15:導師の苦い過去
「はあ……嫌だけど助けに行きますよ。それにしてもその歌姫は有能な魔導士なんでしょうねえ」
簡単に呪術を掛けられるのなら、それなりの腕がある。一般の旅団に所属する自由を好む民なのだろう。
「あの面食い王子が口説くくらいだから、綺麗な人なんですね」
「容姿を聞いて素性は判った。……ノエル。ノエル・ヒーグス」
ぼそりとブロウが呟いた。その消沈した響きにルルディは思わず彼の顔を見直す。
「有能な女性魔導士だったが魔導協会を破門になっている……」
説明をするテオドルスもなんだか言いにくそうだ。何かあると閃いたルルディは追求する。
「何をやらかした人なんですか? 〈呪術士〉として倫理に欠けた行動をしたとか」
「……彼女は〈呪術士〉ではなかった。攻撃魔導士の性能向上付与術を得意とした〈補助士〉だった。詳しい話を知りたきゃテオドルスから聞け」
そう言ったブロウは「下がっていいぞ」と二人に告げた。
ここまで塔主が憂鬱そうなのは珍しい。ルストラレ王子に呪いを掛けたそのノエルという女性と面識があるのは明らかだ。
だからテオドルスの執務室に着いた途端、早速ルルディは師匠に質問攻めをする。
「どんな人です? 齢は幾つです? どうして破門になったんです?」
「私はそのノエルと言う女性に会った事はない。私が入島した時には既に出禁になっていたからね。紫の髪に黒い瞳の美女らしい。……それなりの年齢の島民の中では有名な話だが、彼女の事はタブー扱いだ。若い連中は知らない者が多いかもな」
「若い連中って、二十三歳の師匠が言います?」
「酒席で老師たちから“ノエル・ヒーグス”という魔導士の話題が出て、私は酔ったフーゴ師匠から聞き出したから、たまたま知っている」
(え? タブーをあっさりと? お酒の勢いって怖いな。気をつけなきゃ)
フーゴは陽気で賑やかな飲み方をするから、口が軽くなったのだろう。
(師匠って飲みすぎないし、静かだし……そういや酔っ払ってるの見た事ないな)
ちょっとルルディの考えが逸れたところで、テオドルスが話を続けるのでそちらに意識を戻す。
「導師ブロウがまだ二十代の頃、彼の〈補助士〉がノエルだったらしい」
「まあ、そんな縁が」
当時、優秀な〈攻撃魔導士〉には専属の〈補助士〉が付いていて、討伐とかの任務時には攻撃力の底上げをしていた。今は個々の相棒関係はない。
「……優秀なノエルはブロウ導師に惚れていて、ライバルを蹴散らして彼の〈補助士〉の役を得たそうだ。導師より三、四歳年上だと聞いた」
「じゃあルストラレ王子は、ご自身の母親ほどの年齢の女性と関係を持ったのですね。女性に“ずっと年上”と言うなんて失礼だと思ったけど、仕方ない気がしてきました」
自分の息子くらいの年齢の男を相手にするのも凄い。自分の容姿に相当な自信がないとできないと思う。
「まあそれは恋人も婚約者もいない独身同士なら問題ない、はず」
「師匠も守備範囲が広いって事でいいですか」
「私の話は関係ないだろう」
テオドルスが嫌そうな顔をするので、「すみません、つい興味が」と謝った。
(……って、いかんいかん。話がズレていっちゃう)
「で! ブロウ様に惚れて相棒になったノエルさんは、晴れて恋人になったんですか?」
(美女らしいし。もしかして、元妻だったり!?)
「いや、彼女は苛烈な性格でね。導師は仕事だけの関係だと強調して、私生活では彼女を敬遠していたらしい」
「……呪いで一国の王太子をカエルに変えるくらいですもんね」
確かにいくら馬鹿にされて怒ったって、普通はそこまでしないだろう。そもそも『お前と寝てやったのだから宝石を寄越せ』と文句を言うために、単身夜会に乗り込むなんて発想は常識人にはない。
「年齢を重ねたところで、落ち着いたりするわけじゃないんですねえ……」
しみじみと感慨深げなルルディに、「生まれ持った気質はなかなか変わらないものだ」と、テオドルスは悟りを開いたみたいな顔で同意する。
「それに嫉妬深くてね。導師と会話しただけの若い女性まで排除しまくるから、導師の生活にも支障が出て困るし、女性たちにも迷惑をかけるしで、ノエルを諫めたんだそうだ。それを導師の周囲の女性たちのせいだと思い込んで、彼女たちに“吹き出物ができて、ぶくぶくに太る”呪いを掛けた」
「ひえー。怖い……!」
命を狙う魔法ではないけど、酷い。本当に酷い!
