わたしのこと、ドキドキさせてみて
「おはようございます、お父様、お母様!」
「おはようシャルロット」
「まぁ、シャルロット、寝癖がついていますよ」
「ほんとだわ。急いでいたから気づきませんでした」
「もう、シャルロットったら」
「えへへ…」
笑顔が自然と浮かぶ。家族の暖かい声に包まれて、朝の食卓は穏やかで幸せな空気に満ちている。
「シャルロット!愛しているよ~」
「あはは、あなたは相変わらずねクロード?」
仲の良い幼馴染。クロード・ボルジアン侯爵。
顔を合わせるたび、ふざけながら告白をしてくる私の友人。
「ごきげんようシャルロット嬢!」
「シャルロット嬢は今日もお美しいですね」
「ありがとう、皆さん」
仲の良い令嬢だって、沢山いるわ。
「アルベルト!」
「やぁ、シャルロット」
私の、婚約者。アルベルト・ウィンストン。
優しい家族、仲の良い友人たち、心優しい婚約者。
順風満帆。
私は、本当に幸せ者だわ。
・・・そんな幸せな日々は、ある日突然崩された。
「……冗談でしょう?アルベルト」
「……すまない」
「いや、そんな、急に言われても困ります…」
「ごめんなさいシャルロット嬢…私のせいなんです…」
アルベルトの横で、自身の腹を押さえながら涙を流す令嬢。ジュリア・ランドリュー男爵令嬢。
『ジュリアが妊娠したから婚約を破棄してほしい』
これは先程、アルベルトから告げられた言葉だ。
い、意味が分からないわ⋯。
妊娠って?ジュリア嬢のその膨らんだお腹の中には子供がいるの?その子供が、アルベルトの子ですって…?
「アルベルト、ちゃんと説明してください」
私は必死で平静を保ちながら、彼に問いかける。しかし、アルベルトは私と視線を合わせることなく、目を伏せた。そして深く息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「ジュリアとは、半年前に酔った勢いで関係を持ってしまったんだ…」
半年前⋯?
ああ、私が風邪を引いて参加できなかったランドリュー男爵邸で開かれたパーティーのときか。
私が熱で苦しんでいる間。その時、この二人は……。考えただけでも、吐き気がしてくる。
「ま、まさか子供が出来るなんて思っても居なかったんだ!」
その一言で、心の中で何かが崩れていく音が聞こえるような気がした。
アルベルトは言葉を詰まらせ、私を見つめる。
「シャルロット、俺はお前を傷つけたくなかった。でも、もう隠しておけなくて…」
「馬鹿なこと言わないでよ。私を傷つけたくなかった…?それなら、どうしてこんなことをしたのよ!」
思わず感情的となってしまい、声が大きくなった。
「怖いわ、アルベルト様…」
「…大丈夫だよ、ジュリア」
張り上げた私の声に、怯えたようにアルベルトに縋るジュリア。
…なに?私が何をしたっていうの?これじゃあまるで、私が悪役みたいじゃない。私は、被害者なのに。
私に向けられていたアルベルトの視線は今、ジュリアに向けられている。
その瞬間、ジュリアが私を見た。
目が合った。
彼女は口をぱくぱくとさせ、何かを言っている。しかし、声は全く聞こえない。ただ口を動かすだけ。
……『ご、め、ん、ね』…?
その言葉を理解した途端に全身に冷たい震えが走った。
あぁそう、結局、私は負けてしまったのね…。
∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴
「くそっ!ウィンストン家の小僧め……。大丈夫だよシャルロット、父さんが代わりに奴を叩きのめしてやるから」
「やめてちょうだい、お父様。そんなことをされても、さらに私が惨めになるだけよ」
「でも、シャルロット……父さんはお前を傷つける奴を放っておけない」
扉越しに、優しい声色で呼ばれる名前。それは、さらに私の心を苦しめた。
少しで良いから顔を見せて欲しい。少しで良いから健康のためにも太陽の光を浴びてくれと両親に頼まれ、私は家の庭園に来ていた。
美しい薔薇園。色とりどりの花々が風に揺れ、その香りが空気を満たしている。とても綺麗…
「……なんで、あなたがここにいるの?」
そこには、私の幼馴染であり、侯爵家の長男クロード・ボルジアンの姿があった。
「シャルロット…。君の父上から話を聞いたんだ。大丈夫か、顔色が悪いよ」
なに?私を心配しているの?
