、獣人狩りの方向性は変わらん。流刑のならず者の罪人は好かん。獣人族は心身が優れた屈強な戦士、人間族は学者や芸術家、技術職など知的面で優れた者を捕まえる。腹立たしいぞ。手も足も鎖に繋がれて檻に入れられているんだ」
まだ少年とも言える歳で血気盛んなのもあったが、かつてブロウが真正面から奴隷市を潰したのは、同胞たちの魔獣並みのそんな扱いに我慢ならず、前もって計画されたまどろっこしい作戦を無視して突っ込んだからだ。
魔導国元首の魔導塔主になった今では、さすがにそんな無謀な策は取らない。宰相はじめ、優秀な参謀がいるのだ。堅実にいく。
「……男爵が抱えていたその奴隷商は知る人ぞ知る、魔人族の裏界隈では『いい品を揃える』と有名だった。あちこちの魔人国を相手にしていて、取引は豪華客船でオークション方式で行われていた。大きな金が動く。きっとクードン公爵の肝煎りだったはず」
「逮捕と救出を終えたあと、船を爆破して沈めたのも痛かったでしょうな」
カロスイッチは当時を思い出している。彼は救出した人間や獣人の肉体、精神状態を観察する役目を担っていたので関わっていた。大きな捕物だったらしい。ルルディは、ちらりと世間話で聞いた程度である。
「師匠は殲滅作戦に参加していないんですよね」
意外だった。真っ先に戦力人員に組み込まれそうなのに。
「そいつは別件に携わっていた。ラフィタル帝国絡みでな」
「導師ブロウ様」
テオドルスが導師を非難する口調で言った。
「別に隠す必要もないだろう」
「ですが、ルルディに知らせる事もないでしょう」
「いや、テオドルス殿。この際だから、ルルディも知っておいた方がいいでしょう。セイランの母のように誘拐される女性について」
嫌がるテオドルスに反し、カロスイッチはブロウに賛成だ。
「どういう事です?」
女性が犯罪に巻き込まれる話なら、ルルディだって無関係ではない。知る権利はあるはずだ。
「……女性は北の大陸に流刑にはならない。理由は以前話した通り。妊娠の可能性があるからだ。そして魔人族の奴隷市の商品も男性のみだ。望まれるのは剣闘士になれる獣人、生活向上のため得たい人間も丈夫な男性の方が便利、らしい」
まだ年若いルルディに気を遣っているのか、説明するブロウは言葉を選んでいるようだ。
「女性は“性奴隷”として買われてしまうからですか?」
テオドルスはギョッとしてルルディの顔を見る。
ルルディはこんな師匠に不満だ。猥談でもない真面目な話をしているのに、いちいち単語に反応しないでほしい。いつまで箱入り娘扱いなのか。
「身の回りの世話を焼く召使いは、魔人族でも女性が好まれるのでしょう? 獣人や人間の女性の方が、魔人族の女性より気配りや技能が細やかだとセイランから聞きました」
まあそれも個人差が大きすぎて一概には言えない。しかし魔人貴族女性も使用人は穏やかな他人種が望ましいとは思っている。
「……そうだな。まず魔人族の、奴隷に肯定的な女性でも、性搾取される奴隷として女性が売られるのを嫌う。自分たちは低俗な人間や獣人とは違うとの矜持があるのかもな。娼館があるのだからそこで遊べって事だ」
ブロウは魔人文化に詳しい。北の大陸にはルルディの想像以上の数の諜報員が入り込んでいるようだ。
「だから、普通は契約して給金を払って雇う。人間国や獣人国にも貧しい者は大勢いるし、場合によっては両親から娘を買う。金で売るにしても、同族の娼館なんかより魔人族の貴族に迎えられた方が、実際はよっぽど大事にされる。召使いになる方が自由が保証されているんだからな」
「……じゃあ、セイランのお母様のように身分の高い方は……」
「そう、金ではどうにもならないから、……攫うしかないな」
ブロウは吐き捨てた。
「……ラフィタルで、一人の公爵令嬢が魔人族に拐われた。彼女も、彼女の婚約者も知っている人物だった」
とうとう諦めたテオドルスが語る。
「魔人族は律儀にも攫った旨を手紙にしたためて家族に送る。家族が心配しないようにだそうだ」
「そんなの気配りにもならない、不安が募るだけじゃないですか!」
「そうだ。『お嬢さんに惚れたから連れ帰る。大事にします』なんて綴られていても、本人の意思は無視なのに。ふざけた事に“結納金”として大金が置いてあった。魔人族にはない習慣で、人間の貴族婚姻方式に則り誠意を示したつもりだ。結局自分たちが優位種の意識があるからそんな勝手が出来る!」
さすがにテオドルスから怒気が感じられた。気に入ったから連れ帰るなんて、同じ魔人貴族女性にはしないだろう。ルルディも憤慨する。
「ちゃんと筋を通して結婚を申し込むべきですね!」
この場合は一方的に見初めた挙句、婚約者がいるから認められないが、相手を尊重するなら手順は踏むべきだ。
「公爵家から王家を通して私に保護依頼が来た。公になると令嬢は傷者扱いされる危険があるから、数人の魔導士で内密に行動して奪還した。それだけだ」
(少数精鋭隠密部隊か……。師匠ってば、魔人国への潜入経験ありなのね)
ルルディはテオドルスの仕事をまたひとつ、知るのだった。