「それがバレて、当時の魔導塔主に尋問された。原因のブロウ導師も立ち会ったそうで、その場でキッパリと彼女を拒絶した。それで怒り心頭のノエルは、尋問室にいる全員に“男性機能の喪失”の呪いを掛けた」
「……それって、あの……イチモツが無くなったり?」
祖国では一応深窓の〈聖女〉だったルルディも、魔導島に来てからは他者との交流が増えて下ネタに慣れた耳年増だが、さすがに憧れの師匠に尋ねるのは躊躇する。下品な女と思われたくない乙女心だ。
案の定テオドルスは「恥じらいを持ちなさい」と片眉を上げる。
(しまったー! アレと言えばよかったー!)
「ただの不能状態だ。大体惚れた男の男性器を無くしたりしないだろう?」
「ソノアタリノ、カンジョウハ、ワカリマセーン」
師匠の表現は直球だった! ルルディの方が赤面して片言になってしまった。
そんな少女に気が付いて、テオドルスは空咳をして場の空気を変える。
「尋問室は魔導封じの結界が張られているし、結界がなくても部屋にいたのは高位魔導士たちだ。その程度の“呪術”に掛かったりしない」
「あー、そうですね」
しかしノエルと言う女性は嫌がらせの呪術が好みのようだ。ただ、短期間ならまだしも“継続”の魔法も加えたら、もうそれは立派な最上級の呪いである。
「彼女の呪術は我流だから、解呪の方法は知らないらしい。だから本職の〈呪術士〉が女性たちの呪いを解いた」
それは危険だ。解呪の方法を覚えてこその呪術である。
この出来事で、ノエルは魔法牢に拘束された。魔導士の罪人がほとんどなので、当然魔法は使えない。ところが正式な罰が確定する前に彼女は脱獄した。外部の人間が牢番たちに薬を嗅がせて眠らせ鍵を奪ってノエルを連れ出した。手引きをしたのは商人崩れの海賊とも言われているが、未だに正体は不明である。
犯人は誰にせよノエルの信奉者だろう。各国でブロウとともに魔獣退治で活躍していた彼女は、その美貌で名が知られていたそうだ。
この脱獄劇により、魔導島の牢施設の脆弱さが浮き彫りになった。魔導対策には力を入れていたが普通の警備が疎かだと分かり、そちらも早急に改善される。
魔導島を逃げ出したノエルの積極的な捜索はされず、魔導協会の破門及び生涯魔導国への入国禁止が決定した。
「つまり彼女が外国でどんな問題を起こしても、魔導協会は無関係だと言う立場をはっきりさせたんですね」
「ノエルは凶暴と言えば凶暴だが、ブロウ導師への恋慕故の行動だからな。導師と離れたら大丈夫だろうと楽観視されたようだ。これらの話はほとんどフーゴ師匠から聞いたものだから、脚色されたり事実と異なる部分もあると思う。でも……導師はノエルのせいで婚期を逃した気がする」
「女性不信になっても仕方ないですよ。せっかくの男前がお気の毒に……」
「その後の彼女の行方は不明だったんだよ」
美しい魔導士が魔導協会や国の後ろ盾なく生きるには、気が強い方がいいだろう。しかし魔導国では凶暴な罪人扱いだ。もう帰れない……。愛しいブロウの側にもいられない。
「ん? でも彼女なら変化の術を自分に掛けて、別人として入国できたんじゃ」
「魔導力は隠せないだろ? 見かけない魔導士が入国すると警戒されるのは必須。そんな危険は犯した事ないようだ」
マルジャラン王国がノエルと名乗る呪いの歌姫を追う中で、彼女の過去の遍歴が少し見えてきた。ノエルはどうやら女優、舞姫、歌姫として劇団を転々と渡り歩いて、気ままな生活をしていたようだ。
魔法を操る紫髪黒目の美女、ノエル__容貌とおおよその年齢で、ノエル・ヒーグスとほぼ断定された。
ルルディは精彩を欠いているブロウの姿に納得する。若い頃の苦い思い出が蘇ったのだろう。俄然ルルディのやる気が出てきた。在野で磨かれた嫌がらせ魔法のお手並み拝見といこう。
「私がノエルさんの呪いの残滓を解いてみせましょう。そして報奨金をたんまりといただくのです!」
「おっ? それはいい。ついでに君を冷遇していた慰謝料も上乗せするか」
マルジャラン王国への怯えを払拭したのだと、彼女の変化をテオドルスは内心喜ぶ。ルルディの対抗心が、導師の心を傷つけたノエルに向けられているとは読めなかった。
気の毒な目に遭っている王太子ルストラレは、ルルディにとってはノエルより実力は上だと示すための、ただの物体と化しているのだった。尤もルルディにその自覚はない。