私を心配して、わざわざ侯爵の息子であるあなたが、伯爵家までやってきたの?
そんな、惨めなものを見るような目で私を見るために?
「……うるさい」
「…シャルロット?」
「うるさいって言ってるの!」
平気で居られる?ふざけないで、そんなはずないでしょう。
平常心なんて保っていられない。私の全てが、人生が、壊れてしまったんだから。
「私のこと散々好きだ好きだなんて言ってるくせに、あなたは結局なにも行動しないじゃない」
今まで何度もあなたから、愛していると言われたわ。数えられないほどの愛の言葉をあなたから貰った。でも、あなたはいつも口ばかり。
こんなことを言ってはいけない。言ってはいけない。そう、分かっているはずなのに…。
言葉が胸の中で暴れ、理性を打ち破って口に出てしまった。
「…僕は、君が幸せならそれでいいんだ」
「はっ、笑わせないでよ。二度と顔を見せないで!迷惑よ!」
私は咲き誇っていた美しい薔薇の花を摘み、思い切りクロードに投げつけた。彼は抵抗する素振りすら見せず、ただ私を見つめている。薔薇が彼の肩をかすめ、花弁が散らばる。
私はすぐにその場を離れ、自室に駆け込んだ。クロードが、一体どんな顔で私を見ていたのか、分からない。
八つ当たりだって分かっている。だけど、もうどうしようもなかった。
ごめんなさい。本当に、ごめんねクロード。
∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴
いつまでも引きこもっているわけにはいかず、やっとの思いで私は王宮で開かれた晩餐会に参加した。
煌びやかなシャンデリアが眩しく、耳をつんざくような音楽が流れる広間。華やかな笑い声が交錯する中、私はただ一人、孤独だった。
くすくす、と笑い声が聞こえてくる。パートナーもおらず、実の父親にエスコートされてやってきた私が面白いのね。
貴族たちの視線を感じる。まるで氷のように冷たく、鋭い刃物で心を切り裂かれるようだった。彼らが投げかける目は同情と侮蔑が入り混じっている。
「まぁ可哀想に…」
「まさか伯爵令嬢のシャルロット嬢が男爵令嬢のジュリア嬢にとられてしまうなんて」
「でも私もいい加減飽き飽きしていたんですよ、いつも婚約者の自慢ばかりで話がつまらないんですの」
耳に飛び込んでくる悪口。ささやき声だが、わざと聞かせるような響きだ。私の背後で笑い合うその輪の中心にいたのは、つい先日まで仲良くしていた友人たちであった。
結局、貴女たちも私の敵だったのね。
「はあ、はぁっ……」
気づけば、私は会場を飛び出していた。
息を荒げ、涙を必死でこらえながら走る。
なんで私がこんな思いをしなくちゃいけないの?私が一体、何をしたというのよ。
「っ…!」
はは、ヒールで走ってみるものじゃないわね…。
痛みが足元から駆け上り、全身が重く感じる。地面に足を取られ、私はそのまま地面へと叩きつけられた。
痛い、痛い…。
「シャルロット!!」
聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。
…クロード。
涙で滲む視界の中、クロードが私のもとへ駆け寄ってきていることが分かった。
もしかして、会場を飛び出す私を見て追いかけてきたの?
「君を泣かせたのは、あの男か?」
クロードが優しく私の頬に手を添え、涙を拭う。
その時初めて、今自分が泣いていることに気が付いた。
「…なんで、来てくれたの。私は、あなたにあんなひどい言葉をぶつけてしまったのに」
先日の件を忘れてしまったの?ううん、そんなはずないわ。あなたは賢い人だから、物忘れなんてするはずないでしょ?
