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私は聖女じゃなく魔導士だったようです  作者: 日和るか


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11/31

11:彼女の実力

「ねえ、それは魔人族の奴隷の印よね。初めて見るわ」

 取調官とは思えない少女の存在を訝しく思った獣人青年は、警戒心を見せた。


「ルルディ、興味津々で観察するんじゃない。この青年の命を左右する恐ろしい物だぞ」


 この黒チョーカーがどんな魔導具かの知識はある銀髪の青年が、隣の少女を嗜めている。


「逆らうと締まって窒息する」

 獣人が渋々ルルディに答える。


「それは見れば分かるけど」


 少女はさらりと彼の言葉を流し、「目の前にいないのにどうやってあなたの反抗を知るの? 今回の仕事での失敗や裏切りに対する発動条件は聞いてる?」と、何やら目を輝かせている。側の男の言う通りチョーカーにすごく興味を引かれているようだ。


 こっちは魔人族にも魔導士にも命を握られている状態なのに、酷い女だ。


(いや、犯罪者に同情するわけもないか)と獣人は思い直す。


「俺が暴れると自動的に首輪が締まるようになっている。いつもそうだ。今回の命令は島の湖三ヶ所に三個の石板を沈めるだけ。最後の一個をしくじった……」


「だから抵抗しなかったのか」

 ブロウの問いに彼は頷く。


「石板の効力はどういったものだ」


「詳しくは知らない。湖に入れたら徐々に自然魔導エネルギーが漏れ出して、状況に合った魔物が召喚されると聞いた」


「それは……高度な術式だな。ではこれから次々と魔物が現れるわけか」

 ブロウは感心するが、そんな物が持ち込まれるなんて冗談ではない。


「つまり水に浸かるまではただの石板でしかないから、人間族の魔導士では感知できないと云う事か。厄介極まりない……」

 テオドルスがぼそりと呟いた。


「ねえ、獣人さんのお名前は?」


 青年はルルディの問いかけに、「……ソイン」と答え、目を伏せる。


 それは初手の尋問で尋問員が聞いており、魔人語で“ゴミ”とか“クズ”とかの意味で、この獣人が奴隷での中でも扱いが酷いのが分かった。獣人にしては骨格が細く、戦闘奴隷に向かなかったのだろう。


「……あなたに首輪を着けたのは、あなたの父親でなくって?」


 ルルディの言葉にソインは弾かれたように顔を上げて彼女を見つめ、それに釣られて部屋にいる全員の視線が彼女に向かった。


「……否定したいが、やっぱり本当に俺はあの野郎の息子なのか……」


 それは独り言のようだった。


「ルルディ、そんな事が分かるのか!?」


 テオドルスの詰問口調にルルディは引き気味に「ええ……」と答える。

 そして周りの空気で、自分以外は分からないのだと気がついた。


「魔人族は体内魔導力が固有だから、個々が特定できると習いました。ソインさんの首輪の呪力と、身体の中に僅かに混じっているものが同じです」


「……俺の母親はどこかの王女で、ローエンサガ魔国の貴族に拐われて、むりやり子を孕まされた。そして俺を出産時に死んだ。……クソ親父は強靭な肉体を持つ魔人族が欲しかったんだとよ!」

 

 ソインは尋ねてもいないのに、自身の出自を吐き捨てる。


「ところが生まれたのは魔力を持たない獣人族の男児だった。がっかりした貴族は奴隷として息子を育てる事にしたのさ! 従属魔導具まで着けて飼い殺しだ! ここで処分されるのなら、もうそれでいい。ローエンサガに義理もない!」


「そう……、息子に対して酷い男ね。ねえソイン。その首輪は時限爆弾よ。あなたが魔導島で任務を成功しようが失敗しようが、魔導島に入国した七日後に首を死ぬまで締め付けるよう設定されているわ。確実な口封じね」