「そんなの、決まってるじゃないか…」
クロードは、微笑み、言った。
「僕は君のことを、愛しているからだよ」
…私を、愛しているから?
「……ばかみたい。愛なんて、くだらないわ」
「そうだね」
クロードが少し黙って、頷く。
その瞬間、私は胸が苦しくなるのを感じた。彼が私をこんなにも優しく思ってくれているのに、それを受け入れることができない自分が嫌だった。
「……わたしのこと、いつまで好きなわけ?」
私とクロードは幼馴染。物心ついた時から、彼は私の傍に居た。
顔を合わすたびに愛を囁かれて来たけど、クロードは一体、いつまで私を好きでいてくれるのか。ふと、疑問に思い私は問いかけた。
彼は優しく私の手を取って、答えた。
「一生好きさ。君のことが、誰よりも好きだ」
……ばかよ。あなたは、ばかだわ。
∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴
休憩はもう、おしまい。
ありがとうクロード。あなたのおかげで、やっと自分を取り戻せたわ。
私はラティア伯爵家の一人娘、シャルロット・ラティアよ。いつまでも泣いてなんて、居られない。
ぱんっ、と顔を叩いて、気を引き締める。
そして、私はアルベルト伯爵家へと向かった。
やられたらやり返す、それが私よ。
「お久しぶりですね、アルベルト伯爵令息」
「……シャルロット、部屋に引きこもっていると聞いていたが一体何の用だ?まさか、捨てないでくれと泣きつきにでも来たのか?」
「あらあら、まさか。そんなはずないでしょう?」
既に婚約は破棄していると言うのに、私のことを呼び捨てするだなんて。
恋愛フィルターが外れてしまったという、やつなのかしら?あんなにも素敵に見えていた貴方が、今では童話に出てくる醜いゴブリンのように見えるわ。
「それでは一体何の用だ?手短に済ましてくれ。今週中にジュリアの出産予定日なんだ」
「言われなくともそうするつもりで⋯⋯⋯なんですって?」
「はあ?」
「もう一度、先程言ったことを復唱してください」
「手短に済まして⋯」
「その後です」
「ジュリアの出産予定日、か?」
「⋯⋯⋯あは、あははっ!」
あぁ、そう。貴方ったらそんなにも馬鹿だったのね?
ふふ、あぁ、面白い。
「お、おい⋯大丈夫か?」
「ふふっ、ああ、ごめんなさいね」
私をヤバい奴とでも言いたげな目で見るアルベルト
嫌ね、そんな目で見ないでちょうだいよ。
「要件を簡潔に述べさせていただきますね。今回は父の代わりに来ましたの」
呼吸を落ち着かせて、私は本題へと入る。
「我がラティア伯爵家とウィンストン伯爵家は、本日を以て結んでいた契約を全て破棄とさせていただきます」
「⋯は?」
「あら、何を驚いているんですか?貴方の家とは婚約関係であるから契約を結んでいたんです。婚約を破棄した今、貴方の家と手を組む理由がもうありません」
「ま、待て。ラティア家と契約を切られてしまったら、我が家の損害が大きすぎる!」
「さぁ?知らないわ。貴方の大切なジュリアとその子供と二人三脚でどうぞ頑張ってください。まぁ、その子供は貴方の子供ではないようですが」
「お、俺の子供ではないだと?何を言って…」
「アルベルト伯爵令息。貴方は、少し女性のことについて関心を持つべきですね」
私の言葉が、まるで理解できない様子のアルベルト。
「ふふ、それでは頑張ってくださいね。色々と」
∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴
やられた分だけやり返してやる⋯。そう、思った。でも、その必要はなかった。
だって、私が行動に移す前に、彼らの悪評は社交界を駆け巡り、広まっていったのだから。
「ジュリア嬢が無事に出産したらしいわね」
「えぇ、元気な男の子ですって」
浮気から始まったふしだらな関係ではあったが、無事に跡継ぎとなる子供が生まれて、さぞ満足していることでしょう。
もっとも、その子供が 褐色の肌 を持っていたという事実を除いては。