「ルルディ、そこまで読めるのか!?」

 カロスイッチの驚愕も無理はない。少女は異なる魔導力の術式を解読しているのだ。



「ははっ、俺は本当にただの使い捨ての奴隷なんだな」

 ソインは父親の非道さに驚きもしなかった。


「ブロウ様。首輪を外してもいいでしょうか」


 虚をつかれた魔導塔主は「え!? あ、ああ」と咄嗟に答える。


「だが従属魔法は掛けた本人じゃないと解けない……」


 テオドルスの言葉にルルディは胸を張る。

「なんのための〈呪術士〉の招集ですか。みんなで協力すれば外せますよ」



「いや、俺は無理かも。術式が全く分からん」

 

 一番ルルディと歳の近い〈呪術士〉が既にお手上げだと、頭を掻いた。


「魔人族って魔法陣じゃなくて呪文を刻むでしょう? そのチョーカーの裏側に刻まれていたら私だって見えないわ」

 

 ルルディ含め四人しかいない〈呪術士〉の中で、研究職の女性も怯んでいる。彼女は魔族呪文も調べている専門家だ。解呪の実力より理論派で、呪いの体系分類に力を注いでいる。


「……うーん、カロスイッチ様はどうですか?」


「私も君の力になれそうもない。女神の魔導力をぶつけて反発して、彼の身体が傷ついても困るし」

 カロスイッチも及び腰だ。


〈呪術士〉たちの反応は芳しくない。魔人族の従属魔導具など初めて見るのだから当然である。


「それで死んでもかまわない。どちらにしろ放っておいても寿命は二日後だ」


 ソインはもう覚悟を決めていた。自分は捕まってもいいと深層で考えていたから行動に慎重さを欠いていたようにも思う。


「どうせ望まれなかった命だ。好きにしてくれ」

 その言葉にブロウが眉をひそめた。

「ならば私がお前の命を望もう。扱いは捕虜でも研究対象でもいいな?」

「ああ」

 ソインは迷いなく返事をした。


 テオドルスとカロスイッチはブロウの真意に気がつく。

 この不幸な青年を保護するつもりなのだ。魔人族から守るには、魔導国の支配下が一番安全であるから。


「ルルディ、気合を入れて必ず外せ」

 こんな根性論の発破をかけるのが魔導国元首だ。だからしょっちゅう議会が荒れる。ブロウの秘書官たちは、大雑把な彼と慎重な大臣たちとの意見の落とし所が上手い。


「はい、ブロウ様」

 ルルディは思考がブロウ寄りなので、プレッシャーとも感じないようだ。


「大丈夫か? ルルディ」

 心配したテオドルスが小声で尋ねる。


「多分」


 ルルディはソインの前に立つと「立って」と促した。ソインはちらりとブロウを見て、彼が頷いたので立ち上がる。獣人にしてはやはり小柄だった。

 

 ルルディはソインの命を縛る黒革のチョーカーに右手で触れる。そのまま食い入るようにそれを見つめる。首輪そのものを見ているのではない。込められた呪いを詳しく分析しているのだ。

 やがて彼女は目を閉じて集中する。淡いオレンジ色の光が右手から溢れる。大地の魔導力にしては弱々しい。


 魔導士たちがその脆弱さを怪訝に思う中、「ああ、なるほど」とテオドルスは彼女の行動を理解した。


(聖女時代と同じやり方か……)


 __かつてのルルディは太陽神の力を借りない自己流の癒しを施していた。誰も癒しの作法など教えてくれなかった。教会上層部は彼女の力が太陽神由来ではないのを知っていたから、教育する必要がなかったのだ。経典の朗読や写経は、聖者としての体裁を整えるためにやらせていたにすぎない。


 聖者が祈祷文を心中で唱えているなんて、ルルディは魔導島での教育の一環で知ったくらいだ。


 教会に隠されていた似非聖女であった。

 紛い物が本物以上の力を発揮していた、……ルルディの特性である。


 豊穣の女神の力も奈落の神の力も必要としない。国の唯一神に神聖力を与えられていないのに、ただ祈った。そして無意識に女神の力を吸い出していた。


 それと同じ方法を敢えて取っているようだ。テオドルスにその理由は分からない。彼がじっくりと観察しているうちに、淡いオレンジ色の光が消えた。


 と、次の瞬間、まばゆいオレンジ色が彼女の全身を覆い、そして。

 音もなくソインのチョーカーが床に落ちた。



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