ジュリアも、アルベルトも、色白の肌をしているのに。
どうして褐色の肌の子供が生まれるのかしら?子供は、間違いなくジュリアの腹から生まれてきた。
では、父親が違うのかもしれないわね⋯。
社交界の噂は火がついたように広まり、誰もがその話を囁き合った。
『生まれた子供は褐色の肌だったそうだ』
『ジュリア嬢は奴隷と関係を持っていたそうだ。それを知った男爵に勘当される寸前で、アルベルト令息に手を出したんだと』
『アルベルト息はそれに気が付かなかったなんて、情けない話ね…』
『ジュリア嬢はつい先日、修道院へ送られたそうだ。生まれた子供は養子に出されたとかなんとか。まぁ、奴隷の子供とはいえ半分は貴族の血を引いているんだ。悪いようにはされないだろう』
『へぇ、それで、肝心のアルベルト息は?』
『ああ、それがな………』
馬鹿なアルベルト。
私にジュリアとの関係が半年前と言っていたから、てっきり生まれるのはもっと先だと思うじゃない。
女性の妊娠についてちっとも知らないから、気づかなかったのね?でも、アルベルト本人が気づかなくても、周りの人間も気づかなかったのか。みんな馬鹿ね、ほんと。
その後、すぐにウィンストン家から「謝罪をさせてほしい」という申し出が届けられた。ウィンストン伯爵は、跡継ぎが生まれるのなら…と、私という駒を捨てたみたいだけど。その子供が自分の息子の子ではないとなれば、話はまた変わっていたのだろう。
ウィンストン伯爵の申し出にお父様はとても激怒し、その場で突っぱねたと聞いた。
流石お父様ね。本当に助かった。あんな奴の謝罪なんていらないわ。もう二度と、顔も見たくない。
ウィンストン伯爵は息子のせいで様々な家から見放されたそうだ。アルベルトは、ウィンストン伯爵家の次男坊。長男の令息が後を継いだら、すぐに家を追い出されてしまうでしょうね。
果たして、アルベルトが家から追い出されるのが先か、ウィンストン伯爵家の没落が先か…。
その後、彼はどうされるのかしら?ひと時の愛を求めて、修道院までジュリアを迎えに行くのかしら?まぁ、ジュリアはただ逃げ場が欲しかっただけでアルベルトのことをちっとも愛していなかったようですけどね。
精々がんばってね。最後まで、がむしゃらにもがいてちょうだい。
∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴
「やぁシャルロット!今日も君は愛らしいな、僕と結婚してくれ」
いつもと似たようなセリフ。
その告白は、いつしか日課のようなものになっていたわね。
『僕と結婚して?シャルロット』
『うーん、無理♡』
『どうして!』
『だってあなたは私の大切な友達だもの』
ふと、幼少期の頃の記憶を思い出した。
いつだってあなたは、私を好きだと言ってくれる。誰よりも、私を大切に想ってくれる。
「なーんてな。分かっているよ、無理だってことくらいな」
「ふふ。」
彼が肩をすくめて苦笑する様子が、なんだか可笑しくて。つい、笑みがこぼれてしまう。
「それなら。⋯わたしのこと、ドキドキさせてみて?」
私は彼の目をじっと見つめながら、人差し指をそっと、彼の唇に当てた。
「あなたしか考えられなくなってしまうくらい、私のことをあなたの虜にさせたなら……その時は、結婚してあげる」
その言葉に、クロードの瞳が一瞬驚きで見開かれる。
それからすぐに、彼の頬はみるみる赤く染まった。あはは、まるでリンゴのようね。
血の通った暖かい唇は、どんどんと熱を帯びていく。
それは彼の顔が真っ赤になるのと同時だった。
「はっ、はは…。ほんと、君には勝てないね」
侯爵家のあなたに、ただの伯爵令嬢の私がこんな言い方をしてしまって、ごめんなさい。
でも、許してくださるでしょう?
だってあなたは、私のことを好きで好きで仕方ないんだから。
そんなあなたのことが、私も………
